哲学と文学の違い

むっしゅたそ

『語り得ぬものについては沈黙しなければならない』

 ウィトゲンシュタインが『論理哲学論考』の中で述べたことは、「偽問題を作るな」ということに尽きると思います。

 ちなみにインドでは龍樹(ナーガールジュナ)が『中論』の中で、「行くものは行かず」という(サンスクリット語という、哲学のためにバラモンが作り出した人工言語で)偽問題を作ることで、言語の虚構性を帰謬法で論証しました。


 どちらも哲学に於ける、「終点」と捉える人が多いことも頷けます(龍樹は1人の僧侶ですが、仏教開祖の釈迦よりも、龍樹のほうが好きだという哲学者は多いようです)。


 裏を返せば、数学の公式のように、厳密にした「言語」は、「語りえるもの」の領域なので、「論理空間」で処理することができます。

 つまり、「1+1=2」などは、論理空間で処理できますから、数学は実世界で応用できて、算数で買い物もできるし、大規模な例ではロケットも飛ぶわけです。


 では、「文学」って、「論理空間」にあるものなの? それとも「偽問題」なの?


 答えは当然、「両方を含む」でしょう。


 ちゃんぽんにしても、なぜ文学って成り立つの?(まあ現実世界もそうなんですけどね、哲学者じゃないのだからもっと顕著なはずです)。


 それは、フィクションだからですか? どうも違う。「私小説」もあるわけですし。


 つまり、肝はそこじゃないんでしょう。


 ここで、『実存と構造』で三田誠広が展開した、実存と構造はコインの表と裏、という話が参考になります。


「実存」と対になる言葉は「本質」じゃないの? 詳しい人はそう思うでしょうが、確かに文学は、「人間じゃない」ので「文学の実存」という言葉はちょっと矛盾しているようにも聞こえるかもしれません。でも文学って(これはラノベやエンターテイメントにも言えますが)実体験に基づいた文章も大いに含んでいるから、少し「実存的」なものになります。それを更に「実存性に極振り」したら私小説とかになるんじゃないでしょうか。—―あとは私小説ではないが、サルトルの『嘔吐』とか、カミュの『異邦人』も実存性がテーマですね。


 現実世界を『実存と構造』ということで捉えるなら、例え話は簡単です。


 自分が癌になって、もう助からない、苦しい、怖い、絶望している状態を想像してみてください。

 そして医者に泣きついたとします。


『構造的に分かろう』とする医者は、

 なるほど、あなたは癌なんですね、それから転移もしてますね、薬物療養も効きませんね、つまりは確実に死に至りますね。激痛があるから、モルヒネ使うのがお勧めですね。—―という助言を与える感じです(≒客観情報、論理空間、語りえること)。


『実存的に分かろう』とした医者は、

 ただ泣きながら、寄り添ってくれる感じ。専門的に言うなら加持(=直訳で、ともに震える)して、共感して、悲しみも恐怖も絶望感も共感してくれる感じです(≒主観情報、非論理空間、語り得ぬこと)。


 こういう話になります。


「分かり方」、「文章の読み方」には大きくこの2種類があると思います。


 村上春樹のヒット作『ノルウェイの森』も、「構造的に」で読んだら(ネタバレ注意)—―親友が自殺して、恋人が精神病院のデイケアのようなところに行って療養していたが結局自殺してしまった。でも新しい恋人ができた。……というなんとも無味乾燥なものになってしまいます。

 でもその作品が好きな人は、そこの「構造的情報」を抜き出して感動したのではないと思います。「実存的」な部分に感動したはず。


 要するに、小説というものは、「Aさんが歩いた」という文章は「Aさんが歩いた」という客観的な事実を示すものではないということです。

「Aさんが歩いた」という裏に、それを追体験や共感をすることで、得ることのできる情報が大量に隠れているはずです。


 つまり、(後期ウィトゲンシュタインが目指したともいわれる)、〝語り得ぬものを語る〟領域になりそうです。


 先ほどの癌の例で例えるなら、癌になったあなたが、自分の状況を嘘偽りなく記載する。そうすることで、「追体験装置」としての文学が「語り得ぬもの(≒論理空間にないもの)」を語り始めるのだと思います。


 ――さあ皆さんも、〝語り得ぬものを語り〟ましょう!(既にされていると思いますが)。

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