心の移植手術
ちびまるフォイ
心と体が健康になった自分
「今日来院したのは……その手のケガですか?」
「あいえ、これは自分でやっただけです」
「手の甲に包丁でも突き立てたんですか」
「ええまあ。でも相談したいのはそっちじゃなくて。
なにをやっても……なにも感じなくなったんです」
「それで痛みを……」
「診てもらっていいですか?」
「診るまでもありません。あなたは
「いや生きてますよ」
「ちがうちがう。心と書いて、
身体は生きているのに、心が死んでいる。
生死の中間みたいな状態です」
「はあ……」
「すぐに大学病院へいきましょう」
こうしてトントン拍子で大きな病院へと送られた。
お金がどうとか、自分の身体がどうとか。
そういうのもいろいろあるんだろうけどどうでもよかった。
もうなんか……考えることすらわずらわしい。
病院についてすごそうな医者が診断してくれた。
「うん。めっちゃ心んでますね」
「治療できるんです?」
「ここまで明確に心んでいる人ははじめてです。
ある種レアケースですよ」
「ああそうですか」
「あなたがこのケースの最初の症例となります。
治療法も確立できていません。
色々試すことになると思いますが、覚悟はいいですか?」
「あもう好きにやってください」
「心んでいる……」
病院ではさまざまな治療法を試すことなった。
実験動物といわれればそうかもしれない。
でもなんかどうでもよかった、
正直なところ、心が戻ってもいいし戻らなくてもいい。
このまま死んでも別にいい。
自分が今生きているのだって、
自動的に死ぬようになっていないから副産物で生きている。
そんな調子だから心が死んでしまったのだろう。
「だ、だめですね……」
医者はあれやこれやを試しても心が戻らないことに焦っていた。
「気長にやればいいと思いますよ」
「患者にそれを言われるのはちょっと屈辱ですね……」
「いやまあ、別に自分なんてどうでもいいんで」
「薬での治療も効果なし。セラピーもだめ。
精神病の患者へのアプローチも無駄。
心がここまで手強い存在とは……なかなか戻りません」
「もはや僕個人が心を戻すことに拒否しているのでは?」
「それは無いです。あなたは心が死んでるんですから。
そんな主体性のあることしないでしょう」
「そんなもんですか?」
「もし、国の一番えらい人があなたに死ねと言ったら
あなたは別に拒否することなく死ぬでしょう」
「そうですね」
「ほら。主体性ないでしょう?
あなたが心の復活を拒否するとか、そっちのがありえないんです」
「でも色々試したのにこの調子でしょう。
もう手詰まりなんじゃないですか?」
「実は……まだ試してないことがあるんです」
「そうなんですね。どんな治療法ですか?」
「心の移植です。心は生きているのに身体は死んでいる。
交通事故なりたての人とかの遺体から心を抜き取り、
心がからっぽのあなたに移植するんです」
「それやると自分が自分じゃなくなるのでは?」
「……まあそうかもしれません。なので拒否するならーー」
「あ別にやって大丈夫ですよ」
「え。ずいぶんアッサリと……」
「そんな勿体つけるほど、自分の自我なんて大したものじゃないです」
「心んでるなぁ……」
心の移植手術の同意書へサインをし、その日を待った。
「先生! 心が残ってる遺体届きました!」
「急げ! 心が消えないうちに!」
遺体が横に運ばれると手術がはじまる。
「では移植手術をはじめます。麻酔開始!」
それきり手術がどうなったのかはわからなかった。
次に目が覚めたのは病院の一室だった。
「おめでとうございます。もう退院して大丈夫ですよ。成功しました」
「やる気が満ち溢れてる……!
明日が待ち遠くしてたまらない! これが心がある状態か!」
「うまくいってよかったです」
退院後にはもう前がどうだったのかわからない。
心が死んでいる状態の自分を見たわずかな人からは、
本当に人が変わったとよく言われるようになった。
「なんか活力にあふれるようになったな」
「ああ。心を移植したから元気100倍さ!!」
「でも意外だ。別の人の心を移植したのに、元の性格のままなんだな」
「それはきっとうまいことやったんだよ!」
「まあ人がわからなくてよかったよ。……いや、変わりはしたのか?」
「どっちでもいいさ! お前も心が失われてきたら、さっさと新しい心に移植するのがいいよ!」
心が元気になったこともあり、周囲の人に委嘱のすばらしさをふれまわった。
自分のように心が完全に死んだ人だけじゃない。
心が死にかけているような人もゴロゴロいる。
自分のような成功例を教えてあげることで、
そういった人たちの解決策になるだろう。
「ああ、心の移植はなんてハッピーなんだ!! 人生最高~~!!」
ふと手の甲を見たときだった。
自分の手は傷ひとつないキレイな手をしていた。
それを見てすぐに病院へと戻った。
病院には長蛇の列ができている。
「どいてくれ! 急ぎ確認しなくちゃいけないんだ!」
「おいこら横入りはだめだぞ。
みんな心の移植のため朝から並んでたんだ」
自分が広めなくても心の移植は広く一般化していた。
心を取り替えたい人が列をなしている。
やっと自分の番になると確かめずにはいられない。
「どういうことだ! なにをした!」
「どうしたんですかそんなに怒って。
でも感情が出せているということは、
心もしっかり身体に入っているようですね」
「そういうことを言ったんじゃない!
俺の身体になにをしたっていったんだ!
心を移植しただけじゃないだろう!?」
「なぜそう思うんです?」
「傷がないからだ!!」
手の甲を差し出した。
自分が傷をつけた箇所の痕も消えていた。
「ああ……なるほど。わかりました、
あなたには真実をお話ししましょう」
医者は手術の記録を出した。
「心の移植なんてね、やってみてもだめだったんです」
「え」
「枯れた大地に種を植えるようなものです。
心のない身体に、心を入れてもすぐに心んでしまったんです」
「それじゃなんで俺は心を取り戻したんだ……?」
「そこで我々は逆のことを試したんです。
一度あなたの身体も完全に殺したうえで、
別の体に記憶やら経験やらを移動させてみました」
医者は淡々と話しを続ける。
「不思議なんですが、体を切り替えれば心が戻りました。
結局、人間の心というのは体から生成されるんでしょうね。
誤算だったのは傷の再現をしわすれたくらいです」
「それじゃ俺は……」
「よく似せた複製体が心をもった状態です。
でもみんなあなたを、あなただと認識したでしょう?」
すべてを知ってしまった。
それでも心が戻ったのでもう同じことはしたくない。
拒否という自我がめばえてしまっている。
現実から目をそらしたくて窓から外を見る。
外には心が移植されると信じている人たちの行列がまだ見えた。
「か、彼らには話しているのか? 心の移植なんてしない。
体を完全に殺してまったく別の体にすげかえることを……」
「できませんよ。みんなあなたのような状態じゃない。
中には心がまだ微量のこっている人だっているんです」
「ならなおのこと話すべきだろ!?」
その問いかけに医者は不思議そうな顔をした。
「わかりませんね。心も体も健康になるのに。
どうして、いちいち死んで新しい体になることを拒否するんです?」
その声はどこか部品交換でもするような様子が伺えた。
心の移植手術 ちびまるフォイ @firestorage
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