やんちゃ姫と三羽鴉

 気炎万丈の猛火。


 怒涛の津波の如く全てを呑み込む様は、もはや人の手に負えるものではない。


 全てを灰燼かいじんす勢いで燃え続ける本丸御殿の離れ、高い塀に囲まれた牢屋敷の獄舎前に立ち尽くす男がひとり。


「姫⋯⋯」


 やんちゃ姫こと日乃本ひのもとの薬叉女やくしに専属の側用人・羽司馬の姿があった。


「今、行きまする!!」


 ──ざばあ。たらいの水を被った。


 ごおおおおん!!


 轟音と共に火花が噴き上がる。火山の噴火の様に屋敷が爆裂した。


 ばらばらと梁やら瓦やらの瓦礫が弾け飛び、羽司馬は瞬間たじろいだ。


「なっ⋯⋯?」


 辺りは噴煙に遮られて視界が無くなったが、豪火の中に黒い影が視えた。


「貴様⋯⋯」


 見ると褌一枚の巨漢がひとり、いや、脇に女をだらりぶら下げている。


死乂羽しかばね!?」

「あ? てめぇ、何もんだ?」

「悪党に名乗る名前などない!!」

「そうかよ。ほら、くれてやる!」


 片手でぽいっと放り投げた。


「姫っ!?」


 ずしり、羽司馬の両腕に姫の体重がのしかかる。


「し、小便臭え!? 貴様ぁ、姫に何をした!?」

「ん? ⋯⋯あぁ、小便かけたが?」

「ぐぬ、許せん!!」

「おかげで火傷ひとつねえだろ?」


 確かに姫は煤けてはいるが、火傷などの目立った外傷は見当たらない。


「⋯⋯其方そのほうが助けた、と申すのか?」

「⋯⋯それは違うな? 俺が姫さんに助けられたのさ」

「姫が⋯⋯!?」

「ああ。俺ぁこの火事で死ぬ気だったんだが、姫がよぉ⋯⋯生きろっつんだ。だから責任とってもらうぜ? この俺を生かしちまったんだ。この世に大きな花火を打ち上げようじゃねえか、なあ、日之国の大老・羽司馬?」


 はあ、羽司馬はため息をついた。


「貴様も姫様に口説かれたくちか⋯⋯やんちゃ姫に」

「てめぇも苦労が絶えねえだろう、白髪が目立つぜ?」

「ああ、貴様もじきにこうなるさ」

「はっ、違いねぇ」


 ははは、笑い合い、がし、と握手を交わした。


「後で手を洗え?」にやっ

「ぐぬぬ⋯⋯」


 羽司馬は自分の服で手を拭った。




 数日後


 とある山小屋にて、やんちゃ姫と三羽鴉(羽司馬、黒羽、死乂羽)は頭を突き合わせていた。


「国は既に壊滅状態だと言える。だがそれは格好の転機だと言っても過言ではない」


 羽司馬の眉間に皺が寄る。それはもう線を描いたかのように。


「この度の大火で国の大半が焼けた。羽司馬殿の話では、どさくさに紛れて主犯の家臣どもは国外へ逃亡したようだ。しかしこれから行うまつりごとには人材が必要になる。その為の人材を確保しなければならない」


 ぐぐっ、と眉間の溝を深くする羽司馬。


「具体的に何をしようと言うのだ?」

「十改」

「⋯⋯何だそれは?」

「十改、即ち十の改革を行う。先ず優先すべきは治水と水道の設置、区画整理と道路網の整備だ。その為に必要となる人材、専門の学者と大工、そしてとにかく人手が必要だ」

「夢物語だ。現実的ではない!」

「あたいも一体全体どんなものなのか想像も出来ないねぇ?」

「俺の頭にゃ青写真はある。あとはやるかやらねぇかだ。それを決めるのは姫さんだ⋯⋯」


 三羽鴉の視線が姫に集まる。


「はっ? やるに決まってんでしょ? 何、羽司馬じいや、黒羽、あんたたち臆したのかい?」

「い、いえ、そう言う訳では⋯⋯」

「あたいは姫様の決めた事なら異論ないよ?」

「死乂羽、他に六つあるんでしょ? 勿体ぶらずに教えなさいよ!」


 死乂羽は他の二人を一瞥してにやりと笑った。


「へっ、良いぜ? 次に医療施設だ。御薬園と養生所を併設する。そして寺子屋での教育を義務化しようと思う。薬師と医者、手習師匠が必要だ」

「おいおい、医療施設はともかく、教育は飢饉や疫病対策より優先されんのか?」

「食いもんは腹に入れりゃしめぇだが、健康や学は財産だ。未来の国民への投資だと思えば良いんじゃねえか? ゆくは莫大な利益を齎してくれるってぇ寸法だ」

「ふむ⋯⋯相すまなかった。先ほどまでの態度を謝罪しよう。そなたをまだ信用していなかったのだ。許せ!」

「あたいも正直疑ってたよ、すまなかったねぇ。それにしても⋯⋯いや、あんたが何者かだなんて野暮なこったね、失礼!」

「いや、俺も罪人だ。誰も手放しに信用なんて出来ねぇのは解っていらぁな!」


 姫がふふっ、と笑って次を促す。


「それで? あと三つ?」

「おう、次は農業改革を行う。養鶏と農具の開発を進めて循環型農業を目指す。可能であれば酪農を推し進めたい。

 そして最後は商人の育成だ。他国との交流を円滑に⋯⋯と言うのは建前で、情報収集を行いたい。これが俺の考える十改だ!!」

「なんか、口を挟むのも憚られるが、他国が攻め込んで来たらどうすんだ? 他所は武力の増強に力を入れているようだが?」

「俺の見立てでは暫くは大丈夫だ。こんなに国力の低下した国を手に入れても、金と人を投入しなければならず、国力が分散されて他国の恰好の餌食になるってもんだ。 それに今は飢饉で疫病が蔓延してんだ。それが治まるまでは手付かずだろうよ」

「あんた本当に凄いねぇ? 本当に何もんだい! あはは」


 だん! 姫が机を強く叩く。


「とにかく人材!! そして人手集めだよ!!」

「「「おう!!」」」


 姫は続ける。


「そしてこれは命令だ!!」


 三羽鴉は姫を注視する。


 そして静寂。


「絶対に⋯⋯」


 三羽鴉はごくり、息を呑む。


「絶対に死ぬんじゃないよ!!」


 姫は拳をぐっ、握りしめた。


「「「がってん!!」」」


 ばんっ、机に勢いよく足を乗せた。


「いいか、絶対にだ!!」


 ⋯⋯再び静寂。


「姫、見えてるよ?」


 ⋯⋯すっ、姫は足を下ろした。


「ぜ、絶対にだっ!!」


 くすくす、笑い声。


「わ、わ、笑うなっ!!」


 わはは、と山小屋の夜は更けていった。










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