第2話『カラオケ』


「今日さ、桜田さくらだの歓迎会を兼ねてカラオケ行かね?」

「金は俺たちが出してやるからさ」


 放課後になると同時に夏希なつきに声をかけてきたのは、俺の友人である佐藤と田中だった。

 本来なら、夏希に対する下心があると考えるところだが……今、彼女は男装中だ。この二人も、純粋に男友達として、夏希と仲良くなりたいんだろう。


「えっと、どうしようかな……?」


 その夏希は少し視線を泳がせたあと、俺を見る。

 ……なぜそこで俺を見る?


「そういや、桜田とひいらぎは幼馴染なんだっけ。なら、四人で行こうや」


 昼休みに彼女が話をしたのだろうか。俺と夏希の関係は、すでに二人に知られていた。


「いや、俺は……」


 言いかけて、夏希から救いを求めるような視線を向けられていることに気づく。

 そりゃあ、今日初めて知り合った男子とカラオケに行くなんて怖いだろうが、それは男子校に転入してきたお前が悪……ああもう。


「わかったよ。一緒に行ってやる」


 その視線に耐えられず、俺は一緒に行くことにした。

 男装してるくせに、時々、女っぽさを出すんじゃない。守ってやりたくなるじゃないか。


 俺は大きくため息をついたあと、先頭を切って教室をあとにしたのだった。


 ◇


 それから他愛のない話をしながら歩いていると、道に古ぼけたビニール傘が落ちていた。


「あれは……伝説の聖剣エクスカリバー」


 それを見た田中が何か言っていた。


「なにっ……神殿から持ち出されたという話だったが、まさかこんなところで出会えるとは」


 佐藤がそれに乗っかり、体を震わせながらビニール傘……エクスカリバーに手を伸ばす。


「ぐうっ、邪な心を持つ我では、触れることすらできんというのか」

「無念……!」


 二人は急に全身を震わせたと思うと、ビニール傘の前にひざまずく。いわゆる、男子高校生特有のノリってやつだ。


「……ねぇユウちゃん、あの二人何言ってるの?」


 少し離れた場所からそんな二人の様子を見守っていると、夏希が戸惑いの表情で訊いてくる。耳に当たる吐息がこそばゆい。


「あー……よくある発作のようなもんだ。こういう時はな……」


 状況を察して、俺は夏希に耳打ちをする。彼女はこくこくと頷いた。


「桜田よ、賢者であるお前なら、対処法がわかるのではないか?」


 その直後、田中が神妙な顔で夏希に問う。


「こ、この桜田に任せてみよ。む、これは……女神の加護が必要のようだ」

「くっそぉ! つまり、彼女作って出直してこいってことかよぉっ!」


 夏希が迫真の演技で答えると、男子二人は悶え苦しむ。

 女神……そういう解釈もあるのか。


「はぁ……どのみち俺たちに聖剣なんて無縁だわ。行こうぜ」


 その後、男子二人は聖剣(ビニール傘)に対する興味を完全になくし、カラオケ店へ向けて歩き出す。


 まぁ、男子高校生の勢いなんて、こんなもんだ。


 ◇


 カラオケ店についてからは、思い思いにカラオケを楽しむ。

 道具を使って場を盛り上げるようなこともなく、興味のない歌の場合はスマホをいじっていることすらあった。


「……ユウちゃん、なんか独特なカラオケだね」

「そっか? いつもこんなもんだが」


 往年のヒットソングメドレーを熱唱する佐藤の歌声に紛れるように、夏希と会話する。


「男の子同士のカラオケって、こんな感じなんだね。私たちの時と、だいぶ違う」

「女子だけのカラオケって、どんな感じなんだ?」

「基本、歌い手を皆で盛り上げる。誰もが知ってるような歌や、流行りの曲じゃないと歌えない。同じテンションでいないと、あとが怖いし。スマホを触るなんて、ご法度」

「すごくよくわかった」


 そう考えると、俺たちのカラオケは夏希の知るそれとは真逆だな。

 佐藤は元々歌がうまいので最新曲でも何でも歌うが、田中はアニオタなので、基本アニメの曲ばかり。俺もアニメは見るほうだが、中にはディープな曲もあるので知らない場合も多い。


 だからといって、茶化したり邪魔するような真似はしない。それが俺たちのルールだった。


「決めきれないなぁ。桜田、次入れてくれよ」


 その時、入曲リモコンを操作していた田中がそう言う。


「そ、そう? じゃあ、僕も好きなの歌おうかな!」


 夏希はそう言って、とあるアニメの曲を入れた。

 これも以前、俺が勧めたやつだ。アイドルを目指す少女たちを主人公にした作品で、主題歌も同じ声優陣が担当している。

 当然原曲のキーは高く、男にはとても歌えないのだが……。


「♪~♪~」


 ……夏希はそれを、平然と歌ってのけた。

 というか、さすがにバレるぞ。気分良く歌ってるせいか、思いっきり女声に戻ってるし。


「すげー! どっから出してんだその声!? マジで違和感ないぞ!」

「桜田、裏声うまいな……」


 俺の心配をよそに、友人二人はその歌声に聞き惚れていた。夏希の正体なんて、全く気づいている様子はない。


「へへー、実は裏声には自信あるんだ」

「やるなぁ、今度コツを教えてくれよ。歌いたい曲があるんだわ」


 間奏の合間に、夏希と田中がそんな会話をしていた。

 だから、普段のほうが裏声なんだって! 歌唱中は地声だから!


 なんで気づかないんだこいつら……なんて悶々としつつ、カラオケタイムは過ぎていった。

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