じゃんじゃんと
酒部朔日
じゃんじゃんと
セロトニン、ノルアドレナリン、ビタミンB、葉酸、亜鉛、ウォーキング、ランニング。もういいよ、聞き飽きた。君はこの炎天下に走れって言うんだね。鬱は脳の炎症なんだって言うのに。
君の手を振り払ってばつが悪くて、ずいぶん前に届いていた葉書を持ってバスに乗る。そのバスは葉書を見せたら霊園まで何回でも乗れる。
水場にいるカメムシが動かないように睨みながら、水桶にたっぷりと水を汲み、柄杓を一本抜き出した。
墓にじゃんじゃん水をかけるのは死者が喜ぶと思って、ぼくはのぼせきった石を冷やしまくる。ぼくも濡れる。柄杓をひるがえして、桶を丸ごとひっくり返して、おかわりをして、気持ちいいかい。
黒字は死んだ父の、
赤字は生きる母の、
名が刻まれたその墓の表面は冷たくなって、身体をもたせかけて夕暮れまで居る。
父の気を引きたくて、父から見える場所でチョークで長い線路を描いた時と同じ、その空。蟻は行列。蝉は仰向け。
白い螺旋の貝を供えて帰る。振り返ると骨に見えた。
あんなに陽を浴びたのに眠れない。メラトニンは信じられない。眠りながらぼくを掴む、熱い君の手をそっと抜いて起きた。
部屋の空気は停滞して虫除けのレモンの匂いが沈殿している。何の虫をどうするものか知らないまま、ビーズが綺麗だからって君が買ったもの。ぼくをも刺激する匂いだ。虫とどこか一緒なんだろう。
今日は満月だと聞いた。カーテンを開ける。本当だ、遠くなってしまったけど溶けそうに光っている。
あれも熱いんだろう、
熱い石なんだろうな、
柄杓を握っていない指がさみしい。
死神の鎌のように。
あれを冷やしたい。
じゃんじゃんと。
後ろによろけて何かに手をついた。
テーブルだったのか、墓石だったのか。
今、素足に、かりっと軽石のようなものを踏んだ。
おわり
じゃんじゃんと 酒部朔日 @elektra999
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