ホネホネダンス

遊月奈喩多

骨まで晒して躍り狂え

 雑踏、音、声。

 笑い声、蛮声、金切り声。

 笑顔、張り付いた表情、繕った顔。

 整った仮面、揃った足並み、響く足音。


 スクランブル交差点を渡る僕らは、言われもしないのに今日も今日とてマスゲームに興じている。曇天の下、騒々しいのに一定の規則正しいリズムを刻みながら、歯車にすらなれない端材たちをも巻き込んでひとつの社会という空想を信じ続けている。

 僕だってそうだ。

 無個性を絵に描いたようなスーツを身に纏い、個性を足蹴にしながら革靴を履き潰している。自分の上に何層もの『人間』を重ねて、より生きやすいように、より窮屈に、より画一的に、今日も明日もやり過ごす。


 僕だってそうだ。

 みんなだってそうだ。

 目に入る人影みんなが、『自分』よりも『人間』であろうと必死に藻掻いて、そのくせそんな必死の努力をおくびにも出さないのが当然と言わんばかりに、必死にかたどった『人間』の上に更に平然とした顔まで張り付けている。


 誰も彼も、自分なんて見失って歩いている。

 僕がどんなやつだったか、もう思い出せない。

 隣を歩いているやつと僕に、何の違いがある?

 本当はみんな違うはずなのに、同じに見える。

 みんな違ってみんないい、なんて幻だった。

 誰かが違えばみんな叩く、そんなのが現実。


 僕がここで、いきなり踊ったらどうなるだろう。

 服を脱いで、皮も剥いで、肉も削ぎ落として。

 骨だけになって踊るんだ。

 骨になれば、何も隠せない。

 僕たちに必要なのは骨だ、骨を見せる勇気だ。骨を恐れない心だ、骨を受け入れる寛容さだ、骨を見つめられる目だ。僕にも、隣のやつにも、前から来るやつにも、後ろから来るやつにも、交差点を渡り終えたやつにも、必要なんだ。


 ふと、叫びだしたくなる。

 訳なんてなく、伝える言葉などなく、届ける相手もいないのに。

 ふと、走り出したくなる。

 行き先もなく、予定もなく、身体を動かすのも好きではないのに。


 何かから逃げたいのだろうか。

 どこかへ行きたいのだろうか。

 何者かになりたいのだろうか。


 わからない、自分のことなんて自分がいちばんわからない。自分を覆い隠す『人間』に包まれてしまった僕のことなんて、僕自身にもわからない。


 いま、僕の左を親子連れが歩いている。親の胸元についた抱っこ紐の中で、剥き出しの『自分』を隠しもしない赤ん坊がけたたましい声で愛らしく笑っている。

 右を見れば、携帯片手に慌ただしい口調で何かを説明している、退屈で生真面目そうな男が小走りですれ違っていく。よっぽど大事な話題なのだろう、その顔は緊張している。

 後ろからは僕も遊んでいるソシャゲの音が聞こえてくる。少し位置が低いから、まだ子どもなのだろうか。それなりに課金ゲーのはずだけど、お金はどうしているのだろう。

 もしも、僕がいきなり赤ん坊を引っ張り出して地面に投げ落としたらどうなるだろう。通話中の男のズボンを引き下げて、むちゃくちゃやったらどうなるだろう。ゲーム中の子どもからスマホを奪ってアカウント削除してやったらどうなるだろう。


 そんな衝動が、いや、そればかりではない。

 明らかに前を歩く女の子を盗撮しているのに見て見ぬふりされている中年親父を思い切り足蹴にしたら? 交差点の真ん中で寝そべって笑っている少年少女たち目掛けて火炎瓶を投げつけたら?


 止まらない、止まらない。

 日頃SNSで取り沙汰される誹謗中傷に対する義憤を独りごちるのと同じくらい、胸の中で何かが溢れて止まらない。僕の「骨」は怒りだらけなのか、そんなわけない。みんなはどうなんだ、みんなも「骨」を見せろ、見せてくれ、見せてくれ!!


 僕だけ「骨」になるのは嫌だ!

 骨は芯だ、中身だ、根っこだ、何もかもを取り払った最後に残っている何かだ、それが「骨」だ、僕だけが持つものじゃないのに、なんでみんなのは見えないんだ、「骨」が顔を覗かせるたびに何かへの怒りが噴き出してくる。


 走る。

 足が自由に動かない。

 逃げようとしても僕の足は歩くペースを変えやしない。

 止まったっていい。

 何事かと誰かが僕を見るだけで、それだけで。

 何かが変わればいい。

 変われ、変われ。


 叫ぼうとした喉はしんと静まり返って。

 息継ぎをしようとした口は、鼻呼吸をサボるなと閉じたままで。

 こわばった顔は、きっと傍目には何ともない。

 骨の上にかぶった皮膚が、ブリキのように無機質に感じられて。

 ブリキ細工を運ぶ足は、相変わらずいつもの歩幅を守っている。


 不自由だ。

 骨に肉が、肉に皮が、皮に服が、服の上に『人間』が覆い被さって取れる気配がない。息苦しくて、重たくて、地面に引かれた白線が逃れられないレールのように感じられて。


 ごうごう、と頭の中で騒ぐ何かを聞いているうちに、僕はスクランブル交差点を渡り終えていた。頭の中の轟音はたちまち消えて、いつもの雑踏が帰ってくる。

 また、何もできなかった。

 なのに、さっきまで感じていた得体の知れない焦燥感も、画一的な『人間』ばかりの光景に対する生理的嫌悪も、「骨」をありのまま晒け出さねばという強迫観念めいた気持ちも、全てが夢のように醒めていく。


 雑踏、音、声。

 笑い声、蛮声、金切り声。

 笑顔、張り付いた表情、繕った顔。

 整った仮面、揃った足並み、響く足音。


 僕はまた、埋没していく。

 じくじくと疼痛のように何かを主張する「骨」に、皮膚と肉を被せて。服の上に『人間』を重ねて。


 安らかに、埋没していく。

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ホネホネダンス 遊月奈喩多 @vAN1-SHing

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