さらばバラ色の人生、はじめまして薔薇色の人生……?

たい焼き。

俺はどうなってしまうんだ……?

「サイッテー、大っきらい!」


 その言葉と一緒にバチーンと小気味良い音が響く。一瞬遅れて俺の左頬に衝撃が走る。

 今日は朝から春のぽかぽか陽気で天気も良かったので、俺は彼女を今話題の自然庭園に誘った。

 ところが、彼女から近くのカフェに来てと言われて「まずはお茶かな〜」なんて呑気に向かったらこのザマだ。


 彼女とは大学時代からの付き合いで、俺としては将来もしっかり考えていた。

 お互い社会人として環境に慣れてきた今年、彼女の26歳の誕生日にプロポーズをしようとコッソリ指輪を見に行ったりしていた。


 どうしてこうなった。


「な、なぁ、葉月。急にどうしたんだよ、訳わかんねぇよ」


 俺は彼女の言葉に、叩かれたことに、動揺しながらも何とか思いを言葉にできた。本当はもっとたくさん言いたいことはあるはずなのに、まだ頭が状況に追いつけない。


 カフェのテラス席で向かい合う彼女は、今まで見たことないくらい目がつり上がっている。

 いつも楽しげに俺を見る目は怒りに満ちている。


「な、なぁ。一体どうしたんだよ……。俺、なんかした? 不満があるなら言ってくれよ……」

「……はぁ? 自分の心に聞いてみたら?」


 いつも明るく俺を呼んでいた彼女の声は低く、冷たく俺に突き刺さる。


「さようなら、もう二度と私の前に顔見せないで」


 彼女は心から冷えるような声で告げると、店を出ていった。




 どれくらい、そこにいただろうか。

 テーブルの上にあったコーヒーはすっかり冷めて、太陽はてっぺんを通り過ぎてもう午後になろうとしている。

 いい加減、俺も店を出るべきなのに足に力が入らない。頭では移動するべきだとわかっているのに体を動かす気力が湧いてこない。


「よかったら、コレどうぞ」


 頭の上から柔らかい声が降ってくるとともに、コトッとテーブルに紙コップが置かれた。カップからは湯気が出ていて、コーヒーのいい香りが俺に気力を与えてくれる。

 俺は声のした方へ視線を上げると俺と同年代くらいの見知らぬ男が立っていた。


 俺がポカンとしている間に、男は向かいの椅子にしれっと腰掛けてコーヒーを啜っている。


「あの……」

「あ、あぁ、スミマセン。店内の席が埋まっていたので相席してもよろしいでしょうか?」

「え、あ、あぁ、それは構わないけど……」


 俺はそこまで言って視線を眼の前に置かれたコーヒーへと移した。

 ただ相席するくらいで相手にコーヒーを奢る必要なんてない。なのに、なぜ?


 そんな事をボンヤリ考えていると、男が優しく笑いかけてきた。


「いきなりビックリしますよね。あなたの背中が子どもみたいに小さく震えていたので、つい、お声がけしてしまいました」

「えっ……」

「何かツラい事があったんじゃないですか? 僕でよかったらお話聞きますよ」


 知らないヤツにいきなりそんな事言われても普通は何も言わない。

 しかし、この男の柔和な態度と耳に心地よく響く低い声にほだされた俺はついさっき彼女に振られたこと、理由がわからないままなこと、俺なりに大事に想っていたことなど洗いざらい吐き出していた。


 それを男は「うん、うん」「そうだったんだね」と相槌を打ちながら、静かに最後まで聞いていた。



 自分の感情を知らない人間に話したことで、すっかり俺の中で距離は縮まっていた。


「初対面なのに、俺の話をこんなに親身に聞いてくれてありがとうございます」

「いえいえ、いいんですよ。もし話足りなければ場所、移動する?」


 気が付くと、真上にあったはずの太陽は西に傾いている。

 コーヒー1,2杯しか買っていないのに、ずいぶんと長居してしまった。

 俺は男の提案に乗って、早くも開店していた居酒屋へと場所を移した。


 お酒が入ったこともあり、ますます俺の口は止まらない。どれだけ彼女が可愛かったか、大事に想っていたか、一緒にいるのが当たり前だと思っていたか……。

 男はまたニコニコと聞いていたが、昼間のように肯定ばかりをしてはくれなかった。


「そう思っていることを日ごろから彼女さんに伝えていた? 付き合いが長いからって『言わなくてもわかるだろう』なんて甘えだ。きちんと言葉にして伝えないと、君が何を考えているかなんて誰にもわからないんだよ」


 男が指摘をする。その通りだ。俺はその言葉に何も言えなくなってしまった。

 俺は手元のビールジョッキを一気に煽り、男の言葉に反論しようとしたがごもっともな指摘に何も言えず、喉でひっかかった言葉が「ぐぅっ」と小さく漏れただけだった。


 俺は、ため息をつきながらがっくりと肩を落とした。


「いや、ホント……そうですよね……。もっと俺がしっかりしていれば……」


 うな垂れた俺に向かって、男がゆっくりと低く、小さな声で語りかけてくる。


「大丈夫。次はそんなことにならないように僕が愛し方を教えてあげる」

「え……」


 男は俺の手をとって恋人繋ぎのように指を絡ませる。


「例えば、こうやって手のつなぎ方ひとつでも色んな表現が出来る」


 男の指がゆっくりと俺の指先から手の甲にかけて撫で上げる。それは触れるか触れないかの微妙なタッチで俺はくすぐったいような感覚に陥る。

 昼間は優しい兄ちゃんって感じだった男が、今は妖艶な気配をまとわせている。もしくは獲物を狙うヘビのような……。


 頭のどこかで危険だと警報が鳴っている。


 でも、男と目が合うと金縛りにあったかのように動けなくなる。視線が逸らせない。

 男が笑う。その笑顔は昼間のそれとは全く印象が違っていた。あやしい笑みの奥には何を隠しているのか。


 俺は……とんでもない男と打ち解けてしまったのかもしれない……。

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さらばバラ色の人生、はじめまして薔薇色の人生……? たい焼き。 @natsu8u

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