第4話

「あ、あら……? わたくし……」

「大丈夫ですか? ご令嬢」


 よろめく彼女を支えると、彼女は恥ずかしそうにお礼を述べた。


「あ、有難うございます。あ、あの……お名前を伺ってもよろしいですか?」


 無事に、記憶の除去が成功したようだ。


 ならば……始めよう。

 君と俺の出会いを、最初から……。


「シスアータ・ベリディリウムと申します。わけあって今はこの国に留学していますが、隣国の宮廷魔術師を務めています」

「クウィンクェ公爵の娘、フォーリアですわ」

「フォーリア嬢とお呼びしても?」

「は、はい! わ、わたくしも……シスアータ様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「もちろんです」


 以前の彼女とは、自己紹介をすることはなかった。

 だから、本当の本当に彼女との初めましてとなる挨拶に、心が躍る。


「隣国の宮廷魔術師!?」

「そういえば、最年少で宮廷魔術師になったやつが隣国にいるって噂があったが、あいつのことだったのか!」

「なんでそんな奴がこの国に……」


 騒めく外野を無視し、俺は彼女に手を差し伸べた。


「フォーリア嬢。突然ですが、私と一緒に隣国へ行きませんか?」

「で、でもお父様の許可を頂かないと……」

「フォーリア嬢が国外に出ることは、王太子やお父上も許可しておりますよ」


 目を丸くしていたフォーリア嬢だが、すぐにキラキラとした輝く眼差しを俺に向けてくれた。


「本当ですか!」

「ええ」


 何しろ、王太子直々に国外追放を告げられたのだから。


「ずっと、隣国に行ってみたかったのです。素敵な魔術があると聞いて、一度見てみたくて……!」

「フォーリア嬢が望むなら、いくらでも見せてあげられますよ。では出発しましょう」

「きゃっ」


 俺は彼女を抱き上げると、観衆に向かって微笑んだ。


「では。婚約破棄からの国外追放ということで、フォーリア嬢は遠慮なく頂きます。留学期間中、大変お世話になりました」

「ま、待て!」


 魔術を使う俺たちに向かって、王太子が手を伸ばすが時はすでに遅く……。


 次の瞬間には、俺たちの姿は隣国にあった。


「瞬間移動ですのね! すごいですわ……!」

「さあ、フォーリア嬢。観光したいところはありますか?」

「シスアータ様。わたくし、観光よりも重要なお願いがあるのです」

「なんでしょうか?」


 ずっと儚い表情を続けていた彼女が、どこか拗ねた様子を見せる。初めて見る彼女の表情に、俺は嬉しくなった。


「もう少し砕けた口調でお話してくださいますか?」

「え?」

「出会ったばかりでこういうのもおかしな話なのですが…………と思ってしまって……。変……ですよね?」


 恥ずかしそうに語るフォーリア嬢に向かって、俺は顔を綻ばせる。


「ちっともおかしくない。俺も、慣れないなって思ったんだ」


 そう答える俺に、彼女も笑顔を咲かせてくれた。


「そう思ったってことは、俺たちの出会いは、運命なのかもしれないな」


 俺は彼女に、本当の出会いを思い出すことを望んではいけない。


 だからこそ、散らしてしまった記憶の花の分まで、新たな記憶の花を……幸福で満たして咲かせよう。


● フォーリアside(前日譚) ●


 卒業パーティーの日まであと僅か。

 パーティーの当日に、王太子殿下は私との婚約破棄を宣告するらしい。

 図書室で途方に暮れる私に、シスアータ様が語り掛けた。


「俺には君を……苦しみから解放する術がある」

「わたくしを……解放してくださるのですか……?」

「当然だ。君はこの国で唯一の、俺の…………友人だから」

「ありがとう……ございます」


 友人。そう、ベリディリウム様はただの友人。

 なのに、胸がツキリと痛むのは何故かしら。


「今まで……辛かったな」

「……そう、ですね」


 あなたと絆を深めていくうちに、いつの間にか婚約者に対する悲しみは消えていて……。

 代わりに押し寄せるのは、いつか帰国するあなたへの恋慕。

 募る思いを堪える方が、余程辛くなってしまっていた。

 わたくしも、婚約者や義妹とそう変わらなかったのですね。


「この思いも、消さなければいけませんもの……」


 だから、手折ってください。

 新しく芽生えてしまった、叶わぬ恋心ごと……。


 けれども願わくば……。


 また、あなたに、恋い焦がれることが出来ますように。


〜了〜

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記憶の花の散る頃に ~婚約破棄を告げられた令嬢は、隣国の宮廷魔術師と新たな恋を芽吹かせる~ 江東乃かりん @koutounokarin

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