トワの願い

セントホワイト

トワの願い

「まず、1つ目」


 そう言った彼女は月明かりに照らされ、幻想的な白い翼を折り曲げ、自分と同じくベンチに座っていた。

 今夜は二人の終わりの夜。いつか来てしまうと分かっていた別れの夜だ。


「楽しい思い出を忘れないで」


 彼女は出逢った時と変わらない笑顔を少しだけ困った風に歪めて話す。

 きっと寒空のベンチに腰掛けて話すには長く、そして重く、何より後戻りできないことを確認してしまうからだろう。

 約一年前に彼女とここで出逢い、そこから得た不思議な経験や出会いは自分の中で宝物のように残っている。


「ああ。もちろんだ」

「うん」


 彼女は白い翼から約束の数だけ羽を取る。

 それこそが自分がいた証なのだと言うかのように、彼女が他愛もない約束を重ねていくが、そこに彼女はいないのだと思うと軽すぎる羽が異常に重く感じてしまう。

 もはや彼女のいない日常が待っていると思うと鈍痛が酷く頭と心を苛み、不思議と意識さえしていないのに目頭は熱いモノを頬へと流す。


「それじゃあ十個目っ。これが最後だからさ」

「十個もあるのか。はぁ……ああ、まったくもう。何個でも構わないさ。いったい十個目はなんだ?」


 彼女はベンチから立ち上がると羽を広げ、月明かりが彼女の羽に輝きを与え、その神秘性に胸を締め付けられる。

 彼女との思い出が、彼女との時間が、彼女との未来が消えていくと代わりに彼女のいない未来が待っているのだと何度もした覚悟を改めて唇を噛みながらする。


「……精一杯、生きて?」


 もちろんだ、と彼女に言うつもりだった口は自分では制御できないほどに重く固い閉ざされてしまう。

 好きになった人が去って行く。それもこの世のどこでもない場所に去って行くのだ。二度と会えない場所に行かなければならないのに、それを笑顔で見送るなど到底できるはずもなかった。

 彼女が翼を広げ、ボロボロと泣いている自分のほうを精一杯の笑顔に涙を零しながらも飛び立って行く。


十羽トワっ!?」


 笑顔で別れるつもりだったのに、空へと舞い上がった彼女に思わず手を伸ばしたが力の入らなかった足はもつれて格好悪くベンチから芝生へと転がってしまう。

 高台にある公園はベンチと自動販売機の明かりぐらいしかなく、地元の人でも用事がなければ絶対に立ち寄ることもない。

 だからこそ、彼女のような文字通りの天使と別れるにはうってつけの場所だと思ったのに……今はこんなにも皮肉な場所を選ばなければ良かったと切実に思ってしまう。

 十個目の約束は半ば強制的命令のように。彼女の名前と同じだけの数の羽を残して天へと昇っていく。

 伸ばした手は一瞬にして星のような明かりとなって消えていく彼女を追いかけるが届かず、彼女は地球に迫り続ける巨大な隕石を壊しに行くのだった。





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