骨抜きの彼女
空西結翔
「絶対戻ってくるね」
「わたし、骨がないの」
と、彼女は言った。
数少ない本数の電車を待っていた時のことである。俺と彼女の他には誰もいない。時計のカチッカチッという音だけが、ただひたすらに脳内に響く。
「骨がないってどういう意味だよ?」
言葉通りの意味なのは分かるが、それでも理解が追い付いて来なくて、聞き返す他なかった。
「手術したんだ。しばらく私がいなかった時期あったでしょ? その時に入院してたの」
「入院って⋯何でそんな大事なこと教えてくれなかったんだ」
「だって心配させちゃうじゃん? それに私のみっともない姿をあなたに見せたくはなかった」
衝撃の発言に言葉が詰まる。
入院だなんて、そんな⋯。
「じゃあ骨の代わりに何がお前の身体に入って⋯」
「ふふっ。何だと思う?」
彼女は笑って聞く。その微笑みの中に、どこか寂しさを感じた。砂地獄に落ちたアリが這い上がろうと必死にもがく様を何の感情もなく観察するかのように、彼女の儚い命が終わる先をただ呆然と見つめることしかできないでいた。
「はぁ⋯よしてくれよ。そんなこと、俺に分かるわけもない」
分からないんじゃない。答えたくない、そんな事実を受け入れたくないだけなんだと思う。
「答えはね、機械が入ってるの。最新技術を搭載してるらしくて、私はその実験台になったの」
彼女は俺の気持ちなんか知らずに、そう淡々と話す。
「実験台だなんて人聞きの悪い」
「だって本当にそうなんだもん」
「何でそんなことをしたんだ?」
「どうせ消える命だったから⋯。でもそれをこの機械でまだ生き続けられる可能性が少しでもあるならって、私はそれに賭けてみたんだ。
それに私のおかげで技術の進歩が起こるってのなら、それは名誉だと思わない? やばっ。ついに私の名前が教科書に載っちゃうかな!?」
彼女はベンチから立ち上がってはしゃいで言う。無理をして元気らしさを演じていることは明白だった。
「そんなこと言って⋯」
「はは⋯。全部お見通しか。私はさ、結局自分のことしか考えてないよ。誰かのためになるとかそんなことどうでもいいんだ。私はあなたと大切な時間を少しでも長く過ごせればそれでよかったの⋯」
「自分のことしか考えなくて何が悪いんだよ⋯。それに死ぬかもしれないんだぞ!? 最期の時くらい、我儘言ったっていいじゃないか⋯。我儘くらい⋯言ったって⋯」
出そうで出ない涙をもどかしく感じる。もう頭もろくに回らず、彼女になんて声をかければいいのかなんて分からなくなってしまった。
沈黙をかき消すかのように、電車が参ります、というアナウンスが流れる。
「じゃあさ、最期に私の我儘聞いてくれる?」
彼女の後ろを、ものすごい勢いで電車が走る。その勢いの風に、髪の毛が儚げに、そして美しくなびいた。
「⋯ああ。何でも聞いてやるよ」
彼女となら何でもできる気がした。どこへでも行ける気がした。どんな困難なことでも乗り越えられる気がした。このクソッタレな世界をひっくり返すことだってできるかもしれない、と思った。
「ふふっ」
彼女は俺の元に駆け寄って、顔を近付ける。口紅で紅く輝く彼女の唇はとても柔らかかった。
「さよなら」
「ああ。また会う日まで」
彼女は電車に乗り込むとドアが閉まる。俺と彼女の間にはもう二度と開くことのない一枚の壁ができてしまった。
彼女の乗り込んだ電車には、白衣を着た人や銃などを持って武装した人がたくさんいたことに、俺は気付いてしまった。
いつだって彼女は大切なことを最後まで言わない。全部自分で背負って、周りに助けなんて求めなかった。
結局俺は、最後の最後まで何も知らなかったのだ──。
もうきっと、彼女と会うことはないのだろう。あれが本当の意味で最期だったんだ。
骨を失って機械でサイボーグ化した彼女は、果たして人間だと言えるだろうか。
人であるのに人でないような、生きているのに生きていないような、彼女は一体何に変わり果ててしまったのだろう。
──否。
これから何に変わり果ててしまうのだろう。
だから俺は言うんだ。精一杯手を振って。顔がグチャグチャになるくらいに泣きながら。願いを込めて。約束をして。
「絶対また会えるよな!」
と。
骨抜きの彼女 空西結翔 @soranisiyuito
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