幕末、そして明治とは~維新十傑記録~

阿弥陀乃トンマージ

赤坂氷川にて

                  序

 東京、赤坂にある氷川神社、このお社の近くに寓居する翁がいた。その名は勝安芳……そう、江戸時代末期、通称『幕末』と呼ばれる時代に徳川幕府の軍艦奉行などを歴任し、江戸城無血開城に尽力、さらに明治維新後、初代海軍卿を務めた、勝海舟かつかいしゅうである。明治も三十年ばかり経つと、幕末維新も遠い昔話のようなものとなり、これらのことをほとんど見聞きし、また経験している人物は限られてくるようになってきた。その為、新聞記者などは足しげく氷川に通い、勝の翁の話を聞きたがった。筆者もご多分に漏れず、そういう手合いの一人である。家にお邪魔すると、勝の翁が苦笑まじりに迎えてくれた。

「ま~たおめえさんかい」

「はい、そうです。お邪魔を致します」

「もう大概のことは話したよ、なにか聞き漏らしたことがあったのなら、他所の新聞を買って読んでみたらどうだい。色んな新聞に載っているじゃあないか」

「いやいや、そういうわけには参りません」

 筆者は翁の前に座りながら、右手を左右に大げさに振る。

「どうしてだい?」

「他所の新聞は言ってみれば商売敵ですよ、彼らを利するわけにはいきません」

「おめえさんが商売敵の時点で、向こうは相当な利益を被っているよ」

「むっ……」

 筆者は黙ってしまう。返す言葉もない。勝の翁はカラカラと笑った後、尋ねてくる。

「……で? 今日はなにが聞きたいんだい?」

「いや……」

「他所を出し抜くような話が聞きたいのかい?」

「えっと……」

 筆者は言い辛そうに鼻の頭をポリポリと擦る。

「あ~もう、なんだってんだい」

 勝の翁は筆者の態度に苛立つ。江戸っ子は気が短い。筆者は鞄から一枚の紙を取り出して、翁の前にそっと置く。

「これを……」

「うん……?」

 翁は首を傾げながら、紙を手に取る。

「そこには十人の名前があります」

「ちょっと待った……ひい、ふう、みい……確かに十だな」

 翁は納得したように頷く。筆者は説明を続ける。

「先のご一新で、特に重要だったと思われる十名の方を『十傑』として、ここに取り上げてみたのですが……」

「ちょっと前にもそんな本を出したやつがいたなあ、なんとも好きだねえ~」

 翁は鼻で笑いながら、紙を机に置く。

「ご興味はございませんか?」

「力士や役者、芸者の番付なら興味があるがねえ……まあいいや、それで?」

「ご指摘の通り、以前にも『維新元勲十傑論』という本を出した方がいます。しかし、ここで挙げた十名は――多少の重なりはあれど――異なっています」

「……ああ、そのようだねえ」

「その十名を中心にして、先のご一新についてあれやこれやと考えてみたいのです」

「随分と暇なこったねえ」

「……本気のつもりです」

 筆者は少しばかりムッとする。

「……悪かった、冗談だよ……なるほど、その意気や大変結構! って言えば良いのかい?」

「十名の選出に関して、ご意見があれば、お聞かせください」

「じゃあ、この勝なんちゃらってのは要らねえな。あれだ、敗軍の将ってやつだぜ?」

 翁が自らの名前を指差す。

「……幕府からの目線も取り入れることで、維新というものの実像がより具体的に浮かび上がってくるものだと考えておりますから」

「ふ~ん……まあ、いいか……西郷隆盛さいごうたかもり大久保利通おおくぼとしみち木戸孝允きどたかよし……」

「やはり『三傑』は外せません」

岩倉具視いわくらともみ卿……そして……吉田松陰よしだしょういん高杉晋作たかすぎしんさく? ……この辺はいるのかい?」

「はい。吉田松陰先生は長州藩出身の方には大きな影響を及ぼしています。高杉氏は、その吉田先生主宰の塾でも四天王に数えられる方……」

「松陰ねえ、佐久間象山先生の所で顔を合わしたっけかな……坂本龍馬さかもとりょうま中岡慎太郎なかおかしんたろう? この二人の名前が挙がるとはなかなか驚きだ」

「薩長同盟の際などの尽力は特筆すべきものです」

「それはそれは……龍の字も喜ぶわな……」

 翁は黙り込む。筆者が尋ねる。

「……あと、お一人なのですが……!」

「やはりこのお方を忘れちゃならねえよ……よし、言いたいことはなくもないが、大体これで良いんじゃねえか? 後は好きにすればいいさ」

「はい……!」

 勝の翁は最後の一人の名前を消して、別の人物の名前を書き記した。徳川慶喜とくがわよしのぶと……。

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幕末、そして明治とは~維新十傑記録~ 阿弥陀乃トンマージ @amidanotonmaji

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