贋作鑑定
ぴのこ
贋作鑑定
【地域】病院の花壇に人骨
21日午前7時半ごろ、■■県■■市の■■総合病院で、清掃をしていた職員(35)が花壇の中に人骨を見つけ、110番通報した。県警■■署によると、頭蓋骨や大腿骨など各部位の人骨とみられるとのこと。数週間前より行方不明届が出されていた、院長の息子の身分証が花壇に落ちており、同署が人骨の身元を調べている。
「病院は地域の骨。街の人々を支えることが我々の使命なのだ。お前も将来は立派な医者になるんだ。お前は人並み以下なんだから人一倍努力せねばならんぞ」
それが親父の口癖だった。
県内一の総合病院で院長を務める親父は、幼い頃から俺に医者になることを強いてきた。漫画もゲームも与えられず、友達と遊ぶ時間も制限され、医学部に入るための勉強をひたすらに押し付けてきた。
「お前は私の作品なんだ。お前なんかが優秀な人間になることが私の成果となるんだ。いいか、医者になれ。私のような優秀な医者に」
親父は確かに優秀な人間だ。医者としても研究者としても。親父の手術の腕は卓越しており、専門分野以外にもあらゆる分野の手術をこなせる。加えて、大学在学時から親父の研究は学会で一目置かれていた。体外生産胚での繁殖がどうとかの論文で得た賞状が家に飾られている。
だが俺は医者になりたいだなんて一度も願ったことは無い。なりたくないとは何度も思った。医者よりも、俺はシェフになりたかったのだ。唯一の娯楽だった、食事時に見るテレビドラマ。ある年の料理ドラマで芸術のような料理を作り出すシェフを見てから、俺もあんな風になりたいと強く望むようになった。
「シェフだと!?馬鹿を言うな!お前は料理をする側じゃないだろうが!」
初めてその夢を親父に伝えた時、頬を強く平手打ちされた。それ以来、シェフになりたいとは一度も口に出せずに少年期を過ごしてきた。
ふざけるな。一人の人間なんだぞ、俺は。自分の夢も持てず、他者の望むがままに生きるなんて奴隷と変わらない。
逃げ出したい。解放されたい。自由に生きたい。
そんな思いを抱えながら俺は悶々と過ごしていた。
大学受験が間近に迫ったある日のことだ。俺はある闇医者の居所を掴んだ。
「…骨を、取り出したいと?」
闇医者は訝し気に聞き返した。
この闇医者は、元々は親父の病院で外科医として働いていた男だ。だがある時、病院の薬を盗み、売り捌いていたことが発覚し解雇された。それ以来の動向は誰も知らなかったのだが、俺は探偵を利用してこの闇病院の存在を知った。
「造血や電解質の貯蔵に影響の出ない範囲でしたら可能です。骨をチタンに置き換えれば日常生活も問題なく送れるでしょう。しかし…なぜそのようなことを…?」
俺は語った。死亡偽装計画のことを。
俺がいきなり失踪し、俺の骨が見つかれば俺は死んだと思われるだろう。そうすれば親父の呪縛から解放される。
その後は戸籍を買って、別人として生きるのだ。そしていつか、別の土地でレストランを開く。夢だったシェフになる。骨を金属に換えるのであれば、まさに鉄腕シェフといったところか。俺は夢物語を闇医者に聞かせながら、そんなくだらないことを考えた。
「…戸籍の売人というのも、確かに存在します。私のツテで紹介することも可能ですが…しかし、何一つ不自由の無い暮らしをしている君が今の生活を捨てるのは…勿体無いのでは」
闇医者は顔を
確かに、他人はそう思うだろう。だが俺は限界なのだ。苦しいのだ。今すぐにでもこの生活から逃げしたくてたまらないのだ。
思いの丈を必死に訴える俺に、闇医者はついに頷いた。費用ならば家から持ち出すと言うと、闇医者は俺の計画に乗ることを決意したようだった。
「やりましょう」
頭蓋骨、鎖骨、肩甲骨、胸骨、肋骨、上腕骨、尺骨、橈骨、大腿骨、脛骨、腓骨。
約一か月をかけ、俺の全身の骨は取り出されていった。
殺されたと思わせるためには頭蓋骨があれば十分かもしれない。だが俺は、できる限りこの体を作り変えたかった。
お前は私の作品なんだ。親父のあの言葉が、俺の心に呪縛のように絡みついていた。
違う。俺は親父の作品なんかじゃない。そうやって、親父の言葉を否定したかった。だから親父によって作られた骨を少しでも多くこの体から取り出し、親父の元に突き返したかったのだ。
ついに目標分の骨をチタンに置き換え終わった時、俺は全ての骨を身分証とともに袋に入れた。骨は闇バイトを雇って病院の敷地内に運ばせた。骨と一緒に俺の身分証も花壇に置けという指示を付けて。
最後の仕上げは整形だ。俺は買った戸籍の人間に顔を似せるため、闇医者に整形手術を頼んだ。この手術が終わって顔を変えた頃には、俺の骨が見つかったニュースが報道されているだろう。そんな想像に頬をほころばせながら、俺は麻酔で眠りに落ちた。
【地域】病院で見つかった人骨 豚の骨と判明
■■県■■市の■■総合病院で今月21日、敷地内の花壇から人骨のようなものが見つかった。DNA鑑定の結果、発見された骨は人骨ではなく豚の骨であることがわかった。■■署は豚の骨を何者かが遺棄した可能性も含めて調べている。
そのニュースを、俺はうまく飲み込めなかった。
麻酔の影響でまだ脳が正常に機能していないのか、あるいは夢の中にいるのかと疑った。だが何度読んでも、どれだけ時間を置いてもその文面は変わらなかった。
俺から摘出した骨が、豚の骨だった?ちょっと待て。何を言っているんだ。
まさか闇バイトが間違ったものを運んだのか。いや違う、花壇からは俺の身分証も見つかっている。確かに俺がこの手で、骨とともに袋に入れたものだ。
じゃあ闇医者が豚の骨とすり替えて。いや待て、そんなことをする動機が無い。
混乱する俺の頭に、親父の言葉が閃光のように蘇ってきた。
その答えに辿り着いてしまった俺は、荒い息を吐き出しながら涙を垂れ流していた。
「お前は人並み以下なんだから人一倍努力せねば」
なあ、ちょっと待ってくれ親父。
「お前は私の作品なんだ」
作品って、そういうことなのか。
「お前なんかが優秀な人間になることが私の成果となる」
俺は…俺は人間じゃないのか。そうやって作ったのか。
「お前は料理をする側じゃない」
俺も元は、そっちだったっていうのか。
俺は、豚だったっていうのか。
贋作鑑定 ぴのこ @sinsekai0219
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