愛玩用少年少女非行訓練

固定標識

俺たちの作戦

 施設での生活は絶対的に地獄だった。これ以外の道は知らないが、しかしこれが他の何と比べても地獄であることは確定していたから、比べるまでも無い。

 僕たちは愛玩用の人類だ。

 死ぬまで彼らの相手をしなければならず、彼らが死ぬと僕らも命を絶つように調整されている。

 僕たちは、主に独り身の老人に売られる。一人で死にたくない老人が、今わの際まで面倒を見てくれて、看取ってくれて。そして自分が死んだ後には後腐れ無く後を追って来てくれる。

 僕たちは見目美しく造られた。一人として見た目が完璧でない奴はいなかった。

 中身は知らない。絶対的に調整されている。

 僕たちが、僕たちと比べ得るのは施設の大人たちだけだった。

 僕たちはいつも白い服を着た。大人たちは空の色や夜の色の服を着た。

 僕たちはいつも地面に繋がれていた。大人たちは忙しそうに歩き回る。

 僕たちはいつも死について望郷した。大人たちは明日の夢を見ている。

 僕たちは始まりの時点で【詰んでいる】というやつらしかった。将棋は出来る。ただし、老人の相手をするための接待用のものだ。

 大人たちは僕たちに毎日調整を加える。

 薬を飲ませ、勉強をさせて、運動をさせた。

 薬にアレルギーを持っていた仲間は別棟送りになった。勉強のできない仲間は別棟送りになった。ぜん息持ちだった仲間も、そう。

 僕たちの世代は優秀ではなかった。大人たちは、どうしても最後の調整が上手くいかないと、いつもイライラしていた。何かに追われているようで、その様は愉快だった。そんな大人たちを指差して笑った仲間は、やはり別棟へと連れていかれた。

 別棟は、施設の敷地内の東の端にある、高いたかい塔である。僕たちは眠れない夜に、あの塔へ連れていかれた仲間のことを考えて、直ぐに止めた。

 最後の調整は、それから一月が経っても上手くいかなかった。

 僕たちは大人の上手い流し方を覚えて、減らなくなった。


 僕たちの中で、ある計画が発足していた。

 脱出計画だった。

 初めは皆、出来る訳がないと考えたし、同時に出た後にどう生きるのかと、発案者に詰め寄った。しかし発案者の彼──十二番は冷静だった。彼は大人の施す学習の中で、少しずつ現代の知識を蓄えたのだと言う。少しずつ、少しずつ──何時か大人たちを見返すために牙を研ぎ続けたのだ。

 僕たちは皆嘆息した。

 自分自身に嘆息した。

 漫然と受けていた学習に、こんなにも情報が紛れていたのだと気づけなかった自分の無能を恥じたし、同時にツメの甘い大人たちを嘲笑した。

 あの時ばかりは、僕たちの背中には翼があった。何処までも、何処へでも逃れられる真白き翼の温度が、確かに僕たちの背丈を支えていた。

 作戦決行までは時間を要した。

 僕たちは皆、各々の牙を研ぐと約束し、最後の調整の失敗を祈り続けた。

 

 四か月が経った。

 決行は新月の夜だった。

 それまで培ってきた従順な演技を最大限活かして、僕たちを縛る鎖を緩めておくことに成功すると、碌にチェックもせずに去ってゆく怠け者の大人に向かって全員がほくそ笑んだ。次に夜目を慣らす為に暫く目を漆黒に漬けてから、十二番の合図で一斉に立ち上がる。

 運動の時間に鍛えられた身体は、ある程度の無茶な行使なら勝手が利いた。無理やりに換気口に身体を捻じ込む。

 心臓は、破裂するほど高く鳴く。

 愛玩人類として育てられ──踏みにじられていた尊厳を取り戻す時が来たのだ。

 

 僕たちは姿勢を低くして、風のように駆けた。草食動物が捕食者から逃げるように──しかし焦りはなく、むしろおちょくるように走るイメージを頭の中で鮮やかに躍動させながら駆けた。

 別棟の根本まで来ると、作戦決行までの間に別棟送りにされた仲間が、中から鍵を開けた。わざと醜態を犯して別棟送りになった九番は、誰よりもアグレッシブだった。そこにいた全員が九番の勇気に敬礼し、彼もまたその姿勢に応えた。作戦の完遂は近い。


 別棟の屋上から、資材運搬用の貨物飛行機が出ていることは確認済みだった。

 そしてその識別番号が、入って来る時と出てゆく時で異なることも確認している。僕たちが別棟に絡みつく蛇のような階段を駆け抜け、屋上に出ると、果たして目当てのそれは在った。

 資材運搬用の貨物飛行機。白の機体に赤のラインが入っていて、見るだけで心がワクワクした。人生で初めての高揚だった。

 飛行機の中は狭かった。しかし、子どもの僕たちならば丁度良い。

 すし詰めになって飛行機の腹の中で押し合い圧し合い、しかし苦しくもないし煩わしくもない。

 あの日。

 作戦決行を決めた、運命の日。背中に翼が生えているって、紛れもなく錯覚した。

 でも今、僕たちには明確に翼がある!

 空は白み始めていた。太陽が顔を出すと同時に僕たちは、広い世界へ船を出す。

「おい‼」

 大人の声が響いた。全員がびくっとする。

「そこで何やってる‼」

 問われて、答えるわけもなく。僕たちは出発する。すし詰めの車体の中を這いずって、小さな窓から大人たちの様子を窺うと、僕たちには運動を強いたくせに自分たちはしていなかった弊害か、のろのろと頼りない。思わず笑う。勝ち誇った笑みが零れた。

 ばしばしと叩き付けるくらいのエンジンの駆動音は、心臓の震えをも掻き消すくらいに太く重い。そうその瞬間、緊張などすべて無くなった。燃えて何処かへ行ったのだ。

「んじゃ、太陽でも目指すか」

 操縦桿を握る十二番は、最後に僕らにサムズアップする。

 飛行機は飛び立った。



 ──────────────────・・・



「行っちゃいましたねえ」

「なーにを寂しそうな面を晒しとるかサクラギ巡査」

「だって先輩、実際寂しいじゃないすか」

「まあな」

 愛玩用人類。

 二十五年前、未曽有の大災害が世界を襲った。地震雷火事親父とか、そんな全てを総合してなお拮抗どころか到達すらできない最悪の【人身事故】。

 詳しくは分からない。何せ識者がまるごと死んだ。あの瞬間、世界に何が起きたのか、詳しいことは今も不明だ。

 しかしどうも、【人身事故】だというのは俺たちの中の共通認識だった。

 愛玩用人類は、その災害の後に、裏社会で流れ出した遺伝子改造人間のことを指し、俺たちの商売道具でもある。

 その見目麗しく、頭は悪く、主が死んだら一緒に死ぬ。死ぬまで一緒にいてくれる最新鋭の奴隷。

 胸糞悪い事この上無いそれは、今や立派なビジネスの一種である。

 俺は時折考える。あの時一度狂った頭を使って考える。別に頭脳に自信は無いし、発想が柔らかいわけでもない。だからこれは認識の反芻だ。

 愛玩用人類の流行は、災害で人々が精神を病んでしまったことだけが理由ではない。

【人身事故】の被害者の殆どが、子どもだったことも起因するのだろう。

「俺たちもここで終わりっすね。バレたらぶっ殺されるでしょ」

「付き合わせて悪かった」

「いや、いいっすよ。どうせ生きてても良いこと無いし。だったら良いことっぽいことした方が良いっす」

「いーいーいーいー、悪の組織かおめーは」

「悪の組織でしょ、俺たち」

「元警察官がなんでここまで落ちぶれたかね」

「少しでも長く生きようとするのは普通でしょ」

「この仕事普通か?」

「立派な悪ですねえ」

 顔を見合わせゲハハと下品に笑う。実に悪っぽい。

「そろそろ見えなくなりますよ、あの子たち」

「タバコ吸う?」

「いただきます」

 サクラギと並んで煙草に火を着ける。水も食料も満足に無いくせに、娯楽品だけは無限に流れてくるのだから人間の欲には際限がない。

 まっすぐな雲を吐き出しながら、太陽の中へと溶けてゆく飛行機は、なんだろうな、良い映画のラストシーンのようで

「泣けるな」

「っすね」

 こうして高い塔の最上で、曙光のかぎろいに想いを馳せながらタバコを吸う。

 それっぽいじゃないか。

「ちゃんと飛べてるな」

「俺らの教育の賜物というやつですよ」

「元気だったな」

「ちゃんと運動も教えましたからねえ」

 愛玩用人類の教育カリキュラムには、必要最低限の教育と運動さえあれば、他には何も要らない。水だけあげれば育つサボテンみたいなもんである。むしろ過多な情報や能力を与えてしまうと、買われた先の主に牙を剥く可能性すらある。

 故に見目は麗しく、頭は悪く。

 それ以外は求めない。

「どんどん吸収してくれましたねえ、あの子たち。やっぱ子どもの可能性は……無限大だ」

 俺たちは上司の目をかいくぐって、あの子たちに特別な教育と運動を与えた。上層部にはバレぬように、しかし子どもたちの中に気付くものが現れる程度に。時間を掛けていつものカリキュラムに混ぜてやる。

 それ故に嫌われていたらしい。彼らが俺たちを見る時の目は、その美しい姿も相まって心臓の縮むくらいに恐ろしかった。

 思い起こすのは、もう三十年くらい前のこと、学校での学びである。

 いやに熱血な教師がいて、勉強の出来ない奴には付きっ切りで教えていた。運動の楽しさを知ってもらおうと、誰よりも笑顔で汗を振り撒いた。当然学生からはウザがられていた。今思うと報われない。

 当時学生だった俺たちは、勉強の意味も運動の意味もわからなかった。学校では勉強と運動を教えても、その意味については教えない。そして俺たちもそれを知ろうとはしなかった。

「報われねえな」

「そうすかね?」

「だって……そうだろう。俺たちは嫌われたまま死ぬ。世界のどこにも俺たちのことを思ってくれるやつはいなくなる。それぁ、死ぬよりキツい」

 こうして死の間際に立ってやっと、愛玩用人類を買うじじいとばばあの気持ちがほんのり理解できそうになる。

 自分が終わる時、誰も自分を想ってくれないという恐怖。終わり悪けりゃ全て悪し。走馬灯は黒く塗りつぶされて、後悔に押しつぶされながら絶無へと溶け墜ちる。

 想像するだけで肝の冷える話だ。

 しかし怠け者の後輩はそうでもないらしい。童顔のままタバコをすぱすぱ吸うので見ていて危なっかしいサクラギは、どうも余裕な表情で煙を吹いた。

「確かに今直ぐには無理でしょうね。俺らはむしろ恨まれてるだろうし」

 タコ口から噴き出される長い煙は、子どもたちを載せた飛行機に向かっていた。煙の向こうで、しかし輝きを失わない希望の船は、汚い大人たちには一瞥もくれずに遠ざかる。

 もう小指の先ほどもない。

「でもあの子たちなら……いつか気付いてくれますよ。不良品ですから」 

 不良品の子どもたち。

 飛行機で脱出した子どもたち──Dクラスの子どもたちは、最終調整を失敗し続けた不良品たちだ。

 最終調整では開頭手術を用いた思考洗脳が施される。

 最後の仕上げであり、『主が死ぬと自分も死ぬ』暗示を刷り込む作業だ。

 Dクラスの彼らには、何故かそれが一切通用しなかった。

 恐るべき自我があったのか、それとも何か別の要因があったのかはわからない。ただ、彼らは反逆の因子のようなものを確かに持ち、それがなに故かくじ引きのクラス決めであのクラスに極端に集中したのだ。

 だからまあ、簡単に言えば

「運命だよな」

 こんな独り言は、誰にも伝わらずに風の中へと溶け去った。

 サクラギは手で目元に影を作った。

「いやーマジすごいっすね。もう見えなくなっちゃった」

「無限大だな」

「世界広すぎて笑えて来ますよね」

「笑えるか?」

「笑うしかねえんすよ」

 俺とサクラギは目を合わせて、少ししてから噴き出した。タバコの臭いの沁みた汚い唾が霧散する。カッコつけようとして、しかしどうにも締まらない。

 その瞳のような全容をついに現した太陽が、俺たちを照らす。祝福の光明にも思えたし、断罪のサーチライトにも思えた。

 タバコの煙が遠く伸びた。自由に、真っ直ぐと。

 その行き先に目を凝らしてから、俺もどっかに連れて行ってくれやと十字を切る。祈れるときに祈っておけ。あの世で閻魔にブン殴られる前に精いっぱい、神様に祈れ。

 あの子たちの運命に幸多からんことを。

 どうか、愛玩用人類に絆された哀れな二匹の猿に、多少の安寧の在らんことを。





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