蒼い羽根の約束

🌸春渡夏歩🐾

命令と約束

 それは昔、とあるところに、小さなひとつの国がありました。その国の名は、リヒター国。


 かの国のギュンター王子には、歳の離れた姉と兄がひとりづついて、ふたりとも友好国であるカタリナ王国に留学している今、城に残っているのは王子ただひとりです。


 歳とってから授かったこの王子のことを、国王も王妃も溺愛しており、甘やかしておりました。


 ギュンター王子は最近「命令」という言葉を覚えました。

 どんなことでも、最後に「これは命令だ」と、ひとこと付け加えさえすれば、家来たちはこうべを垂れて「かしこまりました」と言う通りになるのです。


 優しい姉マルガリータ、聡明な兄ミハエルと比べて、なんとわがままで扱いにくい、家来たちは皆、そう思っておりました。


 ◇


 ギュンター王子の10歳の誕生日のお祝いにと、かねてより、リヒター国との国交を深めたいと考えていた南の国サウザーンからの使者が訪れました。


 王子への贈り物は、銀の鳥かごに入っている小鳥。目にも鮮やかな蒼い羽と金の瞳をしています。


「これは大変貴重な幸福の蒼い鳥なのでございます」


 —— 持ち主に幸福をもたらすと言われる蒼い鳥。


 王子はその贈り物をたいそう気に入り、アスルと名付けました。これは、「蒼い」という意味の言葉です。

 さえずる声はとても美しいという話でしたが、城に来てすでに一週間、一度も鳴いておりません。


 その声をぜひ聞いてみたいものだと思い、王子は家来たちに言いました。

「この鳥を誰か鳴かせてみよ。命令だ」

 もちろん誰にもそんな命令を実行できる者はおりません。


「アスル。 声を聞かせてくれ。命令だ」

 もちろんその鳥にそんな命令が届くはずはありません。

 それどころかだんだん元気がなくなるようで、鳥かごの中、じっと止まり木でうつむいたまま、動こうとしなくなりました。


 王子は心配になり、家来に命じて、鳥に良いといわれる餌をいろいろと取り寄せては与えてみましたが、どれも食べようとしないのです。


 もしや、この狭いかごの中がイヤなのか?


 部屋の中であれば、自由にしても良いのではないかと考えた王子は、椅子にのぼって、吊るしてある鳥かごに手をのばしました。


 ああっ……!!


 それは、あっという間のできごとでした。


 かごが落ちて、そのはずみで扉が開き、開け放たれたままの高窓たかまどから、アスルは飛び去っていったのです!


 ◇


 わあっという大きな泣き声に驚いて集まった家来たちに、王子は涙まじりに告げました。

「アスルを探してくるのだ。見つかるまでは城に戻ることは許さん。命令だ」


 アスルを見つけることは、かないませんでした。

 家来たちの中には行方をくらます者、偽の知らせを告げる者も多く、王子は誰も信じることができなくなっていきました。


 もし、このことがサウザーン国に知れたら、大切な友好の品物を無くしたと、外交上の大きな問題にもなりかねません。


 どうしたらいいのか……誰にも相談できない王子は、ひとりぼっちでした。


 ◇


 それから、ひと月が過ぎました。

 もしもアスルが戻ってきたときのためにと、王子は毎晩、窓をひとつだけ開けたまま眠ることにしていました。


 その晩、王子は夜中にふと目が覚めました。


 なんだろう?

 ……鳥のさえずりだ!!


 静まりかえった城の中で、なぜ他に誰も気づく者がいないのか、そんな疑問を抱くもなく、素足で夜着のまま、ギュンター王子は部屋を飛び出しました。


 どこから聞こえる?


 王子は耳をすまし、声の聞こえる方へ、城でいちばん高い場所の「物見ものみの塔」へと向かいました。


 訪れる者が滅多にいない塔の中は、ホコリだらけで、石段の端はところどころ崩れかかっています。延々と続く、らせん階段を上り、ようやくたどり着いたのは、てっぺんにある「物見ものみ」。


 その手すりに腰掛けて、月の光を浴びながら歌っているのは、青い衣を着たひとりの青年でした。


 歌が止みました。


「こんばんは、ギュンター様。お久しぶりです」

 外したフードからあらわれたのは、鮮やかな蒼色の髪。こちらを見て、微笑んでいるのは、金の瞳。


「……アスルなのか? 人の姿になれるのか?」

「はい、ギュンター様。私は『蒼い羽根の鳥族』の者。これが本当の姿です」


「戻ってきてくれたのか?」

「いいえ」


 アスルの返答に、王子の顔がくもります。


「あんな形で突然、お別れすることになってしまったので、ずっと気になっておりました」


「アスル。戻ってきて、そばにいてくれ。命令だ」


「それはできません。ギュンター様と同じように、私も一族の中では重要な立場の者なのです。あの日は、末のむすめを抱いている妻に滋養のある物をと、鳥の姿で探しているとき、サウザーンの森の民に、うっかりとらえられてしまったのです。愛する者たちのことが心配でたまりませんでした」


 王子はうつむいて聞いていました。


「ギュンター様。私はお側にいることはできませんが、友達になることはできます。私のことを心配してくれた、あなた様の優しさを存じております。私のさえずりが届くのは、私が心を許した相手のみ」


 王子はハッと顔を上げて、言いました。

「アスル。友達になってくれ。命令だ」


 アスルは悲しそうに首をふり

「命令とは、力づくで従わせること。友になれと、命令することはできませんし、それは、まことの友ではありません。命令して従わせる相手を友とは言えません」


「では、どうしたら良いのだ……。私には友と呼べる者はいない」


「ギュンター様。約束、すれば良いのです。『約束』とはおのれの良心との誓い、です。自分は約束を守る、ということ。私はあなたの友である、と約束します」


「約束? 私もアスルと友になる、と約束すれば良いのか?」


「はい」

 アスルは優しく微笑みました。

「私には5人の娘がおります。そのうちひとりの姫が、私の話を聞いて、この国にたいへん興味を持っています。ギュンター様の『成人の儀』の折には、彼女を使者としてつかわそうと考えております」


 アスルは蒼い羽根を王子に手渡しました。

「これは『約束の蒼い羽根』。私の一族で大切な約束をかわすときには、この羽根を渡します」


 美しい蒼い羽根だった。


「それでは、私はいつでも飛んでまいります」


 アスルは姿を青い鳥に変え、飛び去っていきました。


 ◇


 翌朝、王子はベッドの中で目を覚ましました。


 あれ?……夢だったのか?


 ギュンター王子が起きた気配に、侍女が入ってきて

「お目覚めですか? また窓を開けたまま、おやすみだったんですね。お風邪をお召しにならないよう、気をつけないと」


 あ……!


 ベッドから出ようとして、王子は手に握ったままの蒼い羽根に、気がつきました。


 夢じゃなかったんだ!


 そして、今までただ小うるさいと感じていた侍女が心配して言ってくれてるのだと、王子にはわかりました。

「うん、いつもありがとう」


 窓のカーテンを開けていた侍女は、驚いてふりむきました。


 ◇


 それから、何年もの時が過ぎて、王子は成人しました。


 「成人の儀」には、近隣諸国からたくさんの使者がお祝いのためにやってきました。

 その中に……。


 見間違えるはずのない、青い衣に空色の髪、金の瞳をした姫がおりました。


「この度は成人おめでとうございます。お初にお目にかかります。私は蒼い羽根の鳥族を代表してまいりました。こちら風の名前ではアスラ、とお呼び下さい。どうぞお見知りおき下さいませ」


 ギュンター王子とアスラ姫はひと目で惹かれあったのでした。


 ◇


 ギュンター王子は、その後、無理な命令をすることはなかったと言われています。


 留学が縁となり、姉のマルガリータ姫はカタリナで暮らすこととなり、兄のミハエル王子は父王が引退後に、国王となりました。


 公爵となったギュンター王子は兄王の補佐を務めて、これをよく助け、リヒター国の民は長く平和に暮らしたと史実に残されております。


 ◇◇◇


 ギュンター公爵は愛する娘を膝にのせ、傍らの妻、アスラに問いかけました。


「このもそのうち空を飛ぶようになるのだろうか」


 金の瞳を持つ幼い姫。


「どちらでも良いと、私は思っているの」

「そうだね」


 ギュンター公爵は、兄王の息子が即位するまでの三年間だけ、国王をつとめました。


 彼が出した勅令のひとつには

「決して蒼い鳥を捕らえてはならない」

 というものがあったそうです。



 *** 終わり ***

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

蒼い羽根の約束 🌸春渡夏歩🐾 @harutonaho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ