天才ブルー

黄昏ヴァウムクゥヘン

第1話

 雑居ビルの三階にある探偵事務所には、依頼を超スピード解決してしまう名探偵がいるらしい。

 そんな名探偵の最近の趣味は、町外れの壁に現れるアートを見ること。

 「次はここか」

 時刻は午後十時、日もすっかり落ちたことでアートのある高架下は街灯も届かず、ライトを使用することでようやくアートが見えるようになる。

 探偵の男は、小型で光が強いライトでアートを照らす。

 「今回はあからさまだな」

 砂浜に立つ一人の少女を中心に風が視覚的に表現されたそれは、よく見ると少女の足に黒がまとわりついている。しかし少女は、黒を気にもとめないような表情で、真っ直ぐこちらを不敵な笑みで見据えている。

 「またしかし、意識して強さを出しているな。自己暗示的だ」

 そしてこのアートには、一つ仕掛けがある。

 「相変わらず工程が無駄に多い謎解きだな。単体で見たら駄作にもほどがある」

 そう言いながら三十分かけて謎を解く男。現れるのは次のアートの場所。

 「北に二キロか」

 こうして一日一つ、アートの謎を解いていく。今までに解いた謎は八つ、全て街の灯りに照らされることのない目立たない場所に描かれている。

 そして探偵の男は事務所へ戻っていった。

 

 次の日、いつものように午後十時、男は前日のアートから北に二キロ離れた公園にある、中型倉庫の前にいた。

 「恐らくここだが、描かれていないな」

 広い公園を一通り見たが、アートは描かれていなかった。おそらくまだ描かれていないのだろう。

 するとガシャガシャと音を立てながら一つの小さな人影が向かってくる。探偵はその人影を確認すると、電話をする一般人に紛してその場を後にするフリ。

 すれ違う際その人影をちらりと確認する。それは背の低い少女で、片手に大量の塗料、片手に絵筆とローラーを持って、肩に脚立をかけていた。極めつけには頭に乗せたライト付きのヘルメット。

 「よし、描くか」

 少女は脚立を置いて頭のライトのスイッチを入れ、藍のローラーを手に持ち描き始める。

 「はい、現行犯」

 「え?」

 「公共物に対する器物破損、落書きは犯罪だ」

 「そんなのじゃ私は止められないです。いや、止めてはいけないですわ」

 探偵の男の声掛けも聞きいれず描き続ける少女、藍をベースに倉庫の背面を塗っている。

 「止められない、か。なぁお前、名前は」

 「貴島キッカ、菊に華やかで菊華」

 「貴島、確かに才能はあるようだが、それは犯罪に使う才能じゃない」

 「正論に意味は無いですわ、えーと」

 「三田ケイト」

 「毛糸さん、私の絵に魅入られてここまで来たんでしょう?」

 三田は一瞬黙って思考する。確かに魅入られたのは事実だが、だからと言って犯罪を容認する理由にならない。加えて、

 「まぁ、絵に魅力はあるからこそ、ここで使うのはもったいないって話だ」

 「そうですわね、そうかも。まぁやめませんけれど」

 「理由は」

 「私は許される人間ですから」

 会話しながらテキパキと描いていく、少しづつ筆も使う事が増え、それにより絵の輪郭が見えてきた。

 「犯罪が許されることはないぞ。人情的にならばまだしも、法的に許されるということは無い」

 「では私は人情的に許されるのでしょう」

 三田は少し仕掛ける。

 「実は俺探偵でな。あらゆるところに現れる絵が目障りで仕方ないと依頼が来てたんだ。町内会の人迷惑がってたぞ」

 「嘘ですわね」

 実際嘘なのだが、貴島の心情を探るため会話を続ける。

 「根拠は」

 「私は許される人間だから」

 「そうか」

 長い長い沈黙。そのまま一時間ほど経っただろうか。三田も優雅に進む筆に見とれてずっと見ていた。

 絵はもう八割方完成しているように見える。

 「貴島、一応聞くが辞める気は無いんだな」

 「そうね、これが私のアーティストとしての活動、いや、天才としての義務かしら」

 「随分な自信だな」

 貴島は無視して絵に集中し始める。強い風や舞う木の葉、三田の存在も全て消し去ったように倉庫というキャンパスと向かい合う。そうすると、一瞬と感じるほどの速さで描き終えてしまった。

 貴島が脚立から降りたことで、三田にも全体像が明らかになる。

 藍の夜空に大きな月が浮かび、その下に向日葵畑が広がっている。一際大きな一輪だけが月に向かって咲き、それ以外の向日葵が月に向かう向日葵に向かって咲いている。

 「画力が高いことは確かだな」

 「どうも」

 するとジャリ、と砂を踏む音が倉庫に近づいてきた。

 「あの…なにしてるんですか」

 「非行少女を正しに」

 「私の義務を果たしに」

 そうして二人は向日葵畑の絵を見ながら答える。話しかける女性には一瞥もくれずに。

 そんなに良いものなのかと気になった女性は少女の後ろに回りこみ絵を見る。

 そこで三田は初めて女性を見る。スーツにナチュラルなメイクだが、目元のそれは少し落ちている。仕事帰りだろうか。

 それを踏まえて三田は女性に声をかける。

 「俺、この絵好きなんですよ。果てしない自尊心と力強さを真ん中の一輪から感じる。向日葵が太陽の代わりをなしているところも野望を感じて、人間味があります。そして、そこから溢れ出る虚飾も。貴女はどう感じましたか?」

 女性は三田のことを少し見上げると、また絵に視線を戻す。ちょっと違うんですけど、と前置きをした上で話し始める。

 「私は寂しそうに感じます。月に気づいているのは一輪だけで、なんて言うんですかね、月が向日葵に対して嫉妬…というか」

 「本来下にいるものが注目されていることが気に食わない、と言ったところですか」

 「そ、そうです。それでも認めざるを得ないから声に出せないというか、なんというか」

 目の前で絵の感想会を開かれた画家は、少し照れくさそうに脚立を退かし、塗料を片付けながら逃げる。

 風がよく通る夏の夜。月を見上げてみれば絵と同じ満月。

 「そういえば自己紹介がまだでしたね、俺は三田ケイトです」

 「私は浅木ヒイロです。ご丁寧にありがとうございます」

 「私は貴島キッカ、菊に華やかで菊華。よろしく」

 「よろしくね。キッカちゃん」

 子供扱いにムッとする貴島だが、しかし恐らくこの場での最年少は貴島。

 貴島は絵に触れて塗料が乾いたことを確認すると、二人に問う。

 「お二人はこの絵にタイトルを付けるなら、どのようなものにしますか」

 言いながら少しイジワルな笑みを浮かべてみせる。自分でも答えを持っていない問題を投げかけるのが好きなようだ。

 「そうだな、俺は中央の向日葵を主軸に、唯我独尊、とかつけるかな。センス悪いか」

 「いえいえ、こんなもの自由ですわ」

 二人の視線は浅木に向く。

 「私は……月光、かな。理由はなんとなくそんな気がしたから、って感じだけど」

 「なるほど、毛糸さんは向日葵を、ヒーローさんは月を中心に見たのですね。参考にしますわ」

 こうして一通り流れが終わると、沈黙が訪れる。それを破るのは三田。

 「じゃあ、ちょっと面白い、芸術についての話でもしましょうか」

 「ハードル上がってますわね」

 「任せてくれ」

 キラキラと目を輝かせる浅木、話半分に聞く貴島。

 「何かを鑑賞する際、人間は自己投影をしてしまうという話、知ってますか」

 「これはまた妙な話題ですわね」

 「これは音楽にその傾向が顕著です。抽象的なメッセージを、受け取る側が補完して自分のエピソードと重ねることで、感動するわけですね。実際、思い出の曲は脳がよく動いていると研究結果が出ているそうです」

 思ったよりずっと根拠のある話なのだなと二人は感心する。

 「そんなこともあるんですのね。あまり音楽を聞かないもので」

 「私はその話、実感あるかもしれません。やっぱり失恋ソングが流行るのってそういうことが多いからですね」

 「ええ、そう思います」

 貴島は自身の絵を見て小さく問う。

 「それでは、先程お二人が仰ったご感想もそれが当てはまるのですか」

 「そうかもしれませんね。俺なんかはこの絵の真ん中の一輪に自己投影して、力強さや自尊心、果ては太陽の代わりとまで言ってしまいました。少し恥ずかしい気もしますが」

 言いながら三田は貴島を横目で見て、

 「俺は作者の意図をまず汲もうとする節がありますから、参考にならないかもしれません」

 「なるほど…」

 浅木は考え込むように、描かれた大きな向日葵と目を合わせる。

 しばらくの沈黙の後、ゆっくり、ゆっくり言葉を紡ぎ始める。

 「私、そんなこと思ってたんですね。ちょっと、情けないかも」

 「どういうことですの」

 「えっとね、私職場に好きな人がいたんだけど、今日その人と話してたら、恋人がいるって言われちゃって、その恋人さんに、嫉妬しちゃって」

 思い出したら、と言った具合に浅木の目が潤み始める。貴島は共感できずただ見つめるだけ。

 その様子を見た三田は脚立を立てて座ると、語り始める。

 「嫉妬は心の癌である。有名な画家の言葉で、弟子に嫉妬した自分を嘲笑するように言ったとされています」

 「心の癌、強烈な言葉ですわね」

 物憂げに微笑する浅木を見て、三田は努めて明るく話す。

 「言いたいのは心の癌の部分ではなくて、弟子に嫉妬した、の部分です。人間手の届かない人に嫉妬などしないのです。そして、その後にその画家は大成したといいます」

 「要約してくださいますかしら」

 「気にする必要は無い、という事ですかね」

 浅木はそれを聞いて夜空の月を見上げる。その様子を見た貴島は代弁する。

 「気にするな、と言われて気にしないことができるなら、苦労はしないのではないかしら」

 「では、また面白い話でもしましょうか」

 「またそのフリですのね」

 「俺、探偵って職業上、浮気とかよく見るんですが、とある男は姉妹で二股かけてましてね、浮気って意外と近い関係性で起きるんですよね」

 場が凍る。二人は三田がどんな意図で言ったのか汲み取れない。

 「話を変えましょうか」

 「えぇ、毛糸さんの面白い話のセンスは少しズレているようですから」

 「ふふっ、面白い人たちですね」

 「「え」」

 空気感の落差で思わず笑ってしまう浅木。

 「なんか元気出てきました」

 「まぁ、今月は月は綺麗ですから、試してみるといいですよ」

 少し間が空く。そして浅木は、目を少し潤ませて、しかし笑顔で答える。

 「彼はそんな人じゃありませんよ」

 「えぇ、そうですね」

 「でもお話してスッキリしました。お二人ともありがとうございます」

 「俺は何も」

 「よくわからないけれど私のおかげですのね。どういたしまして」

 「それじゃぁ、また会えたら」

 「私の絵はいつだってここにあります。また頼ってください」

 笑顔で手を振りながら小走りで浅木は去っていく。

 「で、どこまで嘘なんです」

 「ほとんど。俺の依頼者に姉妹で二股かけられた人はいないし、嫉妬は心の癌なんて言葉は伝わってない」

 貴島は呆れてため息も出ない。

 「ひとつ俺も聞いていいか」

 「どうぞ」

 「なぜ、絵を描くんだ」

 「天才には人々を勇気づける義務がある。あなたも感じたことはありませんか」

 三田は即答できない。ゆっくりと考えをめぐらせて、今までにそんなことがあったかと回顧する。

 「今感じたと言いたいところだが、生憎俺は天才じゃない」

 「なるほど、つまらない人ですわね」

 「貴島は多分相当面白い人間だぞ」

 「バカにしないでくださいますか」

 

 どこかの高架下、また午後十時に少女はそこにいた。

 「ちょっと探したぞ」

 「あら、毛糸さん、いらしたのですね」

 「また描いてるのか」

 「そうですね。義務ですから」

 そうして自称天才と探偵は同時にひとつため息。

 「毛糸さんは、相変わらず天才の自覚が足りないようですね」

 「貴島こそ、天才ぶるの疲れないか」

 「どういうことでしょう」

 淡々と貴島は描き続ける。

 「貴島の作風からは強い自尊心を感じると同時に、自己暗示も感じた。あまりにもあからさまなあの表現は思考を重ねなければ出てこないものだ」

 「探偵さん、推理はいいですが的外れですわ」

 「それに、浅木さんに対して良く共感していたじゃないか、あれはどうなんだ」

 ちょっとカマをかけて様子を見る。

 「勘違いです。辛いことなど何一つありませんわ。ただひとつあるとするなら、なかなか理解を得られないことですかね。毛糸さんのような方に」

 「それでいいならいいけどな」

 そう言いながら貴島は絵を完成させた。

 大きなビルの上から飛び立つ少女がメインになっている。都会のビル群を見下ろしながら不安定に飛んでいる。

 空高く飛ぶためにビルから踏み切っている点や、不安定に飛んでいる点から実力不足を感じてはいるようだが、その少女は美しく、大きく翼を広げていることから自信も感じる。そして世界を見下ろしているのだ。

 「ただ、もう少し寄り添おうとも思いますわ」

 そうして貴島は筆で三田を指す。

 「毛糸さんも、今からそうしてくださいますか」

 「そうしてほしいと求める人には、いつだってそうする」

 「では、これからよろしくお願いします」

 三田と貴島が絵を見ながら会話していると、駅の方から一人の男が歩いてくる。

 「あの、何してるんすか」

 「天才の義務を果たしに」

 「非行少女を正しに」

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