やんちゃ姫と歴史

 姫と三羽鴉は先ず被差別部落へと足を運んだ。人材と人手を確保する為だ。

 被差別部落の人間は想像しているよりも器用で、あらゆる分野で活躍出来る者が多い。

 さすがに学者や医者、薬師、手習い師匠などは思うようにいかず、街で公募する事になった。


 ある程度人材が集まると、黒羽は諸国へと旅立って情報を集め、羽司馬は国の内政を一手に任された。


 その間にも死乂羽は国の下部構造の改革を進めるべく、自らが先頭に立ち、集まった人材や人手を振り分けて指示を出していった。


 しかし当初の街は無法地帯に近く、他の国からの難民や、ならず者たちが大勢流れて来たが、やんちゃ姫はその全てを受け入れた。


 その間にも死乂羽と部落の者たちの手により、区画整理や治水、水道や道路の施工が進められて行った。


 暫くして、街の衛生が確保され、食べ物が普及され始めると、疫病はなくなり、少しづつ社会が回り始めた。


 農業改革が進み、少い人出で農業が行えるようになり、生産高が右肩上がりに増えた。

 養鶏場が運営されるようになり、人々の栄養も行き渡ると、活力も上がり働き手も増えた。

 また循環型農業が機能し始めると二毛作なども進められて、食べ物の備蓄や、流通も盛んになった。


 街に寺子屋が増えて、国民の識字率が上がると、有能な人材が現れて、次の人材を育成する機構も構築された。


 街の水道と道路が完備されると加速的に街は発展を遂げて、全国から商人がこぞって集まるようになった。



 そんな日之国の発展が目に見えて顕著になり、他国へとその情報が流れると、予期していた事が現実のものとなった。



 隣国の中津国なかつくにが攻めてきた。


 予め黒羽からの情報があったので、死乂羽が単身で敵陣へと向かった。


 中津国は翌日には日之国へと攻め込むつもりで、少し離れたところで野営していた。


 小高い丘の上から敵の陣営を目視する死乂羽。距離にして一里(四キロメートル)。


 死乂羽は特別設しつらえの黒漆塗鵺重籐強弓を番えた。一般的に最長と呼ばれる弓矢の射程距離の十倍の距離である。


 ひゅっ。


 死乂羽はにやり、獰猛な笑みを浮かべた。


 敵陣は混乱していた。何処からともなく飛んで来た矢に大将が殺られたのだ。しかも眉間の間を正確に居抜き、即死に至っていた。


 それだけではない。


 副将を含め、要人と思われる者が次々屠られた。

 士気を失った敵軍は為す術もなく自国へと帰還した。



 日之国へと戻った死乂羽のもとに、間もなく黒羽から情報が入った。


 黒羽の情報では北斗国ほくとのくに東雲国しののめのくににも動きがあると言う。


 死乂羽は先ず、北斗国との国境へと出向いた。日之国と北斗国の国境には深い渓谷があり、巨大な吊り橋が架かっている。太い葛を幾重にも巻いて創り上げた吊り橋だ。


「こいつか⋯⋯」


 そう呟くと、死乂羽は矢を番えた。


 ひゅっ! ひゅっ! 


 二本の矢が鋭く風を切り、葛に深い切り込みが入る。死乂羽は橋を途中まで渡り、葛の切り込みを木の皮で隠した。

 行商が通るくらいならびくともしないが、軍隊が通ろうものなら、ぶつっと切れてしまう仕様だ。


 にやり、とひとつ嗤い、死乂羽は東雲国へと向かう。数日後国境が断絶した事は、少ししてから日之国へと伝わった。


 東雲国は見上げるほどに高い山の頂にその城塞を構える強豪国だ。攻城戦ともなると難攻不落の虎臥城と呼ばれる城が猛威を奮う。


 しかし、死乂羽が登った山は隣の山だ。死乂羽は本丸が視える場所まで来ると、ぎり、と弓を番えた。


 ひゅっ!


 東雲国の虎臥城の天守閣。明日には出陣しようかと日之国の方角を眺めていた城主が欠伸あくびをひとつ。


 ひゅっ、と城主の頬を風が掠めて、すこん、背後で音がした。振り返ると柱に矢文が刺さっている。


「日之国に手を出すな」


 矢文にはそう書いてあった。城主は手紙をぐしゃ、と握り潰したが、奥歯をぎり、と鳴らして家来を呼んだ。


「⋯⋯皆に伝えよ、明日の出陣は取り止めだ」

「はっ!」


 いつでも殺せる、そう言う事だと城主は悟ったのだ。



 ひと仕事終え、日之国へと戻った死乂羽は、姫と羽司馬へ報告すると少し仮眠をとった後に、間西国かんさいのくにへと足を運んだ。


 間西国へは姫も同行した。何故ならば君主への謁見を申し出たからに他ならない。

 間西国は物流が盛んで、各国の商品や資材が集まる商業国家だ。そこで国境を行き来しやすくするために、二国間を最短距離で結ぶ街道の設置を申し出た。当然費用や施工は全て日之国の負担だ。

 間西国は快く受諾し、両国間にはそれは立派な街道が設けられた。


 残す南海国みなみのうみのくにからは使者が訪れた。南海国は小国ながら屈強な武士もののふが揃う強国だ。だが、島国である為に物資の流通は不可欠とされる。その為、同盟を組み、南海国からは武力や人材、人出を提供する代わりに、定期的な物流経路の確保を申し出てきた。



 風前の灯とも思えた日之国の歴史は変わった。


 だが、これは始まりであり、この先、更に大きく変わる事となる。

 名実共に列強国となった日之国の女君主、日乃本薬叉女の事を『やんちゃ姫』と呼ぶものはもういない──


「やんちゃ姫」


 ──いや、いた。


「もうっ、その呼び方!! これでも君主なんだからね!?」

「そろそろ世継ぎも考えなきゃねえ?」

「黒羽! あんた羽司馬と宜しくやってるからって当て付け!?」

「いやね? この子の友達が欲しいじゃない⋯⋯」


 と言って自分のお腹を擦りながら羽司馬の顔を見る。羽司馬は少し照れた様子で


「姫、爺やからもお願いし申す」

「そ、そんな事お願いされても⋯⋯」


 ちらり、死乂羽を見る姫。


「は?」


 死乂羽は興味がないようで、それを見た黒羽と羽司馬は、はぁ、とため息をつく。


「あんたさあ」

「⋯⋯俺か?」


 死乂羽がしかめっ面をする。

 

「そ、あんたが咎人って⋯⋯いったい何したのさ?」

「殺しだが?」

「へえ? ⋯⋯で、誰を殺ったんだい?」

「役人だ」

「⋯⋯!?」


 やんちゃ姫の脳裏に何かが過ぎった。


「死乂羽! あんたもしかして、部落出身!?」

「だったら何だ?」

「私の事、知ってたの!?」

「⋯⋯」


 死乂羽は押し黙る。


「正直におっしゃい!」


 死乂羽はやれやれといった感じで。


「あぁ、わざわざ穢多非人の格好をして部落を彷徨うろつく物好きなやんちゃ姫で有名だったからな?」


 と言った。


「つまりあんたが斬った役人てのは、姫様を狙った間者だってぇのかい!?」

「知らねえ。ただ、部落の為に世話を焼いてくれる、心優しいやんちゃな姫をよお⋯⋯死なせちゃいけねぇ、そう思っただけ──うぷっ!?」


 姫は死乂羽の胸に飛び込んだ。


「どうして! どうしてもっと早く言ってくんなかったのさ!?」

「⋯⋯それを言ったところで何が変わるってんだい? 姫さんよお?」


 姫は死乂羽の顔を両手で挟んで言う。

 

「あんたの歴史さ!!」


 そして姫は、死乂羽に有無を言わさぬように死乂羽の口を塞ぎ、その歴史を変えた。


「死乂羽、私の伴侶となりなさい! これは命令です!!」



 こうして 今日は今日とて とても理不尽な 命令が下されました


 やんちゃ姫の名前は この先も 返上されることはなかったそうな


 めでたし めでたし









       ─了─

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やんちゃ姫の世直し奮闘記 かごのぼっち @dark-unknown

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