戦士が消えた。
緋島礼桜
戦士が消えた
勇者たちの活躍によって魔王は討たれ、世界は再び平穏を取り戻した。
討伐成功の報告をすべく、勇者一行は国王が待つ王都へと向かっていた。
――のだが、その道中。とある街の宿にて、彼らは部屋から一歩も出ず、揃って肩を落としていた。
「一体どうしたってんだ……あの戦士の野郎は」
ため息まじりに勇者が呟く。
「戦士くんと別れた日から、今日で四日目だね。まったく、彼は一体どこで何をお楽しみ中なのやら……」
椅子に腰を下ろし、僧侶が肩を竦めた。
「これ……仲間がいなくなったというのに、もう少し心配せんか」
軽口めいた僧侶の言葉に、魔法使いは眉を顰める。
不快げなその表情を見て、僧侶は苦笑まじりに返した。
「それは失礼を。けれど魔法使い殿、戦士くんは途中で離脱した剣士くんの代わりに急ごしらえで
「確かに寡黙というか、ほとんど無口だったな。俺たちとは距離を置いてたが……それでも戦士の
勇者はそう言いながら、窓際へと歩み寄る。
早朝の街は人の往来で賑わい、以前訪れたときよりもずっと活気に満ちていた。その光景を見て、勇者は人知れず微笑む。
「だとすればなおのこと……三日も帰ってこぬとなれば、戦士殿の身に何かあったと考えるべきですぞ、勇者殿」
「そうだがな……てっきりいつものように、一日もすればひょっこり戻ってくると思っていた。それに、
「遠目にも分かるほど厳つい甲冑姿だったしね。顔も兜で覆い隠してたからか、
僧侶はくすりと笑いを漏らす。
再び不謹慎な発言に、魔法使いは大きく咳払いして諫めた。
僧侶は「はいはい、すみません」と、いつもの調子で肩を竦める。
「何かあったとしても、自力で解決できる力量はある。だったら、そろそろ帰ってきても良いはずなんだがな」
「しかし未だ戻らず……となれば、戦士殿でも手に負えぬような事件に巻き込まれた、ということかもしれませんのう」
魔法使いの言葉に、勇者は深いため息を吐き、頭をがしがしと掻いた。
「――とにかく。戦士が消えた日のこと、それに捜索の報告も含めて、今は一度整理しよう」
勇者はそう言って、壁に背を預けた。
「消えた日のことといっても……あの日は大したやり取りもなかったよ。街に着くなり、何も言わず店通りの方へ消えて行ったからね」
僧侶の言葉に勇者も頷く。
「ああ。無口なわりに、あいつは店を見て回るのが好きだったからな。今回もそれだと思って見送った。いつもなら遅くとも翌日には帰ってきたが、その日は丸一日待っても戻ってこなかった」
「彼に宿を伝え忘れた……ということはないのかね?」
「ちゃんと僕が伝えましたよ。それに宿を探し回ってたとしても、一日もあれば辿り着けるはずです」
僧侶は静かに眼鏡を押し上げた。
「で、戻らぬ戦士を探すべく――三日目の朝、俺たちは手分けして捜索に出た」
勇者は窓の外を指し、コンコンと叩いた。
「……僕は裏路地を中心に探したけど、戦士くんは見つけられなかった。その代わりに奴隷のオークションを見かけたよ」
「まさかとは思うが……参加したわけじゃないだろうな?」
勇者の口調から冗談めいているのは分かったが、僧侶は慌てて首を横に振る。
「そんなわけないだろう? 偶然迷い込んだんだよ。けど、そこでは獣人の女性たちが次々と競り落とされていてね……美しい有翼族の
「ならば、止めようとは思わなかったのか?」
魔法使いの問いに、僧侶は両手を振って否定する。
「とんでもない。僕は非力な僧侶だよ。一人でどうにかできるわけがない。街の自警団に通報したって、彼らはただの素人集団みたいなものだしね。そこまでの器量も勇気もないさ。まあ、勇者くんに任せるって考えもあったけど……」
と、僧侶は勇者をちらりと見る。勇者は眉をひそめて答えた。
「俺の使命は魔王討伐だ。悪いが人助けは専門じゃない。それに……
「とか言って……本当は怠け者の
その言葉に、勇者の眼光が鋭くなる。
僧侶は両手を上げて肩を竦め、「ごめんごめん」と謝った。
「――ならば、儂が目撃した光景は、それとは似て非なるものじゃったな」
「
勇者の問いに、魔法使いは小さく頷いて話を続けた。
「用か何かでひとり街の外へ出てしまい、うっかり
「魔王を打倒したっていうのに、魔物討伐だなんて。その人たちは、勇者の偉業に触発でもされたのかな?」
「いいや。討伐とは言うたが……アレは魔王が倒されて、
そう言いながら、魔法使いは思案顔で白い顎髭を擦った。
「魔王が倒されたことで弱体化した魔物は、もはやかつてほどの脅威ではない。だというのに、トロールや
「いわゆる、
「なるほど……そいつらは憂さ晴らしに“魔物へ立ち向かっていた”ってわけか。まあ俺らがとやかく言うのはお門違いなんだろうが……
勇者はそう言ってソファへ戻る。
「そうですな……目撃してしまい、まことに嘆かわしかったが、儂一人ではどうにも出来ず。今は止められんかったことを後悔しとります」
「魔法使い殿は魔物研究の第一人者だものね。大切な研究対象がぞんざいに切り捨てられるのは、さぞ心苦しいだろうね」
「……儂は“愛”をもって魔物研究にあたっておったのじゃ。研究材料としてではなく、ひとつの命としてな。だからこそ、あの光景は嘆かわしかった」
魔法使いに睨まれた僧侶は、慌てて勇者の方へ視線を移し尋ねた。
「そ、それで? 勇者くんは何処を捜索していたんだい?」
「俺はこの街の店という店を、片っ端から全部訪ね回った」
「それはまた……何十とある店を独りで巡るとなれば、大変でしたろうに」
そう言いながら魔法使いは、テーブルの上に置かれていたカップを手に取った。
湯気立つグリーンティーをゆっくりと啜りながら、勇者の話に耳を傾ける。
「大したことはない。だが問題なのは……あんなデカい図体してるくせに、どの店でも立ち寄ったって話がなく、目撃証言すらなかったってことだ」
「それはそれは……」
「奇妙な話だね。つまり戦士くんはいなくなったあの日、実はどの店にも行っていなかったってことかい?」
僧侶が眼鏡を押し上げながら言う。
勇者はソファの背に体を預け、腕を組みながら答えた。
「ああ。と、なると戦士はあの日――『店へ寄る前に事件に巻き込まれた』か、もしくは『俺らを置いて街から逃げた』って可能性も出てくる」
「そんな……僕らと一緒に王都へ行けば、国王様から多大な恩賞が与えられるというのに……逃げるなんてこと、あるのかな」
「まあ、それは俺も考えた。だから“逃げた”って線は薄いと思ってる」
すると、茶をズズズと啜った魔法使いが、静かに口を開いた。
「なればあるいは――戦士殿はあの日、もしかすると“あの甲冑を脱いで”行動していたのやもしれませんな」
「甲冑を……脱いだ?」
「それこそ考えにくいだろ。あの野郎、俺らの前じゃ食事中どころか寝るときですら一切脱ぎもせず、顔も隠したままだったんだぜ?」
だからこそ三人は、戦士が常に甲冑姿で行動しているものと思い込んでいた。
その外見のまま街を歩いている――そう信じて疑わなかった。
だが、そこにこそ盲点があったのだと、魔法使いは語る。
「儂らは彼の甲冑の中身を……素顔どころか声すら知らぬ。魔王戦ですら、あの甲冑にはほとんど傷ひとつ付かんかったからのう」
僧侶は思案顔を浮かべる。
「そういや、あの甲冑は竜神の加護によって、最強の防御力を与えられている……と、旅の鑑定士が言っていたね」
「そんな神聖なる甲冑を、どういうわけか脱ぎ捨てておったとすれば……素顔の戦士殿は事件に巻き込まれたとしても、儂らはその姿に気付かず、すれ違ってしまったのかもしれませんな」
魔法使いの話を聞きながら、勇者はルームサービスで出されていたクッキーをひとつ手に取った。
普段は甘いものを口にしない彼だが、頭を使っているせいか、今は妙に食べたくなっていた。
「……だとしたら、怪しい情報がひとつある。酒場で聞いたんだが、戦士が消えたあの日、とある大男が無銭飲食をしたって話だ」
勇者はクッキーを頬張りながらそう言った。
「それは……可能性の高い話だね。常に寡黙な戦士くんなら、仮にお代が足りなかったり忘れてきたりしても、その理由を口には出せなかっただろうから」
「男は未だ捕まらず、行方知れずのままらしい。戦士が無銭飲食なんてするのかと疑うところだが……可能性があるなら、それだな」
クッキーを食べる勇者に釣られるように、僧侶もまたクッキーへ手を伸ばし、一口かじった。
「なれば儂も、気になる話を耳にしましたのう。三日ほど前、この街を牛耳っておる悪徳商人へ直談判をしに行った男がおったと……」
「この街の、か……?」
「余程の
魔法使いの話を聞いた二人は、みるみるうちに顔を顰めていく。
「この街を牛耳る悪徳商人と言えば、この街の奴隷売買や闇商売、賊の斡旋といった裏稼業をすべて取り仕切っていて、年寄りはもちろん、子供にまで知れ渡っているほどの有名人らしいからね」
『彼に手を振ってさえいれば魔物よりも大人しい存在だが、彼を指差してしまえば魔王よりも悍ましい存在となる』と、街の者達は言う。
すると僧侶は噂で聞いた悪徳商人の凄惨な私刑を思い出し、人知れず顔を青ざめさせた。
「しかし……魔王城から最も近いこの街がここまで平穏かつ潤ってこられたのも、
勇者は乱雑にクッキーを口へ放り込み、顰めた顔のまま言った。
「そりゃあ街の者は、だろ? 結局は偽りの――上辺だけの平穏だ。その下には数多くの人間や獣人、魔物が犠牲になっていると聞く。魔王が居なくなった今だからこそ……その男は正義感に駆られてしまったんだろうな」
「魔王を討伐して半月。魔による闇は払われたといえど、人の闇は根深く……そう簡単に消えはせん。まこと虚しい話ではありますがな」
そう言って魔法使いはもう一度お茶を啜った。
「ところで……結局、その悪徳商人へ直談判をしに行ったという勇敢な男はどうなったんだい?」
僧侶はもう一口、クッキーをかじりながら尋ねる。
魔法使いは顎髭を擦りながら答える。
「想像通り、彼は即刻その場で斬首されたそうじゃ。が、しかし……戦士殿である可能性は低い。何せ、聞いた話だと斬首された男は随分と細身だったらしいからのう」
「まあ確かに……細身の奴があんないかつい甲冑を着られていたとは到底思えない。だがな、あくまでも“聞いた話”ってなると、細身を信じる確証もないってことになるがな」
思案顔で語る勇者に、魔法使いは小さく頷いた。
「―――それにしても。戦士くんである可能性が高い目撃証言があったのなら、
僧侶から指摘を受けた勇者は、鼻息を荒くしながら反論する。
「仕方ないだろ。昨日捜索し終えて宿に戻ったのが夜遅くだ。そん時には二人ともとっくに寝入ってて、無理やり起こすわけにもいかないだろ」
そして最後のクッキーを頬張ると、わざとらしく音を立てて噛み砕いた。
「外見による思い込みもあって気付くのが遅くなったんじゃから、誰を責めるのも違うだろうて」
「はいはい」
「そう言う僧侶はどうなんだ? やけに宿へ戻るのが早かったと女将から聞いたが……?」
勇者に睨まれた僧侶は、ため息混じりに肩を竦めて返す。
「やれやれ……確かに戻ってきたのは僕が一番だったけど、僕だってちゃんと戦士くんを見つけたい気持ちはあるんだよ。その証拠に今朝方、頼んでいた情報屋から面白い情報を仕入れたよ」
「ほう……守銭奴の僧侶殿がまさか金を使ったとはのう」
「期間は短かったとはいえ、やっぱり仲間だからね。こういうときこそ大枚をはたかないと」
「それで? 面白い情報ってのは何だ?」
迫る勇者と魔法使いに、僧侶は冷静に眼鏡を押し上げて言う。
「昨日、防具屋で珍しそうな甲冑を売りに来た男がいたらしくてね。何でもその甲冑は白銀に輝く美しさを持ち、大の大人でも着こなせないほどのいかついサイズだったとか」
僧侶の言葉を聞いた途端、勇者と魔法使いは目を丸くする。思わず互いの顔を見合わせたほどだ。
「この野郎……なんでもっと早くそれを言わない! どう考えてもその甲冑は戦士のもんだろが!?」
怒声を上げる勇者に、僧侶はそれでも冷静に苦笑して答えた。
「まさか肌身離さず着ていた甲冑を売ったとは思えなくってね。てっきり似たような甲冑だと思ったんだよ」
「そう言われては強く責められんのう……」
「つーか、店全部回ったってのに……そんな情報、誰も言ってこなかったぞ?」
「うーん、そうなると……勇者くんが尋ねた後に、戦士くんが売りに来たのかもしれないね」
勇者は居ても立ってもいられず、ソファから立ち上がる。
部屋の扉前に立つと、今すぐにでも飛び出す勢いで言った。
「だったら善は急げだ。その防具屋に行って甲冑を確認するぞ!」
「甲冑を売った人間の特徴も覚えておるかもしれませんしな」
「やれやれ、勇者くんのそういうところ……本当に解りやすくて好きだよ」
「お前に告られても一片も嬉しくはないがな」
勇者は勢いよく扉を開け放つ。彼へ続くように魔法使いと僧侶も立ち上がり、宿の外へと向かった。
三人は急ぎ足で防具屋へと駆けていく。
防具屋を訪ねた勇者たちは、さっそく丁重に保管されていた甲冑を確認した。
それは紛れもなく、戦士が着ていたものだった。
だが、しかし―――。
それを売りに来たというのは、小柄と小太りの二人組であり、しかも彼らは甲冑を売った翌朝――つまり今朝、死体となって発見されたという。
彼らが
結局、勇者たちは戦士を見つけることができず、
その翌日――戦士が消えてから五日目には、仕方なく街を去っていった。
戦士がなぜ消えたのか。どこへ消えたのか。
それを知る術は、もはやなかった。
その後の彼女の行方を知る者は、誰ひとりいなかった――。
~完~
戦士が消えた。 緋島礼桜 @akasimareo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます