うちの「長男」が

カシ夫

うちの「長男」が

 朝、目覚めたら妻がいなかった。


 それもそのはず、今日の彼女は早番勤務である。育休、時短勤務、日勤固定を経て、いよいよフルタイムに復帰だから頑張ってるんだ。


 時計を見るとまだ七時前。俺の仕事までには、めちゃ余裕だ。

 そうだな、とりあえず八時半まではまだ寝ておこう。その間に娘も出かけていくだろうから、そこから俺は自分のルーティンで一日を始めればいい。


 スヤァ……

 



「パパー?

 そろそろ起きてね。

 リビングのファンヒーター、ついてるよー。

 朝ご飯もできてるからねー」

「はいよー。

 気を付けて行っておいで」

「はあーい。

 行ってきまーす!」


 さて、起きますか。

 寒い朝でも暖かくて快適になってる部屋、最高。

 まずはキッチンでコーヒーを飲んで、それから朝飯だ。


 今日の朝飯も美味い。さすがは俺の妻。

 食べ終わったけど歯磨きの前にログインボーナスをもらわねば。

 ちょっとだけクエストもクリアしとくか。


 よしよし、今日も調子いい。

 さてさて、そろそろ着替えて仕事の準備を……


 



 

 んなわけ無かった!

 やらかした!

 娘の弁当作るんだった!

 いや、俺と娘の朝飯もだ!

 起きろ、俺!

 起きろ、俺の頭!


 とりあえず落ち着け、俺。


 幸い、ごはんは炊けている。味噌汁もできている。電気ポットも。妻がやっておいてくれたのだろう。彼女はありあわせのもので朝食を済ませていったようだ。

 娘を起こしたら、着替えている間に目玉焼きでも作ってしまおう。その横で冷凍ブロッコリーを茹でて、冷凍食品を温めれば弁当箱もすぐ埋まる。うん、すぐできる。



 んなわけ無かった!

 なんだよ、これ!

 引き出しの靴下ぶちまけてんじゃんか!


「ちーちゃん、さくらんぼの靴下がいいのー」


 さくらんぼの靴下?

 これか?


「そーれーりーんーごー!

 こーっちー!

 さーくーらーんーぼー!」


 こ、これは?

 ハイソックス?

 制服のスカートの中にハイソックス履くのか?


「パパー、シャツこれじゃないよー」


 は?

 幼稚園の制服、これだろ?


「今日はさくらんぼのだから、こーれーだーよおー」


 ん? お教室とは?

 体操服で登園するのか?

 てことは、スカート履かないよな?


「だーかーらーさーくーらーんぼーのくーつーしーたー!」


 ああ、くそ。

 着るもの選びと着替えの相手で飯が作れない。弁当も。


「ちーちゃん?

 パパ、ご飯作ってるからさ、好きな靴下履いていいよ」

「わかったー」


 もう幼稚園児だ。着替えもひとりでできるし、トイレだってひとりでできる。女の子だから服の好みもあるんだろう。ここは本人の好きなようにさせておこう。

 その間に俺は朝飯と弁当の用意だ。急げ!



「パーパー!

 こーれー、でーきーなーいーのー!」


 なんだよ、なんだよ。ハイソックス、自分で履けないのかよ……



 とかなんとかバタバタやってるうちに、どうにかこうにか弁当できた。水筒に麦茶も入れた。朝飯も食わした。歯磨きもさせたし、仕上げもした。


 ふうー、何とかなった。


 いや、待て待て待て、髪がボサボサのままはダメだろう。


「ちーちゃん、髪の毛をとかそうね」

「はあーい」



 よしっ。登園時間までに何とかできた。良かった。



 んなわけ無かった!

 なぜ今日に限ってフロントガラスが凍ってるんだー!

 ちょっとワイパーで――くっそ、ガリガリじゃねえか!

 デフロスターで溶けるの待ってたら遅くなる。水だ、水。お湯はダメ、知ってるんだぜー。



 

 ダメだ……

 水掛けるそばから凍る。何でだ?

 今朝はそんなに寒いのか?


「パパー、さむいー」

「あっ、ちーちゃんは車に乗ってね」


 ぬるま湯を掛けてみよう。面倒だけど洗面台の蛇口からバケツに溜めよう。

 昨日までは妻が送迎してたから、車が凍ってるなんて知らなかったな。暖気運転してる様子もなかったしな。


「ちーちゃん、いつも窓凍ってる?」

「しらなーい」

「そっかあ。

 じゃあさ、ママいつも窓拭いてた?」

「うん。いっつもあれやってる」


 娘が指差したのは柄の長い水切りワイパー。なるほど、やっぱり朝フロントガラスの氷を溶かして、あれで水切りしてるんだな。


 ぬるま湯とデフロスターでフロントガラスは何とかなった。よしよし。時間がないからワイパー動かして済ませよう。




「おはようございまーす」


 幼稚園に無事到着。

 ふむ、確かに体操服姿の子もいる。合ってたんだな、この格好で。


千冬ちふゆちゃん、おはよう!」

「せんせー、おはよー」

「おはようございます。

 よろしくお願いします」

「おはようございます。

 千冬ちゃんパパ、今日は十一時半でなので、お迎え時間気を付けてくださいね」


 なぬ?

『お帰り』とは?


「今日は水曜日なので、午前保育ですよ?

 夕方までのもありません」


 知らなかった。 

 ……えっ?

 じゃあ、弁当は?


「あ、先生、お弁当は――」

「今日はナシですね」


 やっちまった。

 知らなかった。

 朝の苦労は何だったんだ。


 いやまて。

 てことは、昼飯を家で食わせるのか!

 勘弁してくれよー、俺だって家に居るって言ってもリモートワークだぜー。


 家に戻りパソコンから社内システムにログイン(出勤)したところで、妻からメッセージが送られてきた。


『無事に登園できた?

 水曜日のお昼は、帰りにハッピーセット買うといいよ。

 先週は買わなかったから喜ぶと思うよ。

 パパも買って済ませられれば楽でしょ?』


 そうなんだ。弁当作っちゃったよ。

 俺、水曜日は出社することが多かったから知らなかったよ。いや、そう言えば彼女が平日休みのときに娘もいる日があったっけ。水曜日だったか、気にしてなかったな。



 仕事始めようかと思ったけど、シンクの食器も洗わなきゃだな。

 彼女は出勤前に全部終わらせて、時間通りに幼稚園に送って、遅刻せずに出勤してたんだな。あの着替えも、朝飯も、弁当も、フロントガラスも全部終わらせて。寝てる俺の朝飯まで。


 だけじゃない!

 洗濯も干してってるし、きっと他にもやってるはずだ。


 妻よ、いつもありがとう。

 明日からは同じ時間に起きて、俺でもできることをやります。娘の着替えは難しいからそれ以外で。

 メッセージ送っておこう。


『いつも寝ててごめん

 明日からは俺も色々やるよ

 洗濯とか車の暖気とか、他にもあれば教えて』

『わあ、ありがとう(棒)

 やっとうちの長男が大人になるんだねー。

 本当にやってくれるんだったらうれしいよ!!!!!』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

うちの「長男」が カシ夫 @NEXTZONE

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画

同じコレクションの次の小説