超巨人の骨 -TITAN CODE-人類進化の深層と最後の真実

ソコニ

第1話 巨骸 -KYOGAI-



プロローグ:発掘零号


音を立てずに地層が崩れる。


モンゴル・ゴビ砂漠の発掘現場で、アキラ・タナカは目の前で起きている異常な現象を凝視していた。更新世の地層が、物理法則に反するかのように"不自然に"崩壊していく。


最新鋭の発掘ロボットAX-270が放つ青いレーザースキャンが、崩壊していく地層を必死に分析しようとしている。2150年の科学をもってしても、この現象を説明することはできなかった。


「これは…掘られたんです」

助手の山本が疑問的な表情を浮かべる。防護スーツの若い顔が、ヘルメットのバイザー越しに不安げに揺れる。


「内側から?」

「ええ。誰かが、あるいは何かが、ここを内側から…」


言葉が途切れた瞬間、彼らの足元で地面が大きく陥没した。落ち込む土砂の流れに、アキラは反射的に安全装置を展開。零重力フィールドが作動し、二人の体が宙に浮く。


「バイタル、安定!」

通信機から発掘チームの声が響く。

「でも、この反応…まるで生命体のような…」


アキラは目を凝らした。崩壊していく地層の向こうに、何かが見える。白く巨大な、人の骨に似た何かが。



第一章:異常発掘


「生体反応…ですと?」


アジア統合軍シリウス研究施設、緊急会議室。円形の部屋の中央に浮かぶホログラムスクリーンには、地中百メートルの探査データが立体的に映し出されている。参加者たちの表情が、青白い光に照らされて浮かび上がる。


「間違いありません」

カガミ・レイ少佐が、スマートグラスを軽く調整しながら報告を続ける。彼女の真摯な瞳が、会議室を見渡す。


「モンゴル、ブラジル、サハラ。世界11カ所で同様の反応が検出されました。全ての地点で、明確な人型のシグネチャーが確認されています」


「規模は?」

軍上層部を代表して、グレイ将軍が問う。白髪混じりの髪が、スクリーンの光に照らされて淡く輝く。


「推定100メートル以上。しかし、これが最大の問題ではありません」


レイはデータを切り替える。新たな立体映像が、部屋の中央で輝きを放つ。


「地中の温度分布です」

彼女は一呼吸置いて続ける。

「これは、間違いなく体温によるものです」


会議室が一瞬の静寂に包まれ、次の瞬間、騒然となる。


「まるで…」

アキラが思わず声を上げる。

「まるで、地中で眠っているかのような分布パターン」


レイが厳しい表情で頷く。

「そして、これをご覧ください」


新たなデータが展開される。時系列で示された温度変化のグラフ。そこには、明確な上昇傾向が示されていた。


「何かが、彼らを起こそうとしている。あるいは…」

レイは言葉を選ぶように間を置く。

「彼らが、自ら目覚めようとしている」


アキラは自身の発掘時の記憶を思い返していた。あの不自然な地層の崩壊。内側からの力。そして、一瞬だけ見えた白い何か。全てが繋がり始めている。


「タナカ博士」

グレイ将軍の声が響く。

「あなたの発掘チームが最初に接触しました。何か...感じるものはありましたか?」


アキラは慎重に言葉を選ぶ。

「はい。あれは、単なる遺物ではありません。まるで...意思を持っているかのようでした」



第二章:記憶の混濁


発掘現場の封鎖から一週間。アキラの悪夢は悪化の一途を辿っていた。


研究施設の居住区。真夜中の静寂を破り、アキラは冷や汗に濡れて目を覚ます。


─我々の血を、汝らに─


「誰だ!」


暗闇の中、巨大な影が蠢く。アキラの意識に、見知らぬ記憶が洪水のように流れ込んでくる。


かつて地球には、巨人たちがいた。現在の人類よりもはるかに古い時代に、彼らは高度な文明を築いていた。知性と力を兼ね備えた彼らは、星々への到達を夢見た。


しかし、ある選択を迫られる。


自らの肉体を特殊なカプセルに封じ、地中深くに眠ることを。百メートルを超える巨体を、特殊な装置で保存し、長い眠りにつく選択を。


映像が走る。巨大な実験施設。並ぶカプセル。そして、謎の装置。


「これは...記憶?」

アキラは混乱する意識の中で問いかける。

「それとも、誰かに植え付けられた、操作された偽りの記憶?」


問いに答える者はない。ただ、体の中で確実に異変が進行していくのを感じる。


細胞が活性化し、筋肉が強化され、そして最も恐ろしいことに、思考が"拡張"されていく。人間の脳では処理できないはずの情報量が、自然に理解できるようになっていく。

研究施設の医療センター。検査用カプセルの中で、アキラの体が淡く発光していた。


「細胞の活性度が通常の3倍...いいえ、4倍に上昇しています」

医療AI「メディカ」の無機質な声が響く。

「骨密度は先週比で47%増加。筋繊維の再構築が確認され、脳の神経伝達速度も著しい上昇を...」


レイは眉をひそめながらデータを確認していた。彼女の指先が、ホログラムスクリーン上を舞う。


「タナカ博士、あなたの遺伝子に異常が見られます」

彼女は言葉を選びながら続ける。

「まるで、誰かに書き換えられているように。しかも、この変化のパターンには、明確な意図が感じられます」


アキラはカプセルの中で目を閉じたまま答えた。

「意図、ですか」


「そう。あなたの遺伝子は、ランダムに変異しているのではありません。まるで...設計図に従うように、特定の方向へと変化を続けている」


検査カプセルの壁に、アキラの遺伝子配列が投影される。通常の二重螺旋構造に、見慣れない模様が織り込まれていく。それは古代の文字のようでもあり、プログラムコードのようでもあった。


「私の中で、何が起きているんでしょう」


答える代わりに、レイは新たなデータを表示させた。世界地図上に、11の点が光る。発掘現場を示す赤い点が、脈打つように明滅している。


「他の発掘現場でも、同様の現象が加速しています。地中の温度上昇は臨界点に達しつつあり...」


彼女の言葉が途切れた瞬間、警報が鳴り響いた。


「緊急事態発生!全発掘現場で急激な温度上昇!地殻変動の可能性あり!」


アキラの体が反応する。カプセルの中で、彼の細胞が青白い光を放ち始めた。


「これは...」

レイが息を飲む。

「まるで何かと共鳴しているように...」


アキラの意識が再び歪み始める。今度は、より鮮明な映像が流れ込んでくる。


巨人たちが眠りについた理由。

彼らが人類に遺伝子を託した目的。

そして、彼らが恐れていた"何か"の存在。


記憶の断片が、パズルのピースのように組み合わさろうとする。しかし、その過程で違和感が増幅していく。


「この記憶...矛盾している」

アキラは気づき始めていた。

「まるで、複数の異なる記憶が...混ぜ合わされているように」


カプセルの警告音が鳴り響く。アキラの脳活動が危険域に達している。


「これ以上は危険です」

レイが検査の中止を命じようとした瞬間。


─準備は整った─


見知らぬ声が、アキラの意識を突き抜ける。


─今こそ、全てを覚醒させる時─


地面が揺れ始めた。


世界中で、眠れる巨人たちが、目覚めの時を迎えようとしていた。


そして、アキラの中の何かが、完全な覚醒への階段を一段ずつ上り始める。


それは祝福なのか、あるいは呪いなのか。

真実への扉が、軋みを立てて開かれようとしていた。




第三章:覚醒、そして疑念


世界は轟音に包まれていた。


「サハラ地点、巨体反応!」

「ブラジル、地殻変動が限界値を超過!」

「シベリアでも...太平洋沿岸でも...」


シリウス研究施設の中央指令室に、世界中からの緊急通信が殺到する。巨大スクリーンには、地球の自転に合わせて次々と発掘地点が明滅していく。


地中の巨人たちが、一斉に目覚め始めていた。


アキラは特殊観測室のカプセルの中で、全てを感じ取っていた。彼の細胞一つ一つが、巨人たちの覚醒に呼応するように振動している。


「脳波パターン、急激な変調!」

レイの声が遠のいていく。アキラの意識が、別の次元へと引き込まれていく。


そこには圧倒的な光景が広がっていた。


世界各地で地表が隆起し、巨大な人型の影が姿を現す。その数、十二体。高さ百メートルを超える巨体が、悠然と地上に立ち現れる。


「これが...私たちの先駆者」

アキラの脳裏に、巨人たちの姿が焼き付く。化石でもなく、骨でもない。生きた、血の通った存在として。


─我々は、人類を守護せんとして─


見知らぬ声が響く。しかし、その瞬間、鋭い違和感が走った。


「待て」

アキラの理性が警告を発する。

「なぜ巨人たちは、わざわざ人類に力を継承する必要がある?」


疑問が湧き上がる。


「彼ら自身には、十分な力がある。なぜ、人類という"媒体"を必要とする?」


思考が途切れた瞬間、衝撃が走る。


上空に突如として出現した巨大な影。それは人類が見たことのない形状をしていた。流体金属のように形を変える表面。有機物とも無機物とも判別のつかない質感。


「収集者」


その言葉が、アキラの意識に直接響く。銀河中の知的生命体を"収集"する存在。巨人たちが、人類に警告しようとしていた脅威。


しかし。


その姿を見た瞬間、アキラの中で何かが覚醒する。


記憶の奥底から、別の映像が浮かび上がる。巨人たちが人類の遺伝子を操作する様子。しかし、それは保護や強化のためではない。まるで、実験データを集めるような冷徹な作業。


「違う。これは...」

アキラの中で、恐ろしい推測が形を取り始める。

「これは実験なのか?」


新たな記憶が蘇る。


巨人たちは、人類を実験台として選んだ。遺伝子を操作し、特定の個体に力を与え、そして...何かの反応を待っている。


「我々は...誰かの駒なのか?」


その時、アキラの細胞が限界を超えた。


激しい光が観測室を包み込む。アキラの体が変容を始める。骨が伸び、筋肉が膨張し、皮膚が青白い光を放つ。


「変容開始!」

「バイタル急上昇!」

「脳波が未知のパターンを...」


叫び声が混濁する中、アキラは気づいていた。

自分の中で、三つの意識が交錯していることに。


人類としての意識。

巨人たちから流れ込む記憶。

そして...未知の第三の存在の影。


観測室の天井が軋む音を立てる。アキラの巨体は、既に10メートルを超えていた。


レイが叫ぶ。

「これは想定外です!変容があまりに急速すぎる!」


しかし、アキラの関心は別のところにあった。

頭上の「収集者」が、何かの信号を発し始めている。


そして、巨人たちの間でも、明確な意思の相違が生まれ始めていた。


人類への敵意を剥き出しにする者。

静観を決め込む者。

そして、更なる実験を目論む者。


世界は、三つ巴の混沌に包まれようとしていた。


アキラは問う。

己の存在の意味を。

記憶の真偽を。

そして、この全ての出来事の背後に潜む、真の目的を。


研究施設の警報が鳴り響く。

人類最大の危機の幕開けか。

それとも、誰かの描いた筋書きの一幕なのか。


答えを見出す前に、アキラの意識は闇に沈んでいった。



第四章:真実への陰影


巨人と化したアキラの前で、収集者が蠢いていた。


目前の存在は、人類の想像を超えていた。その姿は刻一刻と変化し、時に液体のように流れ、時に結晶のように輝く。表面には無数の模様が浮かび上がっては消え、まるで何かを伝えようとしているかのようだ。


「あまりに...完璧すぎる」


アキラの声が、研究施設の通信機を通して響く。彼の意識は、巨体となった今も明晰さを保っていた。


「この存在は...」


言葉が途切れる。収集者に向かって放った攻撃が、予想外の展開を見せる。


青白い光線が、収集者の表面を貫く。まるでガラスが砕けるように、その姿が粉々に散っていく。


「あまりに簡単すぎる」


違和感が増幅する。なぜ、銀河を渡る存在がこれほど容易に倒されるのか。まるで...


「まるで、私たちの反応を見るために...」


その時、アキラの脳裏に新たな映像が流れ込む。


巨人たちの記憶。しかし、それは先ほどまでとは違う角度から見た光景だった。


彼らは確かに高度な文明を築いていた。しかし、その文明の起源には明確な空白があった。まるで、誰かが与えたかのような技術の跳躍。


「解析結果です!」


レイの声が通信機を通して届く。彼女の声には、困惑と興奮が混じっている。


「巨人たちのDNAと、収集者の残骸から検出された物質...」

一瞬の躊躇。

「それらは、共通のパターンを持っています」


アキラの巨大な体が震える。


地上では、覚醒した巨人たちがそれぞれの行動を取り始めていた。


ブラジルの巨人は、明確な敵意を持って人類の都市に近づこうとする。

シベリアの巨人は、静かに地中への帰還を始めている。

サハラの巨人は、何かの儀式のような動きを見せ始めた。


全てが無秩序に見える。しかし、その無秩序さえも、ある種の計算された混沌のようにも感じられた。


「私の中の記憶...」

アキラは巨体を収縮させながら考える。

「人類の記憶。巨人の記憶。そして...」


第三の記憶。その正体が、徐々に形を取り始める。


「レイさん、私の遺伝子の変化...あれは単なる進化ではありません」


研究施設内の特殊観測室。アキラの体は既に人型に戻っていたが、その皮膚は依然として青白い光を放っていた。


レイは新たなデータを示す。


「これが、あなたの遺伝子の完全解析図です」

スクリーンには複雑な立体構造が映し出される。

「通常の二重螺旋構造の中に、未知の情報が織り込まれている。それは...」


「プログラムですね」

アキラが言葉を継ぐ。

「私たちは、誰かのプログラムの中で生きているのかもしれない」


その時、警報が鳴り響く。


「未知の反応!月の裏側で巨大物体を検出!」


スクリーンに映し出される衛星写真。月の裏側に、巨大な建造物が姿を現し始めていた。それは、巨人のものでも、収集者のものでもない。


第三の存在。

全ての背後に潜む、真の演出者。


アキラの体内で、人類の遺伝子と巨人の遺伝子が反応を始める。そして、新たな変容の予感が、彼の全身を包み込んでいく。


「これが、プログラムの次のステージなのでしょうか」


レイが無言で頷く。彼女の表情には、科学者としての興奮と、人類の一員としての恐れが混在していた。


月面の建造物が、地球に向けて何かの信号を発し始める。


真実は、まだ見ぬ深淵の中に潜んでいた。



第五章:選択の連鎖


月の裏側から発せられる信号が、地球上の全ての存在に影響を及ぼし始めていた。


「これは...呼びかけですか?」

アキラは、体の中で反応する三つの遺伝子の共鳴に耳を傾けていた。人類の遺伝子。巨人の遺伝子。そして未知なる第三の遺伝子。それぞれが異なる周波数で共鳴し、まるでオーケストラのように和音を奏でている。


シリウス研究施設の地下深くに設けられた特殊実験室。レイは立体スクリーンに映し出される複雑なデータの洪水と格闘していた。


「驚くべきことが判明しました」

彼女の声が震える。

「巨人のDNA、収集者の残骸から検出された物質、そして月面建造物からの信号。これらは全て、同一の数学的パターンに従っています」


アキラの脳裏に、記憶の断片が蘇る。


巨人たちが築いた文明。しかし、その文明の至る所に存在した不自然な進歩の痕跡。まるで誰かに導かれるように発展を遂げた歴史。


「私たちは...実験台だったんですね」

アキラが呟く。

「巨人たちも、収集者も、そして人類も」


レイが新たなデータを展開する。

「興味深いのは、これらのパターンが...」


「進化のプログラムだということですか?」

施設に重い沈黙が落ちる。


月面からの信号が強まる。世界中の巨人たちが反応を示し始めた。ブラジルの巨人は都市への進軍を止め、シベリアの巨人は地中への帰還を中断する。そしてサハラの巨人は、その儀式めいた動きを完成させようとしていた。


「まるで、次の段階への準備を...」


アキラの言葉が途切れた瞬間、衝撃が走る。


月面の建造物が形を変え始めた。その姿は、巨人でも収集者でもない、第三の存在の姿を現し始める。


「これが、全ての演出者」

アキラは確信めいた口調で言う。

「私たちは、より大きな存在の実験の一部だった。巨人も、収集者も、全ては...進化のための触媒」


レイが新たな発見を告げる。

「各地の巨人たちから、未知の信号が発信され始めています。そして...」


彼女の声が途切れる。

スクリーンには衝撃的なデータが映し出されていた。


人類の遺伝子の中に眠っていた未知の配列が、活性化の兆しを見せ始めている。それは特定の個体に限らず、人類全体に共通する変化の予兆。


「私たちの全て...」

アキラは自身の変容する細胞を見つめる。

「これは終わりじゃない。新たな始まりの序章なんだ」


月面の建造物が、最後のメッセージを発信する。


それは人類の言語でも、巨人の言語でも、収集者の信号でもなかった。しかし、アキラには理解できた。


「レイさん」

アキラは決意を込めて言う。

「私たちに課せられた選択の時が来たようです」


人類の運命。

巨人たちの意志。

収集者の目的。

そして、その全てを包含する更なる存在の計画。


それらが交錯する中で、新たな進化の扉が開かれようとしていた。


真実は、まだ見ぬ深淵の先に潜んでいる。

そして人類は、その深淵を覗き込む準備を、今まさに整えようとしていた。


「さあ、私たちの物語は...ここから始まります」


アキラの言葉が、未知なる明日への予感とともに、静かに研究施設に響いた。


[完]



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