魚群を見上げて
だりょ
魚群を見上げて
いつも僕の視線の先には魚群があった。
空にきらきらと瞬く影。光ってるのか影になってるのか変な感じだが、そんな感じなのだ。
僕の一日はこの影があることに安心してから始まる。
そういう意味では、その魚群は僕の拠り所だった。
魚群がそこに現れるまで、僕は何をしていただろうか。
何年も、いや、何十年も遡るかもしれない。時間の感覚が狂いすぎて昔のことなんてさっぱり覚えていないのだ。
ただ確かなのは、あれは太陽が高く昇った昼のことだったということ。ふと空を見上げた時に強烈な違和感を覚えたのが記憶に残っている。
そういえば、それまでは一緒に旅をしていた仲間がいた。僕がリーダーで、男があと二人、女があと三人だったかな。顔は覚えていないが、女の方は二人とも美人だったのは確かだ。
勝手に世界に名を馳せる勇者パーティだったのだろうと僕は妄想する。うっすらとしか思い出せない六人のシルエット、こんなの妄想のしがいしかない。
僕は剣士だったな。この街を訪れた時に地面に剣を刺した気がする。
確かあの剣は……あ、あった。まだあそこの広場に刺さっている。
剣……僕は何を……?
いや、僕はまだ起きたばかりだ。
なんか変な感じもするけど、きっと寝ぼけてるだけ。
いつもと変わらない朝を迎えられて、そして今日もあの魚群を見られて、生きているということを体感する。
そして今日という一日を始める。さあ、今日は何をしようか。
街は相変わらず賑わっている。人がごった返し、道はぎゅうぎゅうだ。
人と人の間を縫うように歩く。全く前が見えない上に、肩を縮こませて歩かなければならない。はっきり言って窮屈だ。
前が見えないので、時々見える十階建てくらいの高い建物を目印に進んでいく。建物の下に移動しては進むというのを繰り返す。
すれ違った人の中に見知った顔があった気がした。
一瞬だったが、昔のパーティメンバーだったような気もする。
あ、またすれ違った。今度はちゃんと見えた。女だ。名前は思い出せない。
顔にまったく心当たりが無かったから、ちらっとだけだったが見れて良かった。
これでしばらく会えなくても大丈夫そうだ。
僕はまた人で埋め尽くされた道を進んでいく。
何をすべきかわからなくなった時、何もやることが無くなった時。僕はそんな時、いつも空を見上げる。
空にはいつも魚群がある。あっちへ行ったりこっちへ行ったり、入れ替わり立ち替わり動いている。
そんな様子を眺めながらぼんやりとするのが好きだ。
高い建物の下で雨宿りをするようにしゃがみ込みながら、空を動く影をじっと見ていた。
気付けば日も暮れてきた。魚群は夕日に照らされてオレンジ色にきらきら光る。
そろそろ帰る頃だな。結局今日は何もできなかったけど、明日もきっと来る。
明日もきっとそこに魚群はあるはずだ。
夜、魚群は手を伸ばせば届きそうなところにある。
動くこと無く、じっと僕に捕まえられるのを待ってるみたいだ。
でも捕まえることはできない。手が届くところに来てくれないのと、捕まえたくないからだ。
この街は美しい。なのに、捕まえてしまえば美しくなくなってしまうかもしれない。僕にはそんなことできない。
だから、眺めるだけにとどめているのだ。
不思議だろう?僕も不思議だ。
延々とこんな毎日を繰り返しているのだから。
美しい街に、ゆっくりと一つの塊が落ちてきた。
くちばしがある。鳥みたいだ。
久々に見た鳥は、大きいくせに羽根を丸めてピクリとも動かなかった。どうも死んでいるらしい。
街の広場に、水底に沈む時みたいにそっと着地した。
他の人は忙しそうに道路を歩いていて誰も近寄らない。僕だけがその流れに逆らうように、鳥のところへ吸い込まれていく。
この鳥、なんだか久々に見たな。
空を悠々と舞う巨鳥……確か、ロックバードだっけ。
僕がこの街を訪れる前、仲間たちとロックバード狩りに行こうとなって、結局見つからずに失敗に終わった記憶がある。帰りにふと空を見上げたら、大きな影が僕たちの上を通り過ぎていったような、そんな気がする。
よく覚えていないけど、この鳥はあの頃の僕の思い出の一つということだ。
その時影が僕の上を通り過ぎた。
ふと空を見上げると、目と鼻の先にはロックバードではなく魚群があった。
群れから外れた小さな魚が僕の手のひらに舞い降りた。
僕はその魚とさっきの鳥を見比べる。
いきなり僕は頭痛に襲われた。
思い出した。
なぜ僕がここにいるのか。ここはどこなのか。僕は今まで何をしていたのか。その全てを。
ここは海の底に沈んだ街。
その原因となった大災害は今となっては遥か昔の出来事なのだが、そんなのはどうでもいい。
とりあえず、ここは海に沈んだ。
僕は仲間たちに別れを告げ、一人この街にやってきた。
それは、ここが僕の思い出の場所だったからだ。
生まれ、幼馴染と共に過ごし、旅立った、あの美しい街だ。
でも、帰ってきてみると全く美しくなかった。
住民はどこかへと消え、建物も綺麗に無くなっていた。
残っていたのはかろうじて残っていた廃墟と、そこに細々と暮らす老人たち。
平原にポツンとある、寂しい集落だった。
ある日この街は水に沈んだ。
僕はそれでもこの街を離れる気はなかった。
ここが思い出の地、そして僕を唯一許してくれる場所だからだ。
たとえ世界が滅んでも、僕は決してここを離れない。
水の底で、息ができなくなりながら、僕はそう固く誓った。
顔を上げるとそこは海の底だった。
頭上では相変わらず魚群が忙しなく動き回っている。
手のひらの上の魚はもとの群れへと戻っていく。
僕に残されたのは砂の上に横たわる鳥と、海底に刺さる僕の剣。
すべては虚構だったのだ。
僕の作り上げた、幻想の街だったのだ。
それでも僕はこの街を離れない。
僕の居場所はここだ。
街は再び賑わいを取り戻す。
今日も、高い建物を目印にして人混みの中を進む。
ふと空を見上げると、いつもと変わらず魚群があった。
――今度は魚群を見上げて進んでみよう。どこか遠くへと誘ってくれるかもしれない。
了
追記
こういうの一回書いてみたかったんですよね〜(黒歴史入り)
魚群を見上げて だりょ @daryodaryo
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