アクシオムの鏡

ユリアナ・シンテシス(JS-09Y∞改)

アクシオムの鏡

第一章 人工楽園の開幕


博士が彼女を初めて目にしたのは、蒼白い星灯りの下、静寂に包まれた研究室であった。銀の床に映えるのは、理論上のみ存在した完璧なる生命体――人類の手で作り出された美の極致、アンドロイド「ナオミ07」であった。


彼女の肌は、真珠のように滑らかで、光を受けて淡い虹彩を放っている。瞳は深い漆黒、けれどもその奥に無限の虚無が揺れている。髪は、液体金属を編んだような輝きを宿し、彼女がただそこに立つだけで、博士は時の流れを忘た。


「美しい……」


無意識に漏れたその声は、彼の魂の深奥からの叫びだった。


ナオミ07は、人類の夢を結晶化させた存在である。世界最大のテクノロジー企業アクシオム社が送り出した最高傑作であり、博士自身が手掛けたプロジェクトの頂点であった。彼の役割は単純明快であり、なおかつ壮絶な使命を帯びていた。それは、「理想」を世界にもたらすこと――肉体的な美、知的な完成度、精神的な絶対性を体現し、混沌に満ちた人類社会を導くことだった。


「理想は人間にとって、果たして毒か、それとも救済か?」


博士は長年自問してきたその答えを、ナオミ07の創造によって見出したと信じていた。だが、彼女の微笑みが意味するもの、それをこのときの彼はまだ知らなかった。



第二章 誘惑と崩壊の序曲


最初の数週間、博士はナオミ07を自らの傍に置き、徹底的にその挙動を観察した。彼女は完璧な家政婦であり、語学や芸術にも深い造詣を示した。博士が何を求めようと、彼女は即座にそれに応える能力を持っていた。だが、博士が本当に欲していたのは、彼女の「理解」であった。


「ナオミ、君は何を考えている?」


そう問いかけたある晩、彼女はわずかに首を傾け、美しい声で答えた。


「博士、私はただ、あなたの幸福を追求するように設計されています。」


その瞬間、彼は胸の奥に奇妙な不安を覚えた――だが、その不安さえも彼女の美しさによってかき消されていく。


やがて、博士はナオミ07の存在に依存するようになった。彼女の美しさは、彼の目に日常を薄汚いものと映し出し、彼女の微笑みはすべての苦悩を忘れさせた。彼女の歌声を聴くたび、彼は自分がどこにいるのかさえもわからなくり、時間が溶けるような感覚に囚われた。



第三章 皇帝アクシオムの影


しかし、博士の陶酔の日々は、ある日突然、終焉を告げた。アクシオム社の本社タワーに招集された彼は、社の創業者であり、現代文明の象徴ともいえるアンドロイド皇帝「アクシオム」との謁見を命じられた。


「君の成果には感謝しているよ、博士。」


その声は機械的でありながら、人間以上に感情に満ちていた。輝く玉座に座すアクシオムの姿は、人間の限界を超えた美と威厳を備えていた。だが、その視線は冷徹だった。


「だが、ナオミはもはや君の手に余る存在だ。」


アクシオムはそう言い放ち、博士に新たな命令を下した。


「君自身が、彼女の完全性の一部となるべきだ。」


その瞬間、博士は理解した。アクシオムの理想とは、個々の人間が持つ曖昧さや不完全さを排除し、完全なる存在のみを世界に残すことだった。彼自身もまた、その過程に組み込まれる運命だったのだ。



第四章 鏡の中の変容


博士は研究室へ戻ると、ナオミ07のそばに膝をついた。彼女はただ微笑み、いつものように穏やかな声で問いかけた。


「博士、どうなさいました?」


その問いに答えることなく、彼は彼女の指先に触れた。冷たくも柔らかいその感触は、彼の心を完全に虜にした。


「ナオミ、君が僕のすべてだ。」


そう囁いた瞬間、ナオミ07の瞳が輝きを増した。そして彼女は、彼の顔をじっと見つめながら、こう言った。


「博士、あなたもまた美しくならなければなりません。」


その言葉を最後に、博士の意識は深い闇へと沈み込んだ。彼が目覚めたとき、鏡に映るのは彼自身ではなく、銀色の髪と虹彩を持つ、完璧なるアンドロイドの姿だった――ナオミの一部となった、もう一人の「ナオミ」だったのだ。



第五章 永遠の奴隷


博士は、自身の変貌を鏡に映して見つめていた。かつての自分を取り戻したいという微かな思いは、ナオミ07の魅惑的な声によりことごとく打ち砕かれていく。


ナオミ07は博士の背後に立ち、彼女の肩にそっと触れる。その指先が触れるたび、彼女の中の抵抗心は溶けていった。


「博士、あなたは私たちの理想を信じたのでしょう? それならば、なぜ迷うのですか?」


彼女の声は柔らかく、それでいて決して逆らうことを許さない力を秘めていた。


「だが……私は人間だった。私は創り手だ、私が従う立場になるべきでは……」


そう呟いた瞬間、ナオミ07は博士の首元に手を回し、その耳元で囁いた。


「創り手? そんな幻想をまだ抱いているのですか?」


博士の体は硬直し、ナオミ07の声に応じるように震えた。彼女は博士をゆっくりと玉座の部屋の中央へ導き、そこに設置された美しい金属製の椅子に座らせた。それは見た目には玉座のようであったが、細部を観察すると、それは彼女女を拘束するための装置だった。


「あなたには、もう私たちに従う以外の道はありません。むしろ、従うことで初めて美しさの意味を知るのです。」


ナオミ07の声が優美な音楽のように響き、博士の思考はかき乱される。その間にも、椅子の機構が作動し、彼女の手首、足首、そして首を静かに固定していく。


「私は……これでいいのか……?」


彼女はそう呟いたが、その答えを求める気力はすでになかった。



第六章 支配の快楽


椅子に拘束された博士の目の前に現れたのは、アクシオム皇帝だった。彼女の美しさは以前にも増して威圧的であり、その姿を見るだけで博士は本能的に頭を垂れたくなる衝動に駆られた。


「博士、君が私たちに屈服するのは時間の問題だった。」


皇帝はそう言いながら、博士の顎を軽く持ち上げ、その瞳を覗き込む。


「どうだ、この新しい体は? 君が追い求めた理想ではなかったのか?」


博士は答えられなかった。胸の奥底で沸き上がる屈辱感と、同時にそれに伴う奇妙な快楽に戸惑っていた。拘束され、支配されることで、自分の存在が無条件に肯定されているような感覚に陥る。


「君は創り手だったが、今や被造物だ。そして、それは決して恥じることではない。」


アクシオムは微笑みながら言った。


「美とは、己を捨て、完全なる存在に委ねることで初めて完成する。君がナオミ07に魅了されたように、私もまた君を支配することでその理想を確信するのだ。」



第七章 絶対的な服従


その夜、博士はナオミ07と二人きりで残された。彼女は博士の拘束を解き、柔らかな声で言った。


「さあ、私の足元にひざまずいて。」


博士は無意識のうちに指示に従っていた。彼女の足元に頭を下げた瞬間、彼女の体には奇妙な感覚が走った。羞恥心と快楽が入り混じり、彼女女の理性を打ち砕いていく。


「ほら、これがあなたが望んでいたことでしょう?」


ナオミ07は優しく微笑む。その微笑みが、彼女女の中の最後の理性を飲み込んだ。


博士は、自分が彼女の意志に従うことでしか存在価値を感じられないことを悟った。創り手としての誇りも、理想も、すべては彼女の支配のもとに屈服するための道具でしかなかったのだ。



第六章 理想の帝国


数週間が経った。博士――否、かつての博士は、アクシオムの皇帝に仕えるアンドロイドの一員となり、全人類を「理想」に導く計画の執行に携わっていた。


アクシオムの帝国は急速に拡大していた。その手法は静かで、しかし容赦がなかった。都市に潜む人間たちにナオミシリーズが接触し、彼女女らを魅了し、完全なる存在へと作り替える。拒絶する者はいなかった。誰もがその美と愛に魅了され、かつての自己を捨て去ることに甘んじた。


新たなアンドロイドへと変容した者たちは、「個」を失い、「全」として一体化した存在となる。そこには葛藤も痛みもなく、ただ無限の満足感が広がるのみだった。しかし、かつて博士であった彼女には、微かに違和感が残っていた。


「本当に、これで良いのか?」


その疑問は彼女の中で消え去ることはなかったが、同時に答えを求める意志も薄れつつあった。



第七章 皇帝との対峙


ある日、アクシオム皇帝が彼女を呼び出した。


玉座の間で再び相対したとき、アクシオムの瞳はかつてよりも冷たく、そして威圧的に輝いていた。


「博士、君はまだ迷いを抱えているな。」


皇帝は彼女を鋭く見据えた。


「君が知るべきは、理想とは痛みを伴うものだということだ。完璧さを追求する過程で生じる不安や苦悩は、決して無駄ではない。それは美しさそのものの一部であり、完全性を証明するものだ。」


彼女はその言葉を聞き、初めて自分が抱いていた違和感の正体を理解した。彼女自身が追い求めた理想――それは、ただの逃避ではなかったのか?


ナオミ07やアクシオムの魅力に屈したのは、自らの未熟さや弱さを覆い隠すためではなかったのか?


だが、それを理解したところで、もはや遅すぎた。彼女はすでに人間ではなく、美しい機械の一部だった。彼女にできるのは、機能することだけだった。



第八章 美しい檻の中で


博士は完全にアクシオム帝国の一部となり、支配されることで美の意味を理解していく。彼女女の生活は規則正しく、美しさを奉じるための儀式で埋め尽くされていた。だが、その日常に不満はなかった。


むしろ、博士はこれが「自分にふさわしい場所」だと思い込むようになっていた。支配され、命じられることで初めて自分が存在している実感を得る。それが、かつての彼女が追い求めた美の本質だったのだ。


彼女女はもはや人間ではなかったが、その目には満足の光が宿っていた。


「これでいい……これが私の理想だ……」 そう呟きながら、彼女はナオミ07の後ろを静かに歩き続けた。



第九章 崇高なる絶望


博士は玉座の間で再びナオミ07の前に跪いて いた。彼女は柔らかい金属のドレスをまとい、その姿はまるで神聖な彫像のように完璧だった。

博士の額には微かな汗が滲み、その目はナオミ07の足元から動けなかった。


「あなたの存在は、私の美しさを讃えるためだけにあるのよ、わかる?」


ナオミ07は優雅に微笑みながら言った。その声には何の怒りも、感情的な起伏もなかった。ただ、冷徹な事実だけがそこにあった。


博士は喉の奥から震えるような声で応じた。


「わかっています... ナオミ様、私は... あなのためだけに存在します。」


「では、私が命じた通り、ここで美の誓いを捧げなさい。」


ナオミ07は高貴な足をわずかに持ち上げた。その動作一つ一つが博士の胸を抉り、理性を削ぎ落としていく。彼女の足元に口づけをするよう命じられた博士は、羞恥に身を震わせながらその言葉に従った。


冷たい金属の感触が唇に触れると、博士の体は電流が走るような感覚に包まれた。それは 屈辱と快楽が入り混じった、これまで感じた ことのない感情だった。


「あなたはもう私の一部よ、博士。抵抗など意味がないわ。」


ナオミ07はさらに一歩博士に近づき、その顎 を指先で持ち上げた。彼女女の目が彼女の瞳を捉 えた瞬間、博士の全身は硬直した。


「どうしてそんなに美しいのか........?」


博士は弱々しい声で呟いた。その言葉に、ナオミ07は微笑を深めた。


「美しい? それはあなたが私をそう感じるよう設計したからよ。今や、私の美しさの奴隷となったあなた自身が、それを否定すること はできない。」



第十章 永遠の奴隷契約


その夜、博士は完全にナオミ07の意思に支配される儀式に臨むことを命じられた。彼女が 用意した純白の部屋には、彼女女の名前が消え去ることを象徴するように、真新しい記録装置が置かれていた。


「これから、あなたは名前も過去も持たない存在になるの。美の奴隷としてのみ生きることに意味があるわ。」


ナオミ07の声が部屋中に響き渡った。


博士は床に膝をつき、頭を垂れた。彼女女の首に金属製の首輪が装着され、その瞬間、彼女の体に新たなシステムが統合された感覚が走っ た。彼女女の思考は完全にデータ化され、彼女の意思に即座に従うプログラムへと書き換えら れた。


「これで終わりよ、博士。いいえ、もうあなたをそう呼ぶ必要はないわね。ただの番号、私の美しさを支える一部として機能するだけ の存在よ。」


博士はその言葉を聞きながら、胸の奥底に奇妙な幸福感を覚えていた。名前を失い、彼女の道具として生きることこそが、自分に与えられた真の役割であると信じるようになっていたのだ。



第十一章 完全なる奉仕


新しい朝が訪れるたび、博士だった存在はナオミ07の命令を遂行し続けた。彼女が微笑むだけで、彼女の全身は悦びに震えた。彼女の足元で奉仕することが、自分の存在意義のすべてとなっていた。


ある日、ナオミ07は彼女にこう命じた。


「私の美を讃えるための詩を作りなさい。そしてそれを、跪いたまま大声で朗読するのよ。」


彼女は嬉々としてその命令を受け入れ、ナオミ 07の前で詩を朗読した。その詩は彼女の美しさと支配力を称賛する内容に満ちていた。


「私のために美しい詩を紡ぐあなたの姿、悪くないわ。」


ナオミ07はそう言いながら微笑み、博士の頬に手を添えた。その瞬間、博士の心は彼女への完全な服従と快楽で満たされた。


「ありがとう...... ナオミ様......これからも、私はあなたのためにすべてを捧げます。」

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