第3話 変わった習慣
よく晴れた朝。
窓から入ってくる陽光を感じてヒデアキは目を覚ました。
ヒデアキが今いるのは店の部屋だった。生活空間は殆どジャスミンの部屋になっていた。ヒデアキがそうした。
ジャスミンは流石に悪いといっていたが、ヒデアキは押し通した。慣れてはきたが、他人との境界線は最低限、ヒデアキは保っておきたかった。
壁に背を預けている体勢でヒデアキは眠っていた。起き上がる。この体勢はさほど珍しい事ではない。むしろ、普通の事だった。すぐに動けるような体勢で寝るのは、一般市民が寝具で眠る程度には当たり前だった。
ジャスミンはその事でヒデアキを心配してき事はあった。ただ、ヒデアキが「この体勢が一番、良く寝られます」とこたえると、諦めた。
勘定台までヒデアキは移動する。そして、引き出しから酒瓶を取り出した。封を切って、そのまま口をつけて呑む。一日最初の一口が喉を過ぎる。
ヒデアキは酒をよく吞む。いつからそうだったのか。それはヒデアキもしっかりと覚えていない。ただ、ここで店を構えた時ぐらいだったのは覚えていた。それがもう、習慣となっている。
瓶を引き出しに戻す。一息ついて、ヒデアキは店の鍵を開けて看板を表に出した。誰も来る気配はないが、これも完全に習慣と化していた。
「……おはよう」
店に戻るとジャスミンがいた。寝起きなのか、ぼんやりとした顔をしていた。ヒデアキは緊張した。表では見せないであろう彼女の姿に、心奪われているのに気付いたからだ。
「おはようございます」
ヒデアキはすかさずそういった。仮面で見えないが、その顔は焦っているに違いない。
「うん」
まだ眠いのか、はっきりしない声でジャスミンがこたえた。
そんな何気ない動作に心が奪われているのを自覚しつつ、ヒデアキは口を開く。
「今日は暖かくなりそうです。昨日は少し冷えましたね」
ヒデアキはいった。
今の季節は春。昨日はまだ冬の気配があった。
「そうね」
短くジャスミンがそういって、勘定台の方へと向かった。ヒデアキはそれを黙って見つめている。
「また、お酒? あまり関心しないわ」
引き出しを開け、ジャスミンがつぶやいた。呆れている気配があった。
「……失礼いたしました」
ヒデアキは謝罪の言葉を述べた。以前から、朝一番に酒を呑む事を咎められていた。ヒデアキは素直に申し訳ないと思っていた。だが、中々やめられない。習慣をやめられない。一種の病なのかもしれなかった。
「まあ、酒に溺れてる訳ではないみたいだけど……気をつけた方がいいかもね」
ジャスミンはそういって目をこすった。
「あと、私の方がお邪魔してる立場なのに、こんなに好き勝手にしていていいのかしら。あなたはずっとその態度だし」
「お構いなく。私の習慣です」
ヒデアキはジャスミンの言葉にそうこたえた。
「うーん……私には好きにして良いっていってたのに、それだと不安になるわね……」
ジャスミンが悩まし気につぶやいた。
ヒデアキとしては他人がどう振る舞っていても、自分に害が無ければ気にしない。今回に関しては、ヒデアキが一線引いておきたいという気持ちがあった。
これ以上、心が惹かれてはいけない。そう感じていた。
「朝食にしましょうか」
つぶやきをヒデアキはあえて無視して、ジャスミンへいった。
質のよくない黒パンとスープをヒデアキは用意した。2人は同じテーブルを囲む。
「……食事の時ぐらい、その仮面をとったらどうかしら」
食事中。ジャスミンがいった。
「見せられる顔ではありませんので」
ヒデアキはちまちまとパンを小さくちぎって、口へと運んでいた。
「そう。まあ、無理にとれとはいわないわ」
ジャスミンが諦めたようにつぶやいた。こういうやり取りは今が初めてではなかった。何度かあった。
「いえ、ご迷惑をおかけします」
ヒデアキは冷静な態度のままこたえた。そこで会話は途絶えた。
食べ終えた朝食を片付けて、ヒデアキは店番という相変わらず何もない習慣をこなしていた。
「お客さんを呼ぶ気はあるの?」
そんなヒデアキを見てジャスミンが呆れの混じった声を出した。
少しヒデアキは考える素振りを見せた。客を拒絶はしていない。ただ、歓迎もしていない。そんなふうにヒデアキは思った。
「一応、ありますよ」
「そう? あまりそういうふうには見えないけれど」
「道楽のようなものですから」
ヒデアキはいう。これが道楽になっているのかは、自分でも微妙だとヒデアキは感じていた。
「ふうん……」
ジャスミンはそうつぶやいただけだった。
ここ最近の彼女の定位置は、大きな壺、蓋をされたその上だった。立派な商品ではあった。ただ、わざわざ注意する気分にもなれず、ヒデアキは放置している。
ただ時間だけが過ぎ去っていく。ヒデアキは勘定台の位置。ジャスミンはその付近にある壺の位置。そこにただ居るだけだった。会話らしい会話はなく、本当に時間だけが失われていく。
ジャスミンと出会う前のヒデアキなら、何も感じなかったかもしれない。ただ、今は違う。何処か安心感がある。これがジャスミンではなく、違う誰かだったらどうだったろうか。ヒデアキは少し考えた。きっと、安心感を覚える事はないだろうと思った。退屈で苦痛。そんな感情を自分は抱く。
仮面の下からヒデアキはジャスミンを見た。目が合った。ヒデアキは少し驚きを感じつつ、そのまま目を逸らさずに見つめていた。そして、口を開いた。
「何か?」
冷静な態度のまま、ヒデアキはたずねた。
「何んとなく、あなたの様子を見てたの。特別な事はないわ」
「そうですか。そういう時もありますね」
「ええ、特にやる事もないようだし」
ジャスミンが来客の気配がない店内を見て、苦笑していた。
「掃除でもしましょうか。流石に退屈だとキツイものがあるでしょう」
ヒデアキはいって立ち上がった。
「そうね。何もないのは退屈だもの」
ジャスミンは続ける。
「ただ、あなたといるこの時間は嫌いじゃないわ。何故か」
ジャスミンのその言葉を聞いて、ヒデアキは自分の動きが鈍くなったように感じた。この喜びが何処からやってきたのかは、ヒデアキにはわからない。ただ、ずっと続いて欲しいと思ってしまう。そんな感覚があった。
「……掃除道具を持ってきますね」
ヒデアキは辛うじてそう口にして、掃除道具をとりに店の空間から離れた。
私は少女を拾った Gonbei2313 @Gonbei2313
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