第3話『絶体絶命』
幼馴染の
「ところでユウちゃん、私たちの演技力はどうよ?」
「だいぶ様になってきたと思うんだけど」
その日、朝から我が家にやってきていた夏希と歩は、ゲームのコントローラーを握ったままそう訊いてくる。
「あー、まぁ、どっちもうまくやってるんじゃないか」
俺も画面から視線を外さずに答える。
週に一度、日曜日にこうやって集まって遊ぶのは、昔からの習慣のようなものだった。
ちなみに、今日は夏希も歩も男装解除。どちらもスカートを穿いてきて、女の子らしい格好だった。
「えへへー、ユウちゃんと同じ学校に通うため、全力で男の子っぽさを練習したからねー」
「そうそう。夏希ちゃんもボクも頑張ったんだから」
「二人とも、必死すぎな……お、隙あり」
「うぎゃ!? やられたぁ!?」
会話に夢中になったのか、夏希はゲームの操作が疎かになった。俺はその隙を見逃さない。
背後からの連続攻撃のあと、渾身の一撃をぶちかましてリングアウトさせる。
「ちょっと、そのコンボ禁止だって言ったろ!」
「夏希が勝手に言ってるだけだろ。俺の中では有効」
「うぐぐ……! 歩ちゃん、ユウちゃんを挟み撃ちにするよっ!」
「うっす!」
「見え見えの攻撃なんて食らうかよ。まとめて場外に吹き飛ばしてやる」
最近は男装している時間が長いからか、三人でいる時でも夏希は男言葉が出ることがある。
それはそれで、かわいいのだけど……なんか変な性癖に目覚めそうで、すごく怖い。
◇
しばらくゲームで遊んだあと、俺たちは小休止することにした。
「お兄ちゃん、ジュース飲んでいい?」
「おう、俺と夏希の分も持ってきてくれ」
「ほーい」
「あ、私も手伝うよ」
妹と夏希がキッチンへ向かうのをぼんやりと見つめていると、インターホンが鳴らされた。
「……誰だ?」
宅配便が来る予定はないんだが……なんて考えつつ、俺は扉を開ける。
「よう」
「遊びに来たぜぃ」
……するとそこに、田中と佐藤が立っていた。
「お前ら、なんで俺ん家知ってるんだ?」
俺は動揺を隠しながら尋ねる。この二人に住所を教えた覚えはないのだが。
「
佐藤の言葉を聞いて、俺は納得がいった。
あいつのことだし、特になにも考えずに教えたんだろうな。
「というわけで、お邪魔させてくれ」
佐藤はそう言うと、コンビニの袋を見せてきた。差し入れのつもりだろうか。
それはいいが、よりによって最悪のタイミングで来やがって。
「いや、ちょっと待ってくれ」
そのまま上がり込もうとする佐藤を、俺は必死に押し留める。
今、夏希と妹の姿を見られたら、確実に正体がバレる。大ピンチだ。
「ねぇ、誰か来……やばっ」
その時、一瞬だけ顔を見せた歩が、状況を把握して奥に引っ込んだ。
俺の背に隠れていて、幸いなことに友人二人はその存在に気づいていないようだ。
「実は今、足の踏み場がないほど部屋が汚れてるんだ。少し外で待っていてくれるか」
「男同士だし、俺たちは気にしないぜ。なんなら片付けを手伝ってやるよ」
適当な理由をつけて追い返そうとするが、二人が出ていく気配はまったくない。俺は冷や汗をかきまくっていた。
「え、歩ちゃんどうしたの?」
「しーっ、しーっ。夏希ちゃん、実はね……」
「あわわわ、どうしようっ」
「夏希ちゃん、これ着て!」
俺が玄関先で攻防戦を繰り広げる中、奥の部屋では女子二人が慌てふためいていた。
抑えているつもりだろうが、どうしても声が漏れ聞こえてくる。
「待て。女の声がするぞ。まさか、誰か来てるのか」
次の瞬間、田中がその声に気づき、興味津々に訊いてきた。
「じ、実はアニメをつけっぱなしなんだ。その声だよ」
「アニメぇ?」
とっさにそう口にするも、かなり苦しい言い訳だった。これは万事休すだ。
「それってまさか、今期の覇権アニメ『女子高生の日常X』か?」
「そ、そうだよ」
聞いたことのないタイトルだったが、俺は反射的にうなずく。
「この間、最終回を迎えたしな……溜め撮りしてたのか。邪魔して悪かった。楽しんでくれ」
すると田中は何かを悟ったような優しい口調になり、俺に背を向ける。
「え、一緒に見ればいいじゃね?」
「佐藤、お前は何もわかっていない。撮り溜めたアニメを一気見する時間は、アニオタにとって決して邪魔されたくない至高のひとときなのだ。いいから帰るぞ」
言いながら、田中は佐藤の首根っこを掴むと、ずるずると引きずっていった。
やがて閉じられた玄関扉を見つめながら、俺は心の中で田中に感謝したのだった。
◇
それから自室に戻ってみると、夏希はなぜか俺のシャツを着込んでいた。
男装するために歩が渡したのだろうけど、明らかにサイズが合っていない。胸元が大きく開いていた。
「あ、佐藤くんたち、帰ったんだね。よかったぁ」
直後に状況を伝えると、夏希は安心したのか、へなへなとその場に座り込む。
その拍子に、ふくよかな胸と谷間が見えてしまいそうになり、俺は素早く視線をそらす。
彼女もよほど慌てていたのか、ズボンも膝あたりまでしか穿いていない。もう、下のほうは色々と見えてしまっていた。
「こ、今度から、俺ん家に来る時も男用の服持ってくるんだな」
「そうだねぇ……肝に銘じておく」
恥ずかしそうに身をよじる夏希をできるだけ見ないように、俺は天井に視線を送る。
……こんな日々が、これからも続いていくのだろうか。
男装した幼馴染と妹がうちの男子校に転校してきたんだが!? 川上 とむ @198601113
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