つがいに、つがいが、つがい

八坂卯野 (旧鈴ノ木 鈴ノ子)

つがいに、つがいが、つがい

 妻と結婚したのは5年前の6月のことだった。

 June bride だけは譲れないと彼女は言い切り、気に入った御伽話の姫君に憧れているとロマンチストのようなことを口にして、豪放磊落な性格からは想像もつかない一面に驚いたものだ。

 今の私は一人暮らしで日々を仕事と趣味の生活をしながら暮らしている。

 差別的で退廃的な婚姻制度はなくなり、結婚弁護士を挟んで結婚規程誓約書を作成し、それを役所に提出することで結婚となる。

 結婚規程誓約書の内容は雛形があって、そこから話し合いによって先を決めてゆく。個人の人生設計が最重要とされる今日では当たり前のことだ。

 生活について、仕事について、子どもの有無から、老後まで、弁護士を挟んで話し合ってゆく。婚前離婚調停書などと口悪くのの知る奴もいるが、当たり前の制度なので、変わり者はごく少数だ。

 私達の場合は互いに同居はせず、週に何回かのデート、相互の稼ぎには干渉せず、子供は持たない、が基本ベースでスタートし肉付けをしてゆく。

 だから独り身で暮らせているわけだ。

 そしてこれは節税にもなる。

 独身税が導入された昨今は特にそれが顕著になった。北海道と沖縄くらいの距離の人も結婚弁護士を介せば結婚できるから、夫婦が次々と生まれているわけだ。

 極端な話、そこに愛があろうとなかろうと。

 今日は久しぶりのデートの日だった。

 私は仕事を終えてオフィスを後にすると、いつも予約しているレストランへと向かう。世の中には同じような夫婦が多いと聞いている。すれ違うカップルのように仲の良い人々の指には結婚指輪が光っている。もちろん中にはごく稀にだがベビーカーを押して歩く人もいた。

 食事を終えていつもの様に私が支払い(契約条項だしプライドもある)を終えて、ふと妻に視線を向けた。黒のロングコートに薄ピンクのプレゼントしたマフラーを首に巻き、スタイルの素晴らしさにも見惚れてしまうが、なによりも妻の向ける視線の先が気になってしまった。

 子供を連れて親子仲良く歩く姿に釘付けになってしまっていたからだ。

「どうしたの?」

「なんでもないわ」

「そう、ならいい」

 私はそこに触れることを良しとせずに、そのまま店の外へと出る。直後にスマホが着信を告げる、通話ボタンを押すと部屋の管理を任せているHumanoid robotのLiana Type 2 からの着信だった。

『どうしたの?』

『カリオン社よりメールが届いています。至急、お戻りください』

『ありがとう、直ぐに戻るね』

 妻にも同じようにどこからか電話がかかってきていて、内容に耳を傾けてみれば、仕事がらみの話のようだった。妻は若干不機嫌そうにしながら話を聞いては指示を飛ばしている。妻の役職は責任重大だから仕方ないことだろう。

「仕事に呼ばれたから、行くね」

「そう…仕方ないわね」

 訳せば互いに仕事には口出ししないような条項も誓約書に記載されているから文句を言われることもない。相互の通信端末には「誓約くん」と役所が作ったアプリが入っていて、互いの日々を記録し続けてゆく。だから不貞行為などは直ぐにバレるし、誓約違反は刑事罰の対象にもなるから、皆が安心して生活を営めている。

 妻の頬に口付けをして私は駅へと足を向けた。なにか話をしたそうな素振りが見受けられない訳でもないが、直ぐに電話に意識を集中して反対側へと歩いて行った。

 この別れ方はいつものことだ。

 ふたりで深夜までゆっくり過ごすことなどは結婚後して1年足らずで消え失せてしまっていた。

 やがて駅に着き電車に乗り込み、メガネ型のベッドマウントディスプレイを掛けて、ニュースサイトをチェックし、活字を追いながらオーディオブックを見聞きしてゆくと、メッセージが届いた。

 妻からだった。次の会う予定の日取りを仕事の都合でキャンセルして欲しいとの連絡だった。体調を気遣う気持ちを含めての承知した旨の返事する頃には、電車は自宅の最寄駅へと着く。

 電車から降りる人は疎らだ。

 旧首都の東京で1世紀以上前にあった満員電車なんて言葉が想像できないくらい、駅は静かで穏やかなものだ。

 改札を抜けて駅中にある24時間営業の惣菜コーナーに寄り、朝、予め頼まれていたポテトサラダを手に取りレジへと進む、台の上に商品を置けば、アレルギーの確認をするホログラムウインドウが映し出され、確認事項にチェックをするとオンラインで会計が済まされる。

 先ほどまで妻といた都市部ならともかく、高速列車で20分、距離にして150キロ離れたこの街は少々世代の古いシステムが当たり前のように置かれている。しかしながら使い勝手は悪いが管理された緑の残るこの街は素晴らしい。妻は都市部のマンションで暮らしていてもっと便利な生活をしているが、私はどうにも都市部は落ち着かなかった。

「ただいま」

 玄関の鍵を翳して扉を開くと、小さな足音がトタトタと走ってきて、可愛らしい笑顔が出迎えてくれる。

「おかえりなさい」

「ただいま、リアナ」

 ジーンズを履き薄いTシャツを着たHumanoid robotのLiana Type 2 が出迎えてくれた。他の皆は名前をつけるらしいが、私は素直に個体名をリアナにしている。

 全国で普及しているHumanoid robotの多くは生体ボディを持つ型が多い、私は女性型を、妻は男性型を、それぞれ持っていて、身の回りの世話から性処理に至るまで多用途に使用している。

 全世界的に見ても当たり前の風景となった生活スタイルだ。

「頼まれていたサラダ買ってきたよ」

「ありがとうございます、直ぐに夕飯に致しますね」

「ありがとう、着替えてから向かうね」

「すぐですよ、温かい食事なんですから」

 robotとは思えないほど自然な笑みを浮かべてリアナは艶やかな長い黒髪を靡かせてダイニングキッチンへと戻って行った。

 私は自室で着替えを済ませると、仕事関係の届いた資料をチェックして今直ぐではなく食後でも問題ないことの確認を済ませてから、ダイニングキッチンへと向かい、食卓の席へと腰を下ろした。

「はい、今日はカレーです、リクエストを頂いたので好みを調整しながら作ってみました」

「ありがと、では、頂きます!」

 食卓を挟んで私とリアナは同じ食事を取る。専門店に負けず劣らずのカレーはとても美味しくて、私はお皿を直ぐに空にしてしまう、リアナは微笑みながら丁度良い量のおかわりをよそってくれたのを食べていると、先に食べ終えたリアナが一枚のホログラムシートを差し出してきた。

「研修と審査過程を全て終えることができました。そのタクミさんさえ良ければ、子供を迎えたいんですけど……」

「いいね、そろそろ社会貢献の頃合いだよね」

「もう、言い方が冷たいです。父親研修を受けたんですから、きちんとお父さんらしくしてください」

 ホログラムシートには、小さな子供が映し出されていて、名前、性別、遺伝子データ、性格的特徴などなどがレーダーチャートで事細かく数値化されてあり、最後の確定率は98%と記されてる、つまりこの子供は我が家の家庭環境にマッチした素晴らしい素養のある子供と言うことだ。

 子供を産むはもはや古い考えである。

 基本、子供は育てるものであり、それは社会貢献と見なされている。卵子も精子も生命体からの採取ではなく、人工的に培養し、遺伝子処理を施し人工子宮で育ててゆく、やがて生まれた新生児はHumanoid robotの手により育て上げられてゆき、ある年齢までになると、社会貢献である子育てプログラムに参加した家庭、そう、数多くの面談と研修を終えたHumanoid robotと人間の元で育てられてゆく、つがいプログラムと名付けられたこのシステムでは必ずつがいはHumanoid robotでなければならないと定められている。高度なAIを搭載しどんな状況下でも検索を元に最良の結果を導き出し、不確定要素の多い人間を支えるため、そしてHumanoid robotに慣れてもらうためでもある。

 私もその1人だ。

 しかし、妻は母から生まれ両親に最初から育てられた珍しい人でもある。

「リアナ、じゃあ今度の週末に面談に行こう」

「はい!お願いします!」

 笑い合いながら食事を済ませ、私は自室で仕事をこなしながら、会社に今後、子供を迎えいれることを報告する。システムが社内規定の児童養育に関する各種項目をピックアップして伝えてきた。数多くのリストアップに対して、リスト化したそれをリアナに送り、リアナからオンラインで回答を得る。手続きを進めながら、再び、妻からメッセージが届いたので開いてみた。

『話せなかったんだけど、今度、つがいプログラムに参加することにしたわ』

『そうなんだ、私もだよ、お互いに頑張ろうね』

『ええ、頑張りましょう!』

『うん、じゃあ仕事に戻るね』

『邪魔してごめんね。じゃあね』

 部屋がノックされてリアナが寝巻き姿で入ってきた。ホログラムシートを手にしている。

手続きで生体認証が必要なことをすっかり失念していた。私はリアナが差し出してきたシートに署名と手紋認証をかけるとホログラムシートは宙へと消えた。

 柔らかな笑みを浮かべたリアナが、嬉しそうに微笑んでいた。

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つがいに、つがいが、つがい 八坂卯野 (旧鈴ノ木 鈴ノ子) @suzunokisuzunoki

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