第5話
ダヴィデは、事前にサミュエルからマルガリータ悪女堕ちの経緯を聞いていた。そこに関わったとある貴族令息の名も。彼が、王都で道楽めいた高級レストランを経営していて、同業他社で競合していることも含めて。
「実は客層がかぶっていて、しのぎを削っているレストランがあります。あちらの店は、期間限定のディスカウントで、一気にこちらの店の客を取りに来た。さて、俺はやり返したいと思っているんですが、あなたはどうするのが良いと思いますか?」
ダヴィデは、ビジネスパートナーとなったマルガリータに、経営の相談をよくした。マルガリータは、そのとき話題にのぼった店の経営が、因縁の相手と知っているかは定かではなかったが、ダヴィデの問いにはいつものように真剣に返事をした。
「安くすると、たしかに一時的にお客様は増えると思うんですが、そのお客様がお店に期待するのは『安さ』になるんですよね。だから、今回その値段が適正価格だと感じた場合、次の値下げ期間まで再訪はしないでしょう。それに『安い店』とイメージのついたお店は、上流階級から敬遠されるおそれもあります。ですからこちらは、安さで対抗するのは得策ではないと思いまして」
「高級路線の強化ということであれば、高いワインを、いま以上に取り揃えますか」
意見を取り入れながらダヴィデがそう言うと、マルガリータは「それも大切かとは思いますが」としっかりとした口ぶりで自分の意見を言う。
「お酒は高級品がたくさんありますが、お酒を召し上がれない方も多いです。飲みたくない状況というのもあるでしょう。そういう方が、水や今まで通りの品揃えのお茶を飲んでいるだけでは単価は上がりませんけど、たとえば高級ワインに匹敵する高額のお茶を用意してみるのはいかがですか? 羽振りの良さのために、無理に得意ではないお酒を飲んでいる方も、安物を頼んでいるわけではないことでメンツが保たれます。単純に、男女問わず人気が出るかと思います。たとえば、私の実家の領地には希少種のお茶がありまして……」
「なるほど。俺にはない視点です。たしかに、お酒を飲みたくない方には、高い酒に匹敵するお茶というのはありがたいかもしれませんね」
目端がきいて、自分の意見を言うことにも物怖じをしないマルガリータは、ダヴィデの仕事のパートナーとしても遺憾なく力を発揮した。
二人で案を出し合って経営をしているうちに、いつの間にか競合店は現れてもすぐに敗退していくのが常となった。無理な値下げに手を出した店は、大きな負債を負って、経営者は目も当てられないほど落ちぶれ社交界から消えたとも聞く。
二人の間でそれが取り立てて大きな話題になることはなかった。二人とも、もはやその相手を、重要な人物とはみなしていなかったからである。
「悪女ですよねえ、私も。あなたにのせられて、小娘の頃からは考えられないほど遠くに来てしまいました」
ある日、経営するレストランの個室で向かい合って食事をしながら、皺のある目元に笑みを浮かべてマルガリータがそう言った。
最近は、以前ほど量を食べなくなったダヴィデは、不思議なことを聞いたように目を瞬く。
「俺の奥さんは、悪女なんですか? よくわかりません」
そして、ティーカップに口をつけてから「ところで、そろそろ『我が最愛の妻の詩』を書き始めようと思いまして」と冗談めかして言い、マルガリータに「まだ早すぎます」と言い返されると、「そろそろだと思うんだけどなあ」と呟きつつ、満ち足りた笑みを浮かべてみせた。
【電子書籍化】ダヴィデには悪女がわからない 有沢真尋 @mahiroA
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