小さな覚悟
「嘘でしょ...」
私室のバルコニーから街を見下ろすと異様な光景を目の当たりにし愕然とする。
幼い頃父から貰った羊のぬいぐるみを抱き抱えながら静かにゆっくりと床へと崩れ落ちていく。
カルカが見たもの。それは新たに誕生する聖王を一目見ようと王都中の民が街の広場に集まっていた。
異様な光景を前に、頭の中でざわめきが起こり吐き気を覚える。
「どうして...こんなことにぃぃ...」
お祭り気分で黄色い声をあげながら広場を走り回る子供たち。新たな王は誰になるのかと予想し合う大人、前聖王の当時の花を咲かす老人たち。王都に住む人々が新たな聖王の誕生を見ようとこぞって宮殿の前に集まっていた。
「これは夢。悪い夢を見ているんだわ。そうに違いない...」
目を閉じゆっくりと深呼吸をする。
深く吸った息が肺から脳へと行き届く。
やがて落ち着きを取り戻し、再び目を開ける。
右にも、左りにも人。人。見渡す限り、人。
瑞々しく張った頬をつねっても消えない人だかり。幻でも夢を見ている訳でもなく
これが現実に起きていることなのだと思い知らされる。
そうこうドアが開けられる音を聞き取り振り返る。
「ああカルカ。ここにいたのか。もうすぐ即位式が始まる。身だしなみは整え終わっているのかい?」
ニコニコと笑みを浮かべ、近づいてくる男
カスポンド•べサーレス。
カルカの兄にして、本来でならば王位を継承するはずだった男。
「ちょうど良いとこに来てくれました! カスポンドお兄様!!」
怒気を含む声に驚いたカスポンドが肩をびくりと震わす。
「どうして私に王位を譲るなんて訳の分からない事を言うのですか!?
どう考えてもおかしいです!今すぐこの場で納得の行く説明をしてください!」
カルカは兄弟の中でも末妹にあたるため、王位を継承するのは兄カスポンドが継ぐものだと思い込んでいた。
それがまさか自分が聖王の座に着くことになるとは、ましてや聖王国の長い歴史の中でも女性の聖王はいなかったため異例中の異例と言える。
「お、落ち着きなさい。そう矢継ぎ早に問いただされては答えられるものも答えられないじゃないか。ハハハッ。」
気迫に満ちた顔に動揺しつつも笑みを浮かべ、カルカの小さな両肩に手を置き宥める。
「笑って誤魔化すのはやめてください。きちんと説明していただけますか!?」
「わかったわかった。ちゃんと説明しよう、だから落ち着いて」
詰問され観念したカスポンドがひとつわざとらしく咳をする。
部屋の出入り口近くに設置されているライトブルーの3人掛けのソファーへと向かう。
落ち着いて座るカスポンドに対しカルカはボスりと音を立てながら座る。
2人の間に少し緊張が生まれ、空気が一瞬重くなる…といってもカルカがただ一方的にプレッシャーをかけているだけであるのだが。
「きっと詳しく話すべきだろうが、時間があまり無い。だから率直に、手短に言おう。」
「これは父上と私、2人で決めたことなのだ」
「え...お父様も関わっているのですか...?」
思わず息を呑む。
「父上が亡くなり、本来であるならば長男である私が王位を継ぐのが当然の流れだろう」
「だが父上が亡くなる少し前、このことについて神殿勢力の人間を交えて相談をしたんだ。
兄弟の中で誰よりも優しい心を持ち、魔法の才能にも溢れているカルカこそが次の聖王にふさわしいのではないか?とな」
「そ、それで お父様は何と仰ったのですか?」
「同じことを考えていた、と言っていたよ」
「神殿の方達は…」
「強く後押しをしてくれている」
カルカは信じられないと言ったような顔をしソファーにもたれかかり、天井に悲しみの表情を向ける。
「この国に…まともな人はいないのかしら…」
失望と諦めが混ざり合い、天井を見つめる。
強く抱きしめられているぬいぐるみは綿が飛び出し鳴き声をあげそうにも見える。
「そういう大事なことは私にも言うべきじゃないんですか?」
「怒る気持ちもわかる。だが仮に私が聖王になり将来何か王家に不都合があった場合カルカを政略結婚に出し政治的な牽制をしなくてはいけなくなるかもしれない」
「それは国内外問わず人質になるということですか?」
これは聖王国南部にある勢力のこと示唆している。聖王国南部にはそれなりに有力な軍隊や貴族もいる。少々の対立をすることはあっても露骨に敵対行為まではしてこない。水面下で何かを企てているかもしれないという不安も少なくないのであった。
「その通りだ。一時的に牽制出来たとしても蜂起されては何も意味はないからね。
賢い妹を持って鼻が高いよ。」
「私としてもそれは反対だ。可愛い妹を政治の道具にはしたくないのだ」
心の底からから心配してくれているのだろう。が、やはり完全に納得したとまではいかない。
ここである疑問を投げかける。
「その...女の私が聖王になるのに貴族の方たちは反対しなかったのですか?特に南の方たちはあまり良い顔をしないと思うのですが。」
「ああ。そのことだが...」
そのとき、不意に扉をノックする音が聞こえ2人がドアに視線を動かす。
「入れ」
カスポンドが扉越しに入出の許可を出し、男が1入ってくる。
部屋に入ってきたのはゼェゼェと息を切らした神官であった。急いで走ってきた為であろうその姿の額からは汗が滝の様に滲み出ている。
「こちらにおられましたか両殿下。間もなくお時間です」
「わかった。すぐに向かう」
「少し話が長くなってしまったようだな。」
カスポンドがカルカに向き直り、もう駄々をこねている暇はないぞと顔で訴えかける。表情は柔らかくも、目は真剣そのものだ。
「心の準備は出来たかな?」
「…わかりました。お父様のご意志を汲み引き受けます」
「勇気ある返事だ。表立ってサポートは出来ないかもしれないが、何か困った時は必ず協力することを約束するよ」
「さて、行くとしよう。聖王が儀式に遅刻などしたら良い笑いものだ」
戴冠式に遅刻はまずい。それこそ不穏分子に付け入る隙を与えてしまう。
鏡の前に立ち、髪が乱れていないか入念にチェックし、部屋の後にする。
「後でもう一度、必ず説明して頂きますからね」
「もちろんです、カルカ様。いや、聖女王様...と呼んだ方が良いのかな?」
「ふん。どちらでも構いません。
いつか無理難題を押し付けてお兄様をアベリオン丘陵のど真ん中に追放してやるんだから」
「ハハッ、それだけは勘弁してもらいたいものだ」
「妹として見れるのも、今日が最後か。」
カスポンドの微笑む顔にはどこか哀愁を感じさせ、少し胸を締め付けられる。
「別に離れて暮らす訳じゃないんですし、悲しまなくても良いのではないですか?」
「おや? 私はてっきりアベリオン丘陵のど真ん中で生活させられると思っていたよ」
「もう!真に受けないでください!」
戴冠式が執り行われる宮殿へと向かう途中の大廊下。
歩き慣れているはずの道のりはやけに足取りと空気が重く、呼吸が乱れる。
やがて2人は戴冠式が執り行われる部屋の前へと辿り着く。
「うぅ...やはり私には無理だと思います。今からでも兄様が聖王に...」
またぐずり出すことに怒られるかと後悔し始めるがカスポンドは立ち止まり優しく答える。
「よく聞きなさい。」
「カルカには類稀な魔法の才がある。その才能は父上が愛していた聖王国の民を守る矛となり盾となるだろう」
その言葉を受け昔、聖王国の長壁に攻め込んできた亜人軍勢に勝った父と凱旋に躍り出た時のことを思い出す。
熱狂的な歓声を父にあげる王国の民たち。その笑顔を次に守るのは自分なのだと理解する。
「それでも嫌かい?どうしてもと言うのなら私が…」
「…いいえ。もう逃げません。」
「覚悟は決まったようだね。それでこそ自慢の妹だ」
弱き民が幸せになり、誰も泣かなくていい国を。
そう心に決めたカルカは聖王国の王女となるべく、扉を開け入って行く。
異聞聖王国物語 カルカ様ファン @lolio
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