酔っ払い上司、部下にカミングアウトされる

南雲 皋

ーーー

 始まりは、春から夏になろうとする金曜日の夜のことだった。


 少し大きめのプロジェクトが一段落ついたので、四月に入社した部下も含めた数人を引き連れて打ち上げをすることになったのだ。

 部下の予約した個室レストランで打ち上げをした後、居酒屋で二次会になった。

 気分良く酒を飲み、仕事の愚痴を聞いてやり、己の武勇伝を嬉々として語った。


 楽しい会になったと、そう思っていた。

 

 終電間際、全員分の会計をカードで支払うと、まだ少し語り足りないと思い三軒目への誘いを口にした。

 当然のように全員から行きましょう、と返事が来ると思ったのに、一人、また一人と明日の予定を理由に帰っていってしまう。今どきの若者というのは、そういうものなのだろうか。

 

 居酒屋の前に残ったのは、俺と葛城かつらぎの二人だけ。

 俺よりも10センチは身長の高い葛城は、律儀に俺と目線を合わせるように屈んだ。

 そして、眉根を寄せて言いにくそうに、俺に耳打ちをするのだった。

 

「あの、みんな帰ったんで言うんですけど、性癖暴露はやめといた方がいいっスよ……アブノーマルなヤツとか、あいつら引いてたんで」

「えっ、マジ?」


 下ネタは鉄板だと思っていた。どんな男でも食い付いてくる話題だと思っていたのに、まさか引かれていたとは。俺は少し落ち込んで、アスファルトの地面を見つめた。

 

「ウッス。あと、その、無自覚だと思うんスけど、俺みたいなの興奮さすんで、気を付けてください」

「……えっ?」


 思わず顔を上げると、想像以上の近さに葛城の顔があってビックリする。

 まつ毛、長いな……じゃなくて!

 今、なんて言った?

 

「だいぶ酔ってますけど、忘れてくれますよね?」

 

 たぶん、無理。


 

§

 

 

 翌、土曜日。

 窓から差し込む太陽の光が顔面に直撃して目を覚ます。

 寝返りを打っただけなのに頭が割れるように痛み、水を飲みにキッチンへと向かった。

 冷蔵庫を開けると、ミネラルウォーターのペットボトルが一本。

 普段の自分では買わない銘柄のそれを見て、昨日の記憶がフラッシュバックした。


『俺みたいなの興奮さすんで、気を付けてください』


 それって、葛城が俺に興奮したってこと、でいいんだよな?

 え?

 俺に?

 三十六歳、独身、彼女なし、最近の悩みは下腹部のたるみな、俺に?


「いや、嘘だろ……?」


 葛城の発言もそうだが、今、俺の顔が熱いのが信じられなかった。

 慌てて洗面所の鏡を見ると、やっぱり顔は赤らんでいる。

 この赤ら顔は、酒のせいじゃない。昨日の、超至近距離で見た葛城の顔と、あの衝撃発言を思い出して赤らんだ、顔だ。


 いやいやいや。

 まさか。


 だって、俺が好きなのは女の子だ。

 確かに、結婚式の直前に婚約者がやっぱり浮気相手と結婚するとか言って逃げて以来、女の子と交際に発展しそうになると拒否反応が出るようになったけど。

 でも、俺の性的指向は女のままだ。

 昨日話した下ネタだって、全てはお金をお支払いして抱かせていただいた女性たちとしたことで。


 女に裏切られたから、男しか無理になったとかそういうことは一切ない。

 男が好きだなんてそんな感情、抱くはずが、ない……よな?


 だが、高校の時に隣のクラスの可愛い子が自分のことを好きらしいって話を聞いたときに似たむず痒さが、俺を襲っている。


 なぜ?


 たぶんまだ酒が抜けきっていないのだ。

 だからこんな訳の分からない思考回路になってしまうのだ。


「よし、飯を食おう」

 

 軽く雑炊かうどんでもと思ったのだが、驚くほど何もなかった。

 そういえば先月風邪を引いて寝込んでいたときにストック品も含めて使い果たしてしまったんだっけ。


 仕方がないのでコンビニへ行くことにする。

 めちゃくちゃ近所なので、別にきちんとすることもないだろうとTシャツ短パンサンダルで家を出た。


 マンションのエレベーターを降りて、コンビニへ。

 ペタペタとサンダルを鳴らして歩いていると、遠く、視線の先に、葛城が見えた。


「えっ?!」


 アイツ、家この辺だったか?!

 

 俺は慌てて電信柱の陰に隠れる。

 普段、職場ではアイロンのきっちり掛かったスーツやYシャツを身に着けていて、部下たちにも『営業職は見た目が九割だから』などと言っている俺が、こんなだらしない恰好をしているのを見られたら幻滅されてしまう。


 そこまで考えて、また自分の思考に混乱する。

 なんだよ、幻滅って。

 説得力がなくなるとかだろうが。

 っていうか別に葛城からどう思われようが関係ないだろうが。

 

 そんなことを考えているうちに足音はどんどん近付いてきて、俺はそれが葛城の体格によく似た別人だったことに気付くのだった。


「よ、よかった…………」


 だから何が?

 なんなんだ、俺、マジで!


 結局、土曜も日曜もずっとそんな調子だった。

 気分転換に出掛けても、ふとした瞬間に葛城のことを考えてしまうのだ。


 どうしたらいいのか分からないまま、月曜日を迎えてしまって絶望する。

 大丈夫か、俺。


 出社してデスクに向かうと、既に葛城も自席に座っていた。

 俺のデスクからは部下たちのデスクが一望できる配置になっているから、必然的に視界に入り込んでくる訳で。


「おはよーございます」

「お、おう……おはよう」


 いつもなら、コーヒーを淹れに行く流れで今日の営業先について軽くアドバイスしたり、世間話をするのだが、今日は無理だった。

 顔を見たら、絶対に赤面する。


 俺はなるべく葛城の方を見ないように給湯室に向かった。

 自由に飲めるインスタントコーヒーを自分のマグカップにセットし、お湯を注いでいると人の気配がする。

 狭い給湯室だ、譲り合わねばと視線を向けると、そこにいたのは葛城で。


「…………ッ!」


 思わず顔を逸らしてしまったのは、どう考えても悪手だった。

 葛城の手が俺の腕を掴み、壁に押し付けられる。


 これ、壁ドンじゃん。

 顔のいい高身長のやつにやられると、迫力エグいな。などと現実逃避をしていると、葛城から絞り出すように声が漏れた。

 

「あの…………覚えてるっスよね……」

「え、えーと……まぁ、うん」


 俺がそう言うと、掴まれた手が離される。

 え? と思う間もなく、葛城が勢いよく頭を下げた。

 

「すんませんっした!」

「えっ?!」

「だって、俺の顔も見たくないくらい嫌だったんスよね……だから」


 葛城の声は震えていた。

 顔も見たくないくらい嫌というか、むしろ顔も見たくないくらい気になってしまっているのだが……今それを口にするとよくない気がした。


「いや、それは、あーーーーーうーーーーーん、……今日の夜空いてるか?」

「空けます」


 わぁ、即答。


 その日の業務はそれほど面倒なものではなかったので、俺も葛城も予定通り定時で上がることができた。

 予約しておいた個室居酒屋に入り、生ビールを二つ。

 ジョッキの半分くらいを一気に飲み干して、正面に座る葛城をにらみつけた。

 

「あのさ! 昨日も一昨日も、ずっとお前のことで頭がいっぱいで、お前の顔見たら恥ずかしくて堪んねーワケ。これなに? どうしてくれんの?」

「えっ?」


 葛城はぽかんとした表情を浮かべたあと、みるみるうちに顔を赤く染め、潤んだ瞳で俺を見た。

 立ち上がり、俺の近くまで歩いてくると、また深々と頭を下げた。


「責任取ります!!!!!」

「そーしてくれると助かるわ……」


 勢いよく顔を上げた葛城は、めちゃくちゃ嬉しそうな顔をしていて、その笑顔の直撃を受けた俺は鳥肌が立つくらいに震えた。


 今、俺の顔、絶対にヤバい。

 

「マジ、ちょっと、おま、こっち見んな」

「いや、無理っス、可愛すぎる。あの、ホント、無理だったらぶん殴ってください」

「は? いや、ちか……ちょ……!」


 ほとんどのしかかられるように唇を奪われ、俺は葛城の頭をベシッと叩いた。


「ここ店だぞ!」

「早く出ましょう、二人っきりになりたい」

「お前……目、こわ」

「あ、すんません……つい……」


 葛城を正面の席に座らせ直すと、俺は容赦なく食べたいものを注文した。


「ええ……!」

「食ったら行ってやる」

「マジすか! 予約しときます」

「行動力ぅ…………」


 これからの俺は、いったいどうなってしまうんだろうか。

 俺はとりあえず、考えることをやめた。



【了】

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