雨とケンケン。あるいは、子ども最後の日。

なつの真波

雨とケンケン。あるいは、子ども最後の日。

 ぴちゃ、ぱちゃ、ぴちゃん。


 片足で跳ねる足下から賑やかな水音と飛沫が飛ぶ。同時に靴の中からは、空気と水が混じったなんとも言えない音がした。

「子どもかよ」

 ケンケンするわたしの後ろから、呆れたような揶揄うような声が掛けられる。

 わたしはずぶ濡れのまま振り返った。

「どうなんだろう。十五歳って子ども?」

「少なくともケンケンで遊ぶ年齢でもなくない?」

「それなー」

 笑いながらそれでもわたしはケンケンを続ける。

 帰り道に突然やってきた夕立は、雨宿りの暇もくれなくて、結局わたしたちは制服のままプールに飛び込んだみたいな有様になっている。

 さっきまでは滝みたいだった雨はいつの間にかさらさらの白い線に変わりはじめていて、灰色の雲から垂れる蜘蛛の糸みたいだ。

 こんなに全身濡れることっていつぶりだろう?

 制服がおうちで洗濯出来るタイプで良かったなと思うし、ついでに言えば明日が土曜日で良かったなとも思う。

 だからわたしは濡れることを楽しんでいた。身体中に蜘蛛の糸を巻き付けて、足下の水たまりで跳ねる。

「うわ、こっち飛ばすなって」

「あはは、ごめん」

 笑いながらようやく足を止めた。ふうと細く長く息を吐いて、頬を流れていく雨粒をそっと拭う。まあ拭ったって濡れてるんだけど。

「風邪引く前に帰ろ」

 気安く、わたしの後ろ頭をぽんっと叩いて、レントはそのまま先へと進んでいく。

 そういうとこだぞ、と思う。いくら幼なじみって言ったって、それが許される年齢ではないんだぞ、って。ケンケンより重罪だぞって。

 むっ、と唇を結んでその背を睨んだせいか、レントが怪訝な顔をして振り返ってきた。

 雨に濡れてて、最近ちょっとセットしたりしている髪もぺちゃんこになっているけれど、わたしにとってはこいつは昔からこの髪型だったから、こっちのほうが慣れている。

 そのまなざしを正面から受け止めて、わたしはずっと訊けなかった言葉を投げていた。

「みくり振ったって、マジな話?」

 きゅ、とレントの眉間に皺が寄った。いつもどおり、分かりやすい。

「……あのさあ」

「みくりから聞いた」

「おまえらさあ」

 そこ筒抜けなのなんとかならん? と嫌そうに言われるけど、仕方ないじゃん。わたしとみくりとあんたで、幼なじみなんだし。

「じゃあわざわざ確認すんな。マジだよ」

 げんなりと吐き出して、帰るぞ、と促してくる。

 わたしは立ち止まったまま、絡まった蜘蛛の糸を全身に感じていた。前に進めない。この雨の糸が足に絡んでいるから。そんな気分。

「なんで振ったの?」

「続ける? これ」

「なんで?」

「……分かってて言わせようとしてる?」

 じとりと半目になったレントに、わたしはこくんと頷いた。

「うん」

「おまえさあ」

「みくりは知ってる」

「いやほんと、おまえらの友情意味分からん」

「それなー」

 もう一度頷く。だってわたしたちだってよく分かってない。

 でもまあ、同じバカを好きになった同士で、同担拒否もしなかった、ってだけの話かなぁとも思う。

「……もうちょい、待って。みくりの件、まだ俺消化出来てないの」

 レントはゆっくりわたしの元へ戻ってきて、糸を切るようにまた頭を叩いた。

 そういうとこだぞ、って、思う。

 そういうとこだぞ、って思いながら、目を逸らしていた。

 ふと足下を見ると、水たまりに映る灰色の空から、七色の光が伸びていた。あわてて顔を上げる。

「レント、虹出てる」

「おー。マジだ」

 くちゃくちゃのポケットからスマホを取り出して、空に向ける。

「スマホ生きてる?」

「生活防水」

「生活ってレベルだったかなあ、さっきの雨」

「知らん。生きてはいる。ほら」

 スマホで切り取った虹は、息が詰まるほど綺麗な夕空の中にあった。どこかに橋を架けるような明るい光。

「みくりに送る?」

「送った」

「うん」

 雨はいつの間にか上がっていて、湿気と熱とを存分に吹くんだ夕風を、わたしは思いっきり吸い込む。



 この一瞬の夏を、この一瞬の虹と水たまりを。

 わたしはたぶん、一生忘れないんだ。



――Fin.

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雨とケンケン。あるいは、子ども最後の日。 なつの真波 @manami_n

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