アンノウン・アンバサダー

渡貫とゐち

王様とアンバサダー0


 世界大祭せかいたいさいの日が迫っていた。


 表向きは四つの国が集まり交流を深めるお祭りだ。それぞれの国の特産品を紹介したり、新技術のお披露目や、球技で競い合いトロフィーを奪い合う娯楽が用意されている。

 四年に一度の、世界を巻き込んだ一大イベントであった。


 各国、王族が出席するのは当然だが、その他にアンバサダーと呼ばれる代表者をひとり選出することになっている。これは国が決めたひとりだ。偉業を成し遂げた者、国民から好感度が高く、認められた者が対象者となる。


 たとえばアイドル。

 たとえば世界記録保持者。

 たとえば他国で活躍した選手などだ。


 国の代表として王族と並ぶことになる。中途半端な人間には務まらない大役である……なのだが、しかし功績を持つからこその問題もあった。



「世界大祭は明後日なのに……どうするのよ……っ、まさかこのタイミングで……代表者アンバサダーが逮捕されるなんてッッ!!」


 国民から好感度が高く、彼が子供の頃から国民全員が知っている男だった。

 彼は万能でなんでもできた。歌を歌えばアイドルに、舞台に立てば人を感動させる役者となり、ボールを扱えばチームを優勝に導く選手となった。

 足も速く、世界記録を持っている。なにをやらせてもトップレベルの実力を発揮し、国民を沸かせてきた男だ。

 老若男女に愛された男だった……

 だったのだが、彼は大祭の直前で特殊な”薬”を使っているところを写真に撮られてしまい……もちろん違法のものだった。

 一度、写真が世に出回ってしまえば隠蔽することは難しく、国民の弟とまで言われていた彼のスキャンダルは世界を震撼させた……、誰も庇えない状況だった。

 王族でさえ難しい。

 結局、彼を代表アンバサダーとするわけにはいかなかった。

 王族のごり押しでアンバサダーを続けさせても、他国へ見せるとなると受けが悪過ぎる。他国に弱点を晒しているようなものだ。彼を強行して使うメリットよりも、デメリットの方が大きかった。逮捕されてしまった今、彼を代表アンバサダーにすることはできない。


 できないとなれば、代案が必要なのだが……、しかし、他に候補がいるのだろうか。

 いないわけがないのだが――、彼を見てからだと華も功績も数枚落ちてしまうため、物足りないと思ってしまう。

 それに、同じ轍は踏まないように、と思い候補者の身辺調査をしてみれば、まあ出るわ出るわボロボロと。噂程度のものから違反の事実まで諸々があった。

 友人とのトラブルを抱えた者、実は前科があった者――――これは論外だが、罪を犯したが大きな権力で隠蔽されていた者まで出てきた。


 国民の弟を選んだ時点から、もしかしたら詰んでいたのかもしれない……候補者がダメだった時の、代案の候補者を見つけても叩けば出てくる埃が黒過ぎて、なかなか起用できない。

 いつどこでなにをしていたのか分かってしまうから……。

 見て見ぬフリをすればいいのだが、見なかったことにしたのに、それを掘り当ててくる迷惑な連中がいることを忘れてはならない。

 このタイミングで彼を引きずり下ろしたのも恐らくは意図的だろう。直前の降板が最も注目を集めるから――世界大祭での失態は国の存亡に関わるのだが、群れとなった記者たちは気にしないようだ。それとも他国が送ったスパイなのかもしれない……、だとしたら優秀過ぎる。


 いや、少し調べれば分かるようなことではあった。

 隠蔽したとは言っても布で覆ったくらいで、興味本位で探ればすぐに見つけられるセキュリティの甘さである。

 いつバレてもおかしくなかったのだが、これまでバレていなかったのは叩いても埃が出ないことを全員が思い込んでいたからだろう……。夢を見させてくれていたことを当たり前だと勘違いし、本当に夢しか見ていなかったのだ。

 当然、夢は醒めるもので、現実が待っているのだが……

 誰にだって黒い顔はある。

 有名人だけ裏の顔がない……わけがない。


 過去のこと、これからのこと――

 子供も大人も黒く染まる可能性は充分にある。既に黒ければ、いくら白く誤魔化したって隠し切れない。ふとした瞬間に素が出てしまうのだから…………記者はそこを絶対に見逃さない。


「どうする……どうすれば……? 代表者アンバサダーを出さないと私たちの国が今が攻め時だと他国にアピールすることになるわ……っ、なんとかしないと……!!」


「王女様」

「なによッッ」

僭越せんえつながら、私の案を聞いてはいただけませんか?」


 うやうやしく一礼した、長身の側近が言った。

 王女は焦っているせいか、渡りに船と言った状況に笑みがこぼれる。

 自覚した王女が強く咳払いをし、表情に力を入れて側近を見つめる。お世話役として長いこと一緒にいた相手である……だが、彼女がなにを考え、どんな案を思いついたのか、予想もできなかった。

 全部丸投げして王女様がアンバサダーを兼任してしまえばいいのでは? と提案するのかもしれない。その案は、なくはないが、できれば最終手段にしておきたい。

 他国との約束でアンバサダーを出すことになっている。

 今年は出さないとなれば、当然、異変を与えることになってしまう。異変がバレるなら、漏れる程度にしたい。王族が隠蔽できなかった、と態度で喧伝するのは違うのだから。


「恐らく、どなたをアンバサダーに就任させたところで同じことのように思います。叩けば埃が出る人ばかり……というより、埃が出ない人間などいないのです。私も、王女様も、人に言えないことのひとつやふたつ、あります。罪を犯していなくとも、他人の目に触れて不快感を抱かれるようなことはありますから。……ですから、子供も大人も、選べませんね」


「じゃあどうするのよ……、犬でも連れていけと?」


「せめて人でいきましょう……。そうですね……ちゃんと、いるではないですか。つい先日、出生届が出されましたよね?」



 世界大祭――その当日、各国の王族が集まった。


 会談の様子はテレビ中継され、王族同士の交流はいつものように注目度が高かった。

 同時に、アンバサダーが顔を合わせるタイミングでもあり、


『………………』


 四人の王は言葉に詰まった。

 同時に、目では語っていた――「君たちもそうなのか?」……と。



 アンバサダーに選ばれたのは、数日前に

 まだ首もすわっていない、毛布にくるまって、バスケットの中にいる生後数日の赤ん坊――が、お互いに存在を認識? しているのだろうか……。

 聞いても答えてくれない赤ん坊たちは、自分勝手にあうあう言いながら大人たちに囲まれ、全国民から注目されている……、おかしな光景である。


 国の代表者は、過去から現在に至るまで、清廉潔白の赤ん坊だった。

 当然、未来のことは分からない。もしかしたら大犯罪者になってしまうかもしれないが、少なくとも現時点でスキャンダルはない。……はずだ。

 まさか母親のお腹の中で大罪を犯しているわけもないだろう。

 さすがに前科があっても降板ということにはならないはずだ。


「……面倒な世の中になったものだ」


「ええ、代表者を選出することもできなくなるとは。……こうして赤ん坊を出すのは苦肉の策ですよ。この子なら、絶対に叩いても埃は出ませんからね」


「こちらも、この子に闇はない。この子の親は分からないが……、しかしあったとて、親が悪いから子も『悪』、ということにはならないはず――」


「いや、それはどうでしょう。そういった小さな部分を掴んで引っ張る役立たずはいるものです。……国民ひとりひとりが力を持つというのも考えものかもしれないですね」


 王たちが深い溜息を吐いた。


 昔は良かった……本当に。



 すると、ひとりの赤ん坊が笑った。つられて、周りの三人の赤ん坊も笑った。

 ……昔は良かった、だからと言って今と未来が絶望的というわけでもない。

 生きにくい世の中も、生きていけば慣れてくる。

 時間が経てば、今回のような特殊なケースも笑い話になっているだろう――――



 国が認めた赤ん坊。


 果たして、この子たちはどんな大人に育つのだろうか――――



「ひとりくらいは、いてもいいのかもしれませんね」

「? なにがかね?」


「ノースキャンダル人間です。大人になるまで箱に入れて育て上げれば――……そうですよ、監視をしていれば埃なんて溜まるはずもないでしょう? そんなことをすれば私のスキャンダルのネタですが、子に罪はありません。ノースキャンダルなら国民全員が納得するはずですよね?」


「しかし、それは子供の性格が歪むのではないかね? いくら厳しく教育をしたとしても……ノースキャンダルでも人間性が歪めば、代表者にはなれないのではないかね?」


「それは…………うーん……難しいお話ですね」


「まったくだ」




 ・・・おわり

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アンノウン・アンバサダー 渡貫とゐち @josho

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