【短編】カバンからのガイコツ それとホッケ、豚骨ラーメン

ほづみエイサク

本編

 カバンを開けるとガイコツが出てきた。


 最初は何が起きているのかわからず、頭の中が真っ白になった。

 ガイコツとにらめっこをした時間は、10秒ほどだろうか。


 「ひええぇぇぇぇ」と情けない声を上げて、カバンを放り投げた。


 カバンに入っていたのは、ガイコツだけではなかったのだろう。

 白い物体が次々と畳の上へ巻き散らかされていく。


 量は数えきれないほどで、大小さまざま。おそらくは人間1人分の骨すべてが詰まっていたのだろう。



「な、なんでだ!? このカバンは俺のカバンのはずだぞ!?」



 カバンを何度確認しても、最近買ったばかりのカバンに見える。

 それなのに中身が全くの別物に変わっているのだ。異常事態以外のなにものでもない。


 緊急時代に直面した俺の脳は、すさまじい速度で今日の出来事を追想していく。


 今日は日曜日。

 開店と同時にパチンコに行き、最近話題の台を回したのだけど大負けした。

 早々に切り上げた俺は気分転換に遠出しようと駅に向かったのだけど、カードのチャージ額は少なく、しかも手持ちはお世辞にも潤沢は言えなかった。


 このまま何もせずに帰るのは悔しいからトイレに入り、用を足した。

 そう! 俺は用を足すため駅に来たのだ。決して金がなくて電車に乗るのが惜しくなったわけではない!


 そう自分に言い聞かせていると、隣に男が立った。

 トイレはガラガラでいくらでも用を足せる場所はあったのに、わざわざ俺の隣に来たのだ。


 そして、視界の端に映った男のカバン――それは俺のものと同じデザインだった気がする。



「そうか、あの時か――っ!」



 同じカバンを使っているがゆえに、入れ替わってしまったのだ。


 俺は早速、ボロアパートを出て犯人捜しに向かうことにした。

 念のため骨の入ったカバンも肩にかける。


 玄関を出ると街は夕日に染まりはじめていて、冬の風に身が縮んだ。



「くそっ!」

 


 まず向かったのは、カバンの入れ替わりが発生した場所。駅のトイレだ。

 無論、そこに俺のカバンが残っていることもなく、念のため駅員に落とし物として届けられていないか確認したが、そんな奇跡も起きていなかった。


 もうヒントはどこにもない。

 駅のトイレを使っていたことを考えると、地元民ではない可能性もある。


 トイレ男、あいつは一体全体、どこの馬の骨だろうか。

 30代半ばで、身長は170センチぐらいたった気がする。

 顔立ちはかなり骨ばっているのに、エネルギーに満ちた表情をしていた。



 トイレ男! お前の顔、骨に刻んだぞ!



 あのカバンには形見の腕時計が入っている。

 こうなったら闇雲にでも探すしかないだろう。

 そうして2時間近く必死に探索を続けたのだが、一向に見つかる気配はなかった。


 日は完全に沈み、気温は容赦なく下がっていく。


 やはり冬の寒さは骨身にこたえる。

 俺もすで60代半ばである。

 老骨に鞭をうって歩いているのに、このままでは骨折り損のくたびれ儲けになってしまう。


 それに、腹も減った。

 一旦居酒屋かどこかで骨身を休めたいところである。

 それぐらいの金は残っている。



「お、あそこは」



 目に入ったのは、なじみ深い居酒屋の看板だった。

 若いときはよく利用していたのだが、最近は外で酒を飲むのが面倒になって足が遠のいていた。

 ここで骨を休めるのも一興だ。


 早速暖簾のれんをくぐる。



「いらっしゃせー」



 出迎えた店員は知らない青年だった。

 前回来たのはもう十年近く前だ。

 それどころか、店主まで世帯交代してるようだった。

 仕方のないことかもしれないが、少し寂しさを覚えてしまう。


 この店は魚介系が美味で有名だ。

 特に刺身は安い割に新鮮なことで評判だ。


 だがしかし、ここで最もうまいのは刺身ではない。



「日本酒と、ホッケの一夜干しをひとつ」

「かしこまりました」



 待ったいる間、不安に苛まれた。

 店主が変わったことであのホッケの味が変わっていないだろうか。

 もう2度とあのホッケが食べられなくなっているのではないだろうか。


 しかし、皿が運ばれてきた瞬間に杞憂だったと気付いた。


 あの頃と、何も変わらないホッケだ。


 ホッケからは湯気が立っており、箸で身をほぐすと濃厚な香りが食欲をそそる。

 このホッケは不思議なもので、箸では簡単にほぐせるのに口の中で噛むと程よい弾力があり、噛めば噛むほど旨味が沁みだしてくる。

 

 すぐにキレのある日本酒をグイッと入れると、極上だ。

 骨の髄まで染み渡っていく。


 これだ。

 そう、これだ。


 若いときに好きだったホッケと全く同じ味だ。

 あの時は物足りなさも若干感じていたが、油物を受け付けない老体にはちょうどいい。


 夢中になった俺はあっさりと平らげてしまった。

 せっかくだからもうひとつ行きたいところだが、今はトイレ男を探している途中だ。

 アルコールで十分体が温まったことだし、店を出ることにしよう。



「ありゃりゃしたー」



 そうして店から出た途端、違和感に気付いた。

 喉がチクチク痛む。

 

 どうやら骨がささってしまったようだ。

 近くの公園で水を飲んでも、骨は堂々と刺さったままだ。

 それどころか、また体が冷えてきてしまった。



「不快だぁ」



 息を吸い込むたびにチクチクと痛み、苛立ちが溜まっていく。

 今すぐ喉に指を突っ込んで小骨を取りたい。しかしそれは現実的に不可能だろうし、何かで流し込むしかないだろう。

 水よりも粘度が高いもの。

 できれば体を温められたら望ましい。



「お」



 周囲を見渡して見つけたのは、濃厚豚骨ラーメンの看板。

 これを食べれば確実に喉の骨を流せるだろう。


 それにしても、こんなところにラーメン屋があっただろうか?

 最近できたのかもしれないが、噂も聞いたことがない。


 まあ、細かいことはいいだろう。

 俺は早速入店した。



「いらっしゃいませー。好きなお席にどうぞー」



 席に座り注文を済ませ、少しの待ち時間。


 今日は骨に縁がある。

 カバンの取り違いでガイコツとにらめっこをし、ホッケの骨が喉につまり、豚骨ラーメンを食べる。

 カバンを取り違えたヤツは未だ見つからないが、まだ諦めるつもりはない。

 あれには大事な形見が入っているのだ。

 自分で自分のことを骨のあるやつだと褒めてやりたい。


 そんなことを考えているうちに、どんぶりが目の前に置かれた。



「おおー」



 思わず声が出てしまうほどのインパクトだ。

 スープには透明感が全くなく、麺は細いストレート麺。

 具材もきくらげ、紅ショウガ、ゆで卵だけでチャーシューすらついていない。



「――っ!?」



 箸で持ち上げてみると、これでもかって位ドロドロの濃厚スープの中には髪の毛が入っており、さすがの俺も厨房へと入っていってしまった。



「おいっ!!!! 髪の毛が――」



 店主らしき人が驚きの表情を向けていて、思わず言葉を止めてしまった。



「あ! さっきの人!」

「ん?」



 一瞬首を傾げたが、すぐに気づく。



「ああ――――!」



 こいつだ!

 探していたトイレ男がこんなところにいたのだ。



「おい! 俺のバッグを返せ!」

「その前に、私のバッグはどこですか!?」

「持って来てある」



 店長は早速、俺が座っていた場所からカバンを持ってきて、大事そうに抱えた。



「あー。よかった。これが無くて困っていたんです」

「俺のバッグは?」

「あ、すみません。お返しします」



 中身を確認すると、何も盗まれていないようだ。

 形見の腕時計も入っている。



「あの、つかぬ事をお聞きしますが、ご家族はいらっしゃるんですか?」

「なんでそんことを訊くんだ?」

「いえ、その、お客様の家族まで驚かせてしまったかと思いまして」



 なるほど。

 ここは少し話を盛っておこう。

 独り暮らししている寂しい老人だと思われるのも癪だしな。



「俺は大家族の主だ。俺と妻に、娘が7人」

「それはそれは……本当に申し訳ございません」

「謝罪をしたいというならサービスしてもらおうか」

「では、割引券を家族分」

「悪くない」



 店主はひどく残念な顔をした。

 できれば、そこまでサポートしたくなかったのだろうか?


 小声で「深みのありそうな骨をしているのに」と聞こえた気がしたが、何のことを言っているのだろうか。


 さて、厨房に入ってきた理由に戻ろう。



「それと、ラーメンに髪の毛が入っていたぞ!」



 俺が証拠に髪の毛を見せつけると、店長は困り顔を浮かべた。



「ああー。材料の毛の処理が甘かったようです。大変申し訳ございません」

「店員の毛ではないのか?」

「ここの店員、黒髪しかいませんから。その髪の毛は金髪でしょう?」

「なるほど」



 何かが引っかかるが、疲れと酔いのせいか頭が回らない。



「お詫びとお礼を兼ねて、チャーシュー丼もおつけいたします」

「本当か!?」



 俺はその言葉によって骨抜きにされた。

 無料で食える飯ほどうまいものはない。


 カウンターに戻ると、再び濃厚豚骨ラーメンが運ばれてきた。

 無論、髪の毛が入っている様子はない。


 ストレート麺なのに麺にスープがよく絡んでいる。

 ゆっくりと持ち上げて口の中に入れた瞬間、脳が揺れた。

 あまりにも濃厚なうまみだ。ポタージュのようにドロドロとしながら、豚のうまみが凝縮されている。だが、ネギやニンニクなどの香味野菜の香りも合わさり、後を引くうまさだ。

 

 レンゲでスープだけを飲んでみると、骨身に染みていく。

 啜るたびにほどよい臭みが癖になっていき、あっという間に完飲してしまった。

 喉につっかえていた小骨はいつの間にか取れていて、さらに上機嫌だ。


 それにしては驚きだよな。こんなおいしいスープがあんな骨から作られていたなんて。

 豚『骨』スープというのだから、骨のひとつやふたつ、入っていてもおかしかないか!


 お詫びのチャーシュー丼も食べてみると、これまたうまい。

 少し不思議な味がする肉だが、味付けがいいのだろう。



「ご馳走様でした」

「いえ、本日は申し訳ございませんでした」

「いいや、これだけおいしいラーメンを出してもらえたんだ。」

「ありがとうございます」



 店長の声を背中越しに聞きながら、外に出る。


 今日はいい日だ。

 カバンも取り返せたし、夜空も澄んでいる。

 豚骨ラーメンのおかげか、力も漲ってきた。


 さて、明日からも粉骨砕身働くとするか!


 軽い足どりで家に帰ろうと数歩進むと、頭の中にあの豚骨スープが浮ぶ。


 本当にあの豚骨ラーメンはおいしかったなぁ。

 なんてものを食べさせてくれたんだ。あれと比べれば、今まで食べてきた豚骨ラーメンはカスだ。

 もうあの豚骨ラーメンのことしか考えられない。

 完全に骨抜きにされてしまった。


 あのドロドロな濃厚スープ。

 ストレートでコシがあるのに、しっかりと小麦粉の香りのする麺。


 スープに使っていた材料・・なんてどうでもいい。

 骨の髄までしゃぶりつくしたくなるような、極上の豚骨ラーメンだった。


 ダメだ! ずっとあのラーメンのことを思い浮かべてしまう。

 

 また明日行くしかないかぁ。

 なんだかフラつく足を気にしながら、家へと帰るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】カバンからのガイコツ それとホッケ、豚骨ラーメン ほづみエイサク @urusod

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ