骨せんべい
和希
骨せんべい
子供のころ、不思議に思っていたことがある。
それは、弟と食べ物の好みがまるで正反対なこと。
わたしは和食派で、お肉よりもお魚が好き。
弟は洋食派で、お魚よりもお肉が好き。
わたしと弟とは同じ血が通っているはずなのに、どうしてこうも正反対なのだろう?
わたしはハンバーグがあまり得意ではなく、特にお寿司が好き。
弟はお寿司があまり得意ではなく、特にハンバーグが好き。
今にして思えば、わたしのほうがよほど子供らしくなかったのかもしれない。
ハンバーグはカレーライスと並んで子供が好きな食べ物ランキングの上位に来るだろうし、逆に、わたしはお寿司が好きと言うわりにはこれまた人気上位のサーモンが苦手だったりもしたから、きっとわたしのほうが気難しかったにちがいない。
そういう意味で、弟はとても素直で従順だった。
また、弟は病気がちでもあったため、我が家では王子様のようにかわいがられた。
特に母は、弟の病気についてひそかに責任を感じている様子で、その溺愛ぶりは大人になった今でもあまり変わらない。
弟の面倒を見なければならない時、幼いわたしは負担に感じないでもなかった。
けれども一方で、それがわたしの使命なのだとも、子供らしい純粋さで感じていた。
「あなたが優しいから、弟も安心してあなたの元に生まれてきたのね」
そういう労いの言葉を、何気ない日常のふとした瞬間にさらりと口にする母だったから、わたしもそうであらねば、と子供ながらに思ったのかもしれない。
弟もまた純粋にわたしをよく慕ってくれた。
おかげで家族の仲はよく、弟を中心に回る生活こそが我が家の幸せの形なのだった。
父は早くに亡くなってしまったため、食事は母とわたしと弟、いつも三人だった。
たまに週末に三人で出かけたりすると、お昼を回転寿司店で済ませることがある。
すると、弟はきまって納豆巻やシーチキンなど、自分が食べられるものを二枚ずつ注文するのだった。
しかし、生のお魚、つまりお刺身がまったくダメな弟ではあったけれど、なぜかネギトロだけは食べられた。
わたしにはそれも不思議で、もしかしたらどこかハンバーグに通じるものがあるのかも? と思ったりもした。
母は弟を気づかってか、サイドメニューから揚げ物を選んで頼むのが常だった。
たいていは唐揚げにするのだけれど、お店によっては、骨せんべいがあったりもする。
この骨せんべいが、意外にも弟は好きだった。
片手でつまんで口に運べ、お菓子のように味わえる手軽さが、弟にうけたのかもしれない。
骨せんべいがあるのを見つけると、弟は喜んで注文するのだった。
お皿の上に乗せられた骨せんべいが、レーンの向こうから流れてくる。
わたしはそれを受け取り、弟の目の前に置いてあげる。
すると、弟のほうでも独占しては悪いと思うのか、母やわたしにも勧めてくれた。
骨せんべいはたいてい数枚あったから、時々わたしも一枚もらってみたりした。
食べてみると、サクサクしていて、たしかにおいしい。
食べながら、ふと思う。
これ、何の魚の骨なんだろう?
ともあれ、揚げたての骨せんべいは、食べ物の好みがまるでちがうわたしたち家族をつないでくれた。
やがて大人になると、わたしは一人暮らしをはじめた。
大人になったら自立するもの、というのが母の方針だった。
また、弟の病気のことでこれ以上わたしに負担をかけたくない、とも思ったのかもしれない。
わたしにはわたしの人生を歩んでほしい。そんな願いを感じさせる母でもあった。
しかし、わたしは身体こそ健康ではあったけれど、心はそう丈夫でもなかった。
そのため、せっかく仕事についてもすぐに辞めてしまい、そうはいっても働かなければ食べてもいけないから、しばらくは非正規雇用という形でがんばるのが精いっぱいだった。
特にストレスを感じるのが人間関係で、相手によっては、たとえわたしのほうが年上であっても下に見てきたりもする。
おかげで、わたしは人が相手によって態度を変えるものとも知れたし、本当に信頼できるのはどういう人なのかすぐ見分けがつくようにもなったけれど、とにかく人と接するのが日に日に億劫になっていく。
実家に帰ろうかとも思ったけれど、母がわたしに寄せる期待の大きさも分かっていたから帰るに帰れず、部屋で一人過ごす時間がしぜんと増えていった。
心の傷は、秋枯れの日に降りゆく落ち葉のように積み重なって、いつまでも癒えることはない。
よく「社会にもまれて強くなった」みたいな話を耳にするけれど、わたしにはあまりにもハードルの高い話で。
それよりも、個人に強さを求めるな。社会がもっと人に優しければいいだけの話でしょう?
……などと、独りぼっちの部屋でけだるげに、漠然とそんなことを考えたりもした。
そうだ、人といるのが苦手なら、一人でできる仕事にしよう。
小説を書くのはどうだろう? なんとなく一人の時間が多そうだし。
ふと頭に浮かんだそんな夢のような幻想に飛びつき、寝る間を惜しんで創作活動に打ちこんでみたりもした。
けれども現実はやっぱりそう甘くもなくて、まさに骨折り損のくたびれもうけ、今にも倒れそうになる。
そうして、ついに食事を作るのも面倒になると、ふらりと外食しに出かけるのだった。
すっかり日が沈んで暗くなった夕飯時、ふと目にした回転寿司チェーン店の明るさに引き寄せられて、足を踏み入れてみる。
すぐに目に飛びこんできたのは、順番を待つ、楽しそうな家族連れ。
無邪気にはしゃぐ小さな子供たち。優しく見守るお父さんやお母さん。時にはおじいちゃん、おばあちゃんも一緒だったりして。
心がほっこりと温かくなる。
でも、すきま風がふぅっと心に吹いたりもする。
今のわたしにはとうてい得られそうにない、幸せな家族の形。
かつてのわたしたちもまた、同じようだったのかな?
一人で訪れたわたしはそう待たされず、すぐにカウンター席へと案内される。
湯呑みにお茶の粉末を入れ、蛇口? からお湯を注ぐ。
それからタッチパネルのモニターをのぞきこみ、メニューを確認する。
「あ、骨せんべい」
めずらしい。
このお店、骨せんべいあるんだ。
わたしの指が、誘われるように骨せんべいをタッチする。
骨せんべいを食べるのなんて、いったいいつ以来だろう?
やがてお皿の上に乗せられた骨せんべいが、レーンの向こうから流れてくる。
わたしはそれを受け取り、自分の目の前に置く。
こういうの、きっとお酒のおつまみにはいいんだろうな。お酒が飲めないわたしには分からない楽しみだけど。
そういう点では、わたしは年齢こそ大人にはなったけれど、まだまだ子供なのかもしれない。
食べてみると、サクサクしていて、たしかにおいしい。
食べながら、ふと思う。
わたし一人では持て余しそう。いつも誰かと分けあって食べていたから。
揚げたての骨せんべいは、わたし一人にはぜいたくで、ちょっぴり塩気がきいていた。
【 完 】
骨せんべい 和希 @Sikuramen_P
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