やんちゃ姫と咎人

 ──じゃらり。

 

 地下牢の鍵の鳴る音が暗い牢屋に響き渡る。ここに火の手はまだ迫ってはいないものの、地下であることから逃げ遅れると命に関わる。


「おい! 番人! 頼むからここから出してくれ!」


 格子の向こうの咎人とがびとに番人と呼ばれたのは、この牢屋の牢番だ。


 番人はにやりと笑ったまま、じゃらじゃらと鍵を振り回している。


「おいおい、まさか見捨てる気じゃねえよな!?」


 番人はカン、カン、と咎人が居る格子に向かって、鉄で出来た輪っかを投げつけた。


「着けろ、首輪だ! 着けた奴から出してやる!!」

「あん? どうして首輪なんざ着けなきゃなんねんだ!? 犬っころでもあるめぇしよっ」

「貴様らは咎人だ、信用出来ない。牢から出しでやる代わりに、私の『命令』に従ってもらう!! さあ、出たい奴から首輪を着けろ!!」

「ちっ⋯⋯、へぇへぇ、わかりやしたよ!」


 かちゃ、咎人たちは渋々首輪を着けた。


 がちゃり、首輪を着けた者から次々に解放される。全ての牢が解放されて、番人のもとに咎人が集結した。


「さあ、私の命令に従ってもら──」

「──誰がそんな命令聴くってんだよ!? あん? 舐め腐りやがって!!」

「なっ!?」


 一瞬で締め上げられ、鍵を奪われた番人。


「くっ、馬鹿め、首輪の鍵はその中には無いぞ!!」

「あん? 首輪なんざもともと着けてる奴いんのか?」


 がちゃがちゃと地面に首輪を投げ捨てる咎人たち。牢番の額に冷や汗が滲む。


「へへっ、残念だったなあ? さあ、てめえの着てるもの、身包み剥がしてとんずらこくか!!」

「応っ!!!!!!!!」


 次々に身に着けているものを奪われる番人。


「きゃああああああ!!」


 甲高い声に男たちはハッとする。


「おいっ!? こいつ声色変えてたが、女だぞ!? しかもえれぇ上玉だ! 皆でやるか!?」

「いや、おめぇ? そこまで火が来てんだ、それどころじゃねえぞ?」

「くそっ! ちょんの間もねえか!!」

「おいおいおいおい、こいつぁ、やんちゃ姫じゃねえか!?」

「何だって!? おらぁそいつのせいで仕事が無くなったんでぇ、殺してやる!!」

「おいっ、そんな事してる場合じゃねぇ、もう出口に火が回ってやがる、急げ!!」

「くそっ、これでも着けてろ! へっ、お似合いだぜ、雌犬がっ!!」


 姫に首輪を着けて、奪えるものを全て奪った男たちは、素っ裸になった姫を縄で格子に括り付け、蹴り飛ばして、べっ、と唾を吐きかけ、さっさと牢屋を逃げ出した。


「うっ⋯⋯うう⋯⋯」


 全裸にされた姫。


 羞恥もあるが、それよりも何よりも、自分の情けなさが腹立たしくて、悔し泣きし、男たちの視線に恐怖したのか、身震いが止まらなかった。


 しかし感傷に浸っている余裕はない。火の手が迫っているのだ。しかし体を格子に縛り付けられていては身動きひとつとれない。


「ああああああああああああ!! もうっ! 私、馬鹿だっ!!」

「⋯⋯へぇ? なんでぇ、思ったよりも元気そうじゃねえか?」


 牢屋の部屋の奥から低い男の声がした。


「誰っ!?」

「名前なんざ良いだろう? どうせ死ぬんだ」

「くっそ、誰だか知んないけど、こちとらこんな臭えところで、くたばる気はないんだよっ!」

「⋯⋯」

「あんた、ちょっと助けなさいよ!?」

「⋯⋯」

「うそうそ、お願いだから助けてくんない?」

「⋯⋯」

「うっ⋯⋯。ごべん゙な゙ざい゙! だずげでぐだざい、お゙ね゙がい゙じばずぅ゙ぅ゙ぅ゙!!」

「⋯⋯」


 ──ざ、目の前に男が現れた。


 男は大柄で顔体中に切り傷があり、髪はボサボサの散切り頭だ。


「おお、確かに上玉だなぁ?」


 きっ、と姫はその男を睨み上げた。それを見て男は下卑た笑いをにやり、と浮かべた。


「はっ、気の強えぇ女は嫌ぇじゃねえ」

「ち、近付くな!」

「なんでぇ、助けろっつったのはそっちじゃねえのか?」

「な、何も⋯⋯しない?」

「そりゃ助けるんでぇ、触るくれぇはするんじゃねえか?」

「やっ、やっぱり悪戯いたずらするのねっ!?」

「⋯⋯へっ、小便臭え女にゃ興味ねえよ。助けて要らねんなら俺ぁ行くぜ?」

「⋯⋯」


 男が踵を返そうとした時。


「待って! ⋯⋯ください」

「⋯⋯」

「お願いします、私を助けてください! 死にたくないんです!!」

「⋯⋯あんた、やんちゃ姫つったか? その『まだ』って死ぬ覚悟、いってぇ何にそのちっぽけな命を費やすつもりだい?」

「この国を⋯⋯この国を私が変えるんだよ!!」

「へえ? 女が殿様にでも成れる気でいるのかい?」

「うるさい!! 女が成れねえっつんなら男にだって成ってやる!!」

「ほお、てえした気概だ」


 その間にも姫はぶるぶる震えているが、その目だけは燃えるような熱を帯びている。男はそれを見て、にやりと笑い──


 ──すっ。


 と男の右腕が一瞬れたと思った次の瞬間には、姫の縄が切れていた。


「あ⋯⋯!? ありがとう!」

「かまやしねぇ、さっさと行け⋯⋯」

「あんたは逃げないの!?」

「⋯⋯ほっとけ。ああそうか、臭えけどほら、これを着て行け」


 男は自分着ていた襤褸ぼろの一張羅を姫に投げた。


「あんたは?」

「俺ぁいんだよ。おら、さっさと行け!」


 男はどっかと地べたに座り込んで、手をひらひらと振った。


「やだ! あんたも連れてく!!」


 姫は立ち上がり、襤褸を着込み、男の腕を取って引っ張った。


「無駄だ。そんな事してるうちにほれ、そこまで火が来てら」


 轟々と燃え盛る炎。既に牢屋内の空気は熱い。


「そんな事知るか! 人ひとり救えねえで世直しもへったくれもあるかってんだ!!」


 男は目をまん丸にして、じっと姫を見た。その間にも男の腕を力一杯引っ張っている。


 びくともしない。


「おめぇ⋯⋯覚悟はあんのか?」


 地響きがしそうな重たい声が放たれる。


「あん? 死ぬ覚悟ならとっくに出来てらあ!」

「⋯⋯違う」

「国を変え──」


 男は姫の細い腕を掴み上げた。


「──違う! 歴史を変える覚悟だ!」


 ⋯⋯。


「俺を助けるったあ、そう言う事だ」


 ⋯⋯。


「歴史⋯⋯か。面白い⋯⋯あたしが歴史を変える!! 変えてや⋯⋯る──」


 ──どさり。姫は男の腕の中に倒れ込んだ。


「⋯⋯馬鹿野郎、死んじまったら終わんだろがっ! ⋯⋯ふっ、俺も焼きが回ったか、こんな小便臭え女にほだされるたあ、なっ!」


 男は姫を小脇に抱えて、迫りくる豪火に目を遣った。














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