薔薇色を追求する男

解体業

薔薇色を追求する男

 誰も見たことがない、全く新しい色のバラをつくる――これだけでも、彼がバラの開発へ全精力をかける理由は十分だった。世界に衝撃を与え、自分の名を歴史に刻む。その野心は日に日に大きく膨れ上がり、彼を突き動かした。


 新しいものを創造するには、まず前例を学ばなければいけない、ということで、彼は青いバラが生み出されるまでの過程を調べた。

 青いバラはかつて「存在しない」や「不可能」という花言葉を持っていた――それが「夢 かなう」や「奇跡」という花言葉を持つようになった。品種改良のみでは「不可能」ではあったものの、十五年近くの年月を費やし、ついに実現した青いバラ。そこから、彼は「常識にとらわれては新しいものはつくれない」ということを学び取った。

 物事というのは見方によって大きく変わる。すなわち、受け手にほとんどが委ねられている。だから、彼がこのように感じたのには彼の気質に起因している。もっとも、彼の気質のもとが彼の育った環境にあるのか、はたまた生まれもったものなのかは分かり兼ねるが、ともかく、彼は「常識を破る」という旗印の下で突き進むことを自らに課した。

 

 バラの開発にあたり、新しいバラの色について、案をノートに書き出そうとした。

「赤色、青色、緑に紫、単純な色はもう開発されている。もし、緑や紫のバラが開発されていなかったとしても、緑や紫のバラというのは常識の範囲内にあるはずだ」

 彼は「金」という字をノートに書いた。

「金……金ならインパクトもあるし、常識を破るような発想……かもしれないけど、本当に、金色のバラってつくれるのかな……。いや、青いバラだって不可能と言われていたものを成し遂げたんだから、金色のバラはつくれないと思うのは、それこそ常識の範囲内の考えだ。しかし、金というのは、やっぱり常識の範疇にあるかもしれない。なんでもかんでも金にすればいいという話でもないし、金色のバラというのは何だか陳腐な気がする。金では、ダメだ」

 そう言って彼はノートに書いた「金」の字をバッテンで消した。

「常識に囚われている気がするな……。次こそは常識に囚われないアイデアを出さないとな……」

 次に彼が考えたのは「透明なバラ」だった。

「透明......これはどうだろう。光を透かし、背景が見えるようなバラ。これこそ新しい発想じゃないか」

 バッテンがついた「金」の字の隣に、「透明」と書き込んだ。

「いや、ちょっと待てよ……。真に透明なバラなら、そのバラを見ることはできないんじゃないか……。影……を使おうにも、光が透過するから使えないし……。見えるバラにするためには何かをつける必要があるけど、それをつけたら透明なバラじゃなくなるな……」

 ノートの「透明」という言葉を二重線で消した。

「いくら常識に囚われないようなアイデアでも、見えなきゃ意味がない」

 そう言って彼はペンを持つ右手を緩めた。しばらく目を瞑って考えた後、新しいアイデアを出した。

「キメラ色というのはどうだろう……」

 彼は右手でペンを握り締め、ノートに「キメラ」という言葉を書こうとした。「キ」というこの一画目を書き、二画目まで書き終わった時、彼はあることに気づいた。

「そういえば、今までバラは一色だと決め付けていたな……。やっぱり常識にとらわれている気がする」

 彼は自分自身に「常識にとらわれるな」と二度、言い聞かせた。

「次は二色以上のバラを考えてみようか。まずは、キメラ色の案を吟味したいが、そもそもキメラ色では見る人への負担があるし、インパクトがない。キメラ色の案も捨てよう」

 彼は二画目まで書いた「キ」の字に、縦棒を二本引いた。「♯」になった。

「二つ以上色を使ったバラなら、花びらに模様をつくれそうだ。この案はいいかもしれないな」

 すぐに、彼は自身の発言を否定した。

「いくら模様をつけることができても、その模様が常識に囚われるようなものだったら、どうにもならない。まあ、バラの模様がランダムに生み出されるなら……。いや、でも……」


 彼はその後も新しい案を出しては消し、出しては消し、ということを続けた。そして、案を消すたびに「常識に囚われるな」と自分に言い聞かせた。


 赤いバラの冠が彼の頭をきつく締め付けていた。彼の手足は磔にもされていなかった。また、その冠をつけたのは彼自身であった。しかし、彼はその冠の存在に気づけず、それを外すこともできなかった。

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