【短編】歯車と白い蛇

酒部朔日

第1話 歯車と白い蛇

 思えばどのアルバムも海の写真で始まっていた。なにかの実が流れ着いていたこともあった。どんな青を通って打ち上げられたんだろう。わたしは何色から産まれたんだろう。

 ヘッドホンで聴く爆音の女性のボーカルが世界はつらくないと歌う。嘘なのに。


 歯車として産まれてしまった。『人間型』の歯車だ。社会が回っているように見せかける。世の中にはそういう存在がいる。

 錆びついたら海岸に棄てられる。

 かもめが廃棄の歯車を運ぶ。


 わたしは(歯車なんていう運命の)人間って矮小な存在であるのに、美しいものを愛してしまった。白くて胴の太い蛇を。

 あなたの鱗はオパールのように輝き、わたしの首をいつ締めようかとなぞっていく。それがとっても気持ちがよくて、まだ死にたくないなあとぼんやり思う。


 ある夜、わたしの胸にヒビが入る。そういう歯車は最近多いらしい。

 でももうわたしは、定め通りに朝の満員電車に乗らなくてもいいし、休日は無理に混んでるカフェに並ぶ一人にならなくてもいい。

 社会を回さなくていい。疲れってわたしにはあったんだね、それがぼろぼろとこぼれていく。


 胸を貫いてよ白蛇。最後のお願い。

 わたしはそうされたら、ちいさな歯車になってぽとりと落ちる。血の色に錆びた歯車だ。かもめは見逃さないだろう。

 羽音が近づいてくるのがわかる。臭いくちばしに咥えられながら、山や湖を見た。

 ピースの欠け落ちたパズルみたいな光景。『自然型』の歯車も減っているんだろうか。

 ともかくあなたの開けてくれた穴に風が通るのが嬉しい。


 オリーブが打ち上げられた海岸で、わたしは廃棄された歯車のひとつになった。

 わたしには美しい思い出がある。

 他の歯車にもあるんだろう。

 わたしは眠らない。世界はほろほろと崩れていく。



おわり

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【短編】歯車と白い蛇 酒部朔日 @elektra999

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