悪役令嬢の従者に転生したらお嬢様がツンデレで可愛すぎて仕方がない件。

やこう

悪役令嬢の従者に転生したらお嬢様がツンデレで可愛すぎて仕方がない件。

目が覚めたとき、私の視界には見慣れない天井が広がっていた。


 淡い白に装飾が施された天蓋、周りには柔らかなカーテン。

 瞬時に「ここはどこ?」という混乱が頭を占めたが、時間をかけて次第に状況を理解した。

 なんだか既視感があったのだ。


「……まさか、本当に転生するなんて」


 そこは、私が以前ハマっていた乙女ゲームの世界。


 そして私は、どうやら悪役令嬢レイナお嬢様の従者に転生してしまったらしい。

 髪の色も目の色も変わり、どう見ても自分の体ではない。

 といっても、自分がなぜこの役目を担うことになったのかなんて理由はわからないけれど……とにかく、これが現実らしいのだ。


 ゲーム知識が少しは残っている私としては、正直レイナお嬢様には近づきたくないと思っていた。


 なにせ、彼女は乙女ゲームの悪役なのだから。

 高慢で気が強く、周りの令嬢たちや攻略対象にも嫌がらせをすることで有名なお嬢様──それが、ゲーム内のレイナお嬢様だったはずだ。


 しかし、そんな先入観を持ったまま最初のうちはいやいや仕えていたが、そのうちに私はあることに気が付いた。


「お嬢様、今日も髪型がよくお似合いですね」


 そう言って、私は彼女の髪を整えながら鏡越しに微笑みかける。

 彼女は、ふいっと顔を背けて小さく鼻を鳴らした。


「べ、別に……貴女が褒めたところで、私は嬉しくもなんともないわ」


 ──この反応、どう見てもただのツンデレじゃないだろうか。

 もうツンデレと言えば、というような鉄板のリアクションを見事やってのけるレイナ。お見事です!


 私がこの世界に来てから数日が経つが、どうやらレイナお嬢様は、典型的な“ツンデレ”気質らしい。


 周りに冷たい言葉を投げかけたり、わざと厳しい態度を取ったりするけれど、その裏にはちょっとした優しさや不器用な気持ちが見え隠れする。


 例えば朝の身支度の時。

 今日もお気に入りのドレスを選びたいとおっしゃるものの、どうやら私に一声褒めてもらうのを待っている様子なのだ。

 悩んでる振りをしているがバレバレだ。可愛い。


「お嬢様、きっとそのドレスをお召しになれば、周囲の方々も目を見張るでしょうね」


 少しだけ焦らした末にそう告げると、レイナお嬢様は一瞬嬉しそうに目を輝かせる──が、それを隠すようにそっぽを向いて言う。


「……べ、別にそんなこと、どうでもいいわよ。私はただ、これが着たいと思ったから着るだけなんだから」


 はいはい、わかっておりますよ、お嬢様。

 心の中でそう思いながらも、私は微笑みをこらえる。


 どうやらこのお嬢様、周囲には冷たいけれど、従者である私に対してはどこか甘えたがっているようだ。

 もっとも、それを自分で認めたくないのだろうけれど。可愛すぎかよ。



 


 ******



 


 ある日の昼下がり、レイナお嬢様がティータイムを楽しんでいるときのことだ。


 彼女の好みを知るため、私はこっそり調べたお嬢様の好きな紅茶とお菓子を用意して差し出すと、彼女は一瞬目を輝かせ、すぐに表情を引き締める。


「……ふん、まあ、たまにはこのくらいの仕事をこなしてくれてもいいわね。褒めてあげるわ」


「ありがとうございます、お嬢様のために精一杯頑張らせていただきます」


「べ、別に貴女に頑張ってもらう必要なんて……」


 そこでお嬢様は一瞬言葉を詰まらせ、顔をそむける。ちらりと見える頬が少し赤く染まっているのを見逃さない。


 私は心の中で「はいはい、お嬢様ったら、やっぱり可愛いなぁ」と思いながら、彼女の言葉に適当に相槌を打つ。


 そんな毎日を送る中で、私の心には一つの疑問が浮かんでいた。

 彼女は本当に悪役令嬢なのだろうか?ゲームの中では確かに、嫌がらせばかりする性悪キャラだったはず。


 しかし目の前のレイナお嬢様は、どう見ても不器用で素直になれないだけのツンデレお嬢様にしか見えない。


 ある晩、私は夜の見回りのためにお嬢様の部屋の前を通りかかると、彼女のつぶやきが聞こえてきた。


「……本当に、誰かの面倒を見たり頼られたりするって……嬉しいものなのかしら」


 ドア越しに漏れるその声は、とてもか細く、どこか寂しげだった。

 レイナは私に少し迷惑をかけている、とかそんなことを思っているのだろう。まぁそれは私は従者なので当たり前と思いながら受け入れてはいるが。


 レイナお嬢様のような、誰にも心を許さないとされる悪役令嬢が、そんな思いやりと弱さを見せるとは思ってもみなかった。


 私は息を飲み、そっとその場を立ち去った。

 私の心は今まで以上にざわつき始める。


 お嬢様のことをただのゲームキャラとして見ていたが、どうやら彼女には複雑な心の内があるようだ。




 


*******



 



 ある日の昼下がり、レイナが「とある社交会に出席する」と言い出した。その会には、ゲームの攻略対象である王太子や彼の婚約者である公爵令嬢も出席する予定だった。


 ゲームを知っている私には、お嬢様が「公爵令嬢に嫌がらせをする」というイベントが発生する場面だとすぐに気づく。


 ただ、今の私には信じがたいことだった。

 毎日のように仕えている私には、お嬢様がそんな悪辣なことをするようには思えなかったのだ。


「ねえ、お嬢様。今日の会ではどのようなご予定ですか?」

 

 あくまでさりげなく尋ねる私に、お嬢様はふんっと鼻を鳴らして答える。


「……まあ、少しくらい“手を加えて”あげてもいいかなとは思っているわ」


 予想通りの答えに、一抹の不安が胸をよぎる。

 それでも、今の彼女をもう少し見てみたくて、


「それでは、レイナお嬢様のことが心配ですので、会場に同行させていただきますね」


 とお願いした。


 お嬢様は、「別に勝手にすれば?」と言って私の同行を許可してくれたものの、その表情には少し緊張した様子がうかがえた。


 社交会が始まると、お嬢様は王太子や公爵令嬢がいる集まりへと向かい、私は少し離れた場所からその様子を見守ることにした。


 そして、事件はすぐに起きた。

 公爵令嬢が軽くドレスの裾を踏んでバランスを崩したのだ。


 周囲は気づいていないようだったが、私はひやりとした。

 しかし、驚いたことにレイナお嬢様がさっと手を伸ばし、公爵令嬢を助け起こしたのだ。


「ふん、そんなことで転ぶなんて、しっかりしなさいな。これだから田舎の育ちは……」


 その言葉は冷たいものだったが、誰よりも早く助け舟を出したのは他でもないレイナお嬢様だった。

 彼女は少しばつが悪そうに目をそらしながらも、公爵令嬢に手を貸し、さっとその場から立ち去った。


 その姿に私は思わず笑みがこぼれる。

「お嬢様は本当に、優しいんだな」と心の中でつぶやく。


 しばらくして、再びお嬢様が公爵令嬢と話す場面があった。

 今度は公爵令嬢が飲み物をこぼしてしまったのだが、お嬢様はそれを見て、まるで冷たい目をするかのように見つめていた。


 しかし、次の瞬間にはさりげなくナプキンを渡し、さらにその場にいたメイドに「早く掃除をしなさい」と指示を出していたのだ。


「……ふん、これだから何もできないお嬢様は面倒なのよ」


 そんな言葉を口にするものの、レイナお嬢様は公爵令嬢が困らないよう、周囲に注意を引かせずに手助けをしていた。


 私にはその行動が一層愛おしく感じられた。

 冷たく装っているけれど、実際には他人のことを思いやれる人なのだと確信したのだ。


 会が終わり、屋敷へと戻る途中、私はふとお嬢様に尋ねてみることにした。


「今日の社交会では、公爵令嬢にいろいろと“手を加えて”いらっしゃいましたね」


 少し含みを持たせた言い方をした私に、お嬢様は気まずそうにそっぽを向く。


「べ、別に、あんな田舎者に情けをかけたわけじゃないわ。ただ……ただ、見ているのが退屈だったから、助けてあげただけよ」


 その言葉に、私は思わず吹き出しそうになった。

 言葉の裏に隠された優しさが見え透いているのだ。


「そうですか。でも、お嬢様が優しいお方だということ、私は知っておりますよ」


 そう言ってみると、彼女は顔を真っ赤にして私に向き直った。


「ち、違う!優しいなんて言わないで!私はただ、気まぐれでやっているだけなのよ!」


 そう必死に否定する姿が可愛くて、私は微笑みを抑えられなかった。

 お嬢様のツンデレな反応が、ますます愛おしく思えてくる。


 その晩、私は夜の見回りでお嬢様の部屋の前を通りかかると、また小さな声が聞こえてきた。


「……私がこんなことをしても、誰も気づかないだろうし……別に、誰かに認められたいわけじゃないし……」


 一瞬、声をかけようか迷ったが、私は黙ってその場に留まることにした。

 彼女の独り言は、誰にも聞かせるつもりがないほど静かなものだった。

 けれど、どこか寂しげな響きがあった。


 彼女はきっと、悪役令嬢としての役割に悩んでいるのだろう。

 周りから誤解され、性格上素直になれず周りに冷たく振る舞わなければならないことに不満を抱えつつ、それでも従者である私に対しては少しだけ本音を見せることもある。


「お嬢様……」


 思わず呟き、私は心の中でそっと決意を新たにした。

 このツンデレで優しいお嬢様の支えとなるのは、私しかいないのかもしれないと。




 


******




 



「お嬢様、紅茶をお持ちしました」


「……そこに置いておきなさい」


 冷たく言い放つお嬢様だったが、ちらりとこちらを見た視線はどこか優しげで、私は自然と微笑んでしまう。


 テーブルに紅茶を置きながら、お嬢様の側で少しの間だけ過ごすことにした。


 静寂が続き、カップに手を伸ばすお嬢様が一口紅茶を飲む。

 その間、何か考え込んでいる様子で、普段よりも落ち着かないように見えた。


「……ねぇ、貴女」


 ふとお嬢様が口を開き、私をまっすぐ見つめた。

 いつもの命令口調ではなく、どこか戸惑いの混ざった声だった。


「はい、お嬢様。どうなさいましたか?」


 お嬢様はしばらく言葉を探すように沈黙し、やがて意を決したように呟いた。


「……私は、本当に、誰からも嫌われているのかしら」


 その言葉には、不安と悲しみが隠しきれないほどに滲み出ていた。


 私は思わず、彼女に少し近づき、その瞳をじっと見つめ返した。


「お嬢様が嫌われているなんて、私は思いません」


「……貴女は、どうしてそんなことが言えるの?」


 問いかけに、私は少し言葉を選びながら答える。


「私には、お嬢様が誰よりも優しくて、不器用で、そして……本当はとても温かいお方だと感じます。周りの方が気づかないだけで、私はお嬢様のことが大好きです」


 その言葉に、お嬢様は一瞬驚いたように目を見開き、すぐに顔を赤らめて視線を逸らした。


「ば、馬鹿ね……そんなことを言って、私が喜ぶとでも思っているの?」


 そう言いながらも、顔を赤らめたまま微笑むお嬢様の姿に、私は心の奥が温かくなるのを感じた。


「それでも、私はお嬢様のことが大好きですよ。そして、お嬢様には幸せになってほしいと、心から思っています」


 お嬢様は再び私の方を向き、その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「……私が、幸せに……?」


 かすかな声で呟くその姿が、儚くも愛おしい。


 このお嬢様がこんなにも自分を犠牲にし、孤独を抱えて生きてきたことを思うと、私は胸が締め付けられるようだった。


「ええ。私が側にいる限り、ずっとお守りします」


 私の言葉に、お嬢様は唇をかみしめ、涙をこらえるように小さくうなずいた。


「……貴女が、そう言ってくれるなら……」


 そこから先は言葉にできないのか、彼女は顔を伏せてしまう。

 私は静かに微笑み、彼女の手にそっと触れた。


「お嬢様、どうか無理をなさらず、本当のお気持ちをお聞かせください。私だけが知っていれば、それで構いませんから」


 その言葉に、お嬢様はしばらくの間沈黙した後、絞り出すように言葉を続けた。


「私は……誰かに必要とされたい。けれど、周りは私を悪いやつだとしてしか見ないし、私もそれを演じるしかない……。本当は、誰かに甘えたり、頼ったりしたいのに……そんな自分を見せるのが怖いの」


 静かな声で語られる彼女の本音は、今まで見たことのないほど繊細で、私にとって新鮮だった。

 それでも私は彼女の言葉を遮らず、ただ静かに頷き続けた。


「お嬢様、私がその役目を引き受けます。貴女が誰かに頼りたいと思うときは、いつでも私におっしゃってください」


 私の真剣な眼差しを受け、彼女はそっと私に微笑んだ。


「……貴女、本当に変わった人ね。従者のくせに、生意気で……それでも、貴女がいれば、私は少しだけ……少しだけ、安心できるかもしれない」


 彼女の素直な言葉が聞けたのは、私にとっても大きな喜びだった。


 お嬢様が不器用ながらも本音を見せてくれたことが、二人の間に特別な信頼の絆を生んでくれたのだ。


 それから数分、私たちは無言で紅茶を飲みながら、お互いの存在を感じていた。

 お嬢様が素直になれたこの瞬間を、私は心の中で大切に記憶した。


「……これからも、ずっと私の側にいてくれるの?」


 お嬢様が呟くように尋ねたその言葉に、私は笑顔で頷く。


「もちろんです。私は、お嬢様の従者ですから」


 彼女は照れ臭そうに顔を背けながらも、小さな声で「ありがとう」と呟いた。


 普段の冷たさを保ち続けるお嬢様のその一言は、私にとって何よりも温かいものだった。


 こうして、ツンデレで不器用なお嬢様との日々は続く。しかし、私は確信していた。

 お嬢様は本当は優しくて、繊細で、誰かに愛されたいと願っているのだ。


 私だけが知るこの秘密を胸に、私はこれからもずっと、彼女を支え続けていこうと思う。


 ——悪役令嬢という仮面の裏にある本当の姿を守るために。

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