残ったものは骨?

@akihazuki71

第1話

 雪が降り積もった夜、帰り道で怖い思いをしたコテツはどうにか家にたどり着き、飼い主である老夫婦に甘えて三日目の朝を迎えた。その日の昼前には隣りの家の柴犬サクラに会い、しばらく話してさらに元気を取り戻すと、久し振りにご近所のパトロールに出かけた。

 晴天が三日続いて積もっていた雪はほぼ溶けていたが、塀と塀の隙間や建物の影になっている北側などには、まだわずかに雪が残っていた。

 縄張りを一回りして家の前の道路を歩いていると、どこからか声がしてきた。

「猫さん、猫さん。そこを歩いている猫さん。」

コテツには聞き覚えがある声だった。辺りをキョロキョロと見回してみたが、どこにもそんな相手はいないようだった。

「そっちではありません。下です、下を見てください。」

コテツはその言葉に従って足下に視線を向けた。自分の足の先から目を凝らして見ていくと、少し先に何か光るものがあった。

 コテツはその光るものに小走りで近づいた。それは水色の小さな石のようなものに、キラキラと光る細くて長い鎖が付いていた。

「気付いてくれてよかった。」

その声はたしかにその水色の石から聞こえてきた。

「ワタシのことを覚えていますか?と言っても、あの時はこんな姿ではありませんでしたが。」

「その声は、この家の前にいた雪だるまの兄ちゃんだろ?」

コテツは三日前この家を通りかかった時のことを思い出していた。しばらく遠出をして家を留守にしていたコテツは、ちょうど帰ってきたところをニット帽をかぶった雪だるまに話し掛けられたのだ。

「そうです。」

「あの時は世話になった、ありがとよ。」

コテツはその時、雪だるまからちょっとした忠告を受けた。しかし、コテツにとってその内容がどうにも理解出来なかったため、とりあえず返事をして、礼を言うとその場を立ち去ってしまった。そのせいで、少し怖い思いをすることになったのだが、コテツはそのことをあまり思い出したくなかった。

「いえ、ご無事で何よりでした。」

「ああ、うん・・・」

コテツは言葉を濁したが、雪だるまはすぐに話題を変えた。

「実は猫さん、・・・あ、そういえばまだ名前を伺ってませんでしたね。」

「そうだったか?オイラはコテツだ。」

「コテツくんとおっしゃるんですね。」

コテツはコクリと頷いた。

「実はコテツくんにお頼みしたいことがありまして。」

「たのみ、オイラに?」

「そうです。」

「それよりさ、なんでそんなに小さくなったんだ?」

「ええ、そのことも含めて話しますので、聞いてください。」

 雪だるまを作ったこの家に住む女の子は、雪だるまを作る時にちょっとした”おまじない”をした。自分が大切にしているものを雪玉の中に入れて、「雪だるまが壊れないように」と願いをかけたのだった。そのせいなのか、雪だるまがだんだんと小さくなってついに全て溶けてしまっても、なぜか自分がこの石の中にいたそうだ。

 ところが、雪が溶けると共に石は道路の方へと流されてしまい、とうとう女の子は見つけることが出来なかった。すっかり落ち込んでしまった女の子に何とか返してあげられないかと思っていたら、そこへコテツが通り掛かったのだった。

「へぇー、この石に、雪だるまの兄ちゃんが・・・」

話を聞いたコテツは感心したように足下の石をまじまじと見た。

「兄ちゃん、すごいな!」

「そうですか・・・」

目をキラキラと輝かせて石を見つめるコテツに、雪だるまは戸惑った。

「まあ、何というか・・・ワタシにとっては最後に残った大切なものですね・・・、最後にこんなことがなるとは、もちろんこんなに嬉しいことは・・・」

雪だるまは答えるのに困っていたが、コテツは何か考え込むように黙り、そして急に大きな声を出した。

「骨だっ!!!」

「えっ?」

「じいちゃんが前に言ってた。最後に残るのは骨じゃ!って。」

コテツが自信満々に言うので、雪だるまは笑いながら言った。

「ハハ・・・そうですね、きっとそうですよ。」

コテツも笑いだし、その場はしばらく笑いに包まれた。


「いいぜ、オイラにまかせてくれ!」

笑い声が収まるとコテツは胸を張ってそう答えた。

「そうですか、ありがとうございます。」

雪だるまもホッと一安心したような声で返した。そして、付け加えるように続けた。

「それでですね、今日、この家の家族は出かけていまして、帰りは明日になりますので、それまでこの石を預かってほしいんです。」

「じゃあ、明日ここに届けに来ればいいんだな。」

「ええ、お願いします。」

安堵したようにそう言うと、水色の石から一筋の白い煙が立ちのぼった。コテツは驚いて後ずさった。白い煙は地面から1メートルくらいのところで一塊になると、見る見るうちに雪だるまの形に変わった。ちゃんとニット帽もかぶっていて、コテツにもあの日出会った雪だるまだとわかった。

「驚かせてしまってすみませんね、コテツくん。」

「・・・・・・」

コテツは言葉もなく、ただ雪だるまを見上げるばかりだった。

「雪だるまの兄ちゃん、一体どうなっちまったんだ。」

ようやくそう言ったコテツに雪だるまはわずかに苦笑を浮かべた。

「コテツくん、ワタシはもうここにはいられないんです。」

「えっ、じゃあどこに行くんだ?」

「空の上へ。」

コテツが空を見上げると、辺りはもう夕闇が迫っていた。

「空の上って、あの雲があるところか?」

コテツは雪だるまに視線を戻すと言った。

「ええ、そうです。ワタシはまた雲に戻って行くんです。」

雪だるまの言うことにコテツは少し首をかしげた。

 雪だるまがなぜ雲になるのかわからないコテツに、長々と説明をしたがどうしても理解できなかった。それでも、雪だるまがここからいなくなることだけは納得したようだった。

「それじゃあ、コテツくん。」

雪だるまがそう言いかけた時、道路の反対側のまるい窓のある家から白い塊がフワリと浮かび上がるのが見えた。

「あっ、あっちにも兄ちゃんがいる!」

コテツが大声を上げると、白い塊がこちらへ近づいて来た。それがコテツと雪だるまにとって苦い思い出となった雪うさぎだとわかったのは、もう目の前まで近づいて来てからだった。

「あら、また会ったわね。あなたたち。」

雪うさぎは、雪だるまの隣りまで来るとそう言った。

「よくもそんなに平然と言えますね。」

雪だるまはあきれたように言い、コテツは何も言わず二、三歩後ずさった。

「何のこと?」

コテツと雪だるまは雪うさぎの話に長い時間つきあわされて、たいへんな思いをしたのだった。ところが雪うさぎの方は全く意に介していないようだった。

 雪だるまは言っても無駄かとばかりにため息をついた。

「その様子だとあなたも空の上へ還るところですか?」

「ええ、それよ。あの犬のせいでこんなひどい目にあったんだわ。」

「あの犬って、サクラ姉ちゃんのことか?」

雪だるまと雪うさぎの間に割って入るようにコテツが身を乗り出した。

「えっ、ええ、そんな名前だったかしら・・・」

「サクラ姉ちゃんはやさしいんだ!ひどいことなんかするもんか!」

コテツが声を荒げたのに一瞬驚いた雪うさぎだったが、すぐにいつものように話し出した。

 雪うさぎを作った末娘のたっての希望で、冷凍庫の中に大切に仕舞われていた。家族全員がそう納得していたはずなのに、飼い犬のサクラだけはそうではなかった。

 一時的に冷凍庫から出された時をねらって、家族に見つからないようにわざと隠したというのだ。そのせいで雪うさぎは溶けてしまった。

 そう話した後も雪うさぎは、サクラに対しての悪口をあることないこと言い続けていた。

「嘘だっ!」

コテツは思わず叫んだ。雪うさぎは口をへの字に曲げたが、またすぐに何か言おうとするのを雪だるまが遮るように言った。

「それで良かったんですよ。」

コテツも雪うさぎも驚いて雪だるまを見つめた。

「あなたはサクラさんに感謝するべきです。」

雪だるまは何か言う間を与えることなく話を続けた。

 全てのものは限られた時間の中にあり、それを変えてしまうことは良くないことである。雪が降り積もりやがて溶けて水になっても、それはまた空へと戻り再び雪となって帰ってくる。

 ここにとどまり続ければ、あなたを作ってくれた末娘とのつながりも消してしまうことになる。想いを込めて作ってくれたから、あなたもワタシもここにいるのです。だからきっと、また出会うことが出来るはずです。

 雪だるまの話の途中、雪うさぎが何度か口を開きかけたが、結局最後まで何も言わずに聞いていた。

 そして最後に明るく締めくくった。

「もう一度真っ白になって帰って来ましょうよ。ワタシよりも先に還っていった雪だるま達とも、さよならではなくまた会いましょうと言って別れましたよ。」

 雪うさぎは一瞬目を丸くしてから笑い出した。そして、いつの間にか泣いていた。


「それじゃあ、今度こそ本当にお別れです。」

雪だるまは改めて言った。

「さよならじゃなくて、また会うんでしょ!」

雪うさぎはクスリと笑った。

「そうですね、そうでした。」

コテツは雪だるまと雪うさぎを交互に見ていた。

「仲いいな、オイラとサクラ姉ちゃんみたいだ。」

雪だるまも雪うさぎもコテツの言ったことを否定したが、最後には笑っていた。

「では、また会いましょう。コテツくん。」

「またね、コテツ。」

「またな、兄ちゃん。それに雪うさぎ。」

「それから、ワタシの骨のことお願いしますね。」

「まかせといて!」

コテツは、夜空へと上っていく雪だるまと雪うさぎを見送った。


おわり

 

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