【試し読み】短編集・交信をする桃の種子らは【文学フリマ京都9「お-68」】
兒玉弓
【試し読み】第二話・珊瑚の箱庭 全文
「しろへび」
珊瑚はしろへびを抱き上げ、あたりを見回した。今は昼寝の時間で、森の中の
明日は
珊瑚は先月から、森の番人になった。
先代の番人が荒神に食われてしまったからだ。
先代の番人はいけにえをささげるのに失敗し、自分がいけにえになってしまったのだった。
奥宮は小さな建物だが、奥宮内から階段をおりた先には鏡石で出来た地下神殿がひろがっている。地上の光は天井にはめこまれた数個の半透明な岩を通り抜け、広間の中央に鎮座する赤珊瑚の祭壇を弱く照らしている。
そして祭壇の脇、鬼門の位置には四角く
その穴の奥から、黒牛姿の荒神はやってくるのだ。
そもそもこの六宮が建てられたのも、飛鳥の昔、突如現れて里に厄災をもたらしていた荒神を、旅の修験者が神通力で掘った巨大な穴に封印したことから始まる。しかし荒神は封印された後も時折目覚めては、その穴から抜け出そうとして暴れ、里へ毒風を吹かせたり、幾千万匹の毒虫に襲わせたりした。
その為、荒神にいけにえをささげ怒りを鎮めることで、平安を保ってきたのだった。
昔のいけにえは、その年に生まれた赤子や、荒神が決まって目を覚ます毎月六日にゆかりのある者たちだったが、いつからか、ある決まった一族がいけにえ役を担うようになった。
毎月六日、地下神殿の祭壇にささげられる、小さな
しかし、いけにえの儀式は途切れることなく続いていた。
毎月六日、地下神殿の祭壇で、いけにえは黒牛にささげられ、地底へと引きずられて消えていく。
そして珊瑚も、森の中で眠る子どもたちも先代も、皆いけにえの一族の一員だった。
「もう、決まりましたか」
珊瑚は黒猫の頭に埋めていた顔を、そっと上げた。黒猫も同時に顔を上げ、声の主を見るとしっぽで珊瑚の体をすぱっと叩き、腕から飛びおりた。そのまま森の木漏れ日の中を走っていく。
「もう、しろへびが逃げちゃったじゃないか」
珊瑚が肩をすくめてつぶやくのに、
「わたしもあの猫は苦手です」
声の主、「泣き飛び」が頭上、木々の隙間から泣き顔をのぞかせてきた。
「泣き飛び」はこの森の上を常に滑空している人面神だ。顔は泣き顔の若い女、体は白い
「そろそろ、決まった子を奥宮に連れてきてください。明日の準備をしなければ」
「泣き飛び」はやはり嫌なことを言い終えると、また高度を上げて、不規則な旋回軌道に戻った。
「泣き飛び」はいけにえの見張りだった。それと共に番人の見張りでもある。いけにえを選定する番人は、毎月五日の晩、いけにえに決められた子どもを身ぎれいにし、翌朝早く、森から地下神殿に連れていく。その途中でいけにえが逃げないか、または番人が逃がしてしまわないか、「泣き飛び」は見張っているのだった。
珊瑚は森の木漏れ日が光る中、天蓋付きのベッドに歩み寄った。並んで眠る五人の子どもをひとりひとり見つめる。皆同じ顔をして眠っている。いけにえの妖たちは皆同じ顔だ。珊瑚も同じ顔をしている。
それでも毎日見ているので、違いが分かるのだった。この子は巻き毛が一番美しい、この子の肌は桃のよう、この子は歌がうまい、この子の耳はとがっている、この子の爪は硬く指先が器用だ……。
誰を選んでも、胸が壊れそうに痛むのは同じだ。先代の番人が、いけにえだった珊瑚を最後の最後で逃がそうとしたのも今なら分かる。
五人の子どもは、自分の今の状況にはまるで気付いていない。
それこそ、当時いけにえだった珊瑚も、先代を独り占め出来ることにただ浮かれていたくらいなのだ。前日の夜から僕だけを見てくれた先代。あたたかい寝床、きれいな服、さらさらした先代の細い指を握りしめて歩いていく朝の喜び。その果てのことなんてどうでもよかったのに、あの朝、そうっと歩きながら先代は言ったものだ。
「六宮荒神様にささげられたいけにえは、一旦暗闇の世界へ行くが、その後は海上楽園へたどり着くと聞く。美しい青い海の上に浮かぶ楽園で空を飛んで暮らせるそうだ」
「へえ、行ってみたい」
いけにえの一族が住む森の終わりは、奥宮へ続く坂道へと続いている。そこは巨岩が並ぶ岩場で、その岩場の頂上に奥宮がある。その岩道を先代に手を引かれて歩きながら珊瑚はそう答えた。その時、先代が立ち止まり、珊瑚の頬をなでたのでよく覚えている。先代は泣いていた。
その後行われていた儀式の途中、先代は珊瑚を荒神から逃がそうとし、結局先代自身がいけにえとなって地底へと連れ去られた。ひとり残された珊瑚は、しばらくして地下神殿へと飛んできた「泣き飛び」に見つかり、森に戻され、そのまま当代の番人となった。それからもう一年がたつ。珊瑚はこれまで毎月ひとり、計十一人の子どもたちを荒神のいけにえとして送り出してきた。
さて今日もいけにえを選ばなければならない。珊瑚は天を仰いだ。
そもそもどうして自分たちの一族ばかりがこんな目にあわなければならないのか。
いけにえの妖はこの森の木に成る。白い卵が一晩で大きくなり、朝露の中に落とされる。生まれた瞬間から妖は幼児の大きさで、それよりも大きくはならない。喜怒哀楽が無く、心優しく、争わない妖。
珊瑚もそうだった。先代が食われる有様を見るまでは。
「痛くないからね、珊瑚。楽園へ行くんだからね」と言っていた先代は、黒牛にバリバリと食われながら、痛い痛いと泣いていた。途中からは悲鳴になり、最後にはその残響のみになった惨劇を珊瑚はただ見ていた。
いっそ先代と一緒に食われてしまえばよかった。
何千回何万回目のことを思い、しかし珊瑚は次のいけにえを決定する。
この子にしよう、と決めながらも、同時に珊瑚は考える。明日はあの荒神を殺せるだろうか。火か水か爆破か。急所はまだ分かっていない。誰かに聞くことも出来ない。誰が敵かも分からない。なにしろ珊瑚は無力な妖だ。
そうだ、この子どもたちを逃がして、森を焼いてしまえばいいのだ。そして自分は荒神とどうにかして刺し違える。どうにかして。どうにかして。一体どうしたら。
「さんごちゃん」
かわいらしい声に、稚拙な検証は止まる。ベッドの中、一番手前の子どもが目を覚ましたようだ。小さなあくびをしている。長いまつげに涙がひっかかっている。
逃がそう。
全員、この森から。その後のことなど、どうにかなる。
まずは子どもたちを起こそう。珊瑚は身を起こした。
その時、頭上が急に暗くなる。
気温が一気に下がる。
闇と風。
夜が、星が、落下してくる。
轟音と衝撃波。
珊瑚はなすすべもなく……
珊瑚は、箱庭を踏みつぶした。
意外なほど、その音が森に響き渡る。
弱い心にまた引きずられそうになった。こんなことでは失敗する。あわてて自分の心を箱庭に閉じこめて破壊したが、危なかった。
「泣き飛び」が飛んで戻ってくる。
「おや、また壊したのですか。せっかくきれいに作っていたのに」
「気に入らなかったから」
珊瑚は短く答え、箱庭の残骸をつかんだ。エノキの木のうろに作っているゴミ箱に放り投げて捨てる。
「泣き飛び」が何やらぶつぶつつぶやきながらも、飛び去る。
「泣き飛び」は珊瑚が作る箱庭を、ただの作り物だと信じているようだ。手先の器用な子どもが、気晴らしに作る箱庭だと。
森の昼下がり、木漏れ日は幾本もの瑠璃玻璃の矢だ。ひるひるちるちると鳥の声が、さらさらとせせらぎの音が、遠くからか近くからか、森に響き渡る。
天蓋付きのベッドの中で、五人の子どもは昼寝中だ。
「僕は、
珊瑚はひそやかにつぶやく。急いでずる賢くなる。強くなる。悪そのものになる。あの荒神よりも。
黒猫の「しろへび」がエノキの枝の上に姿を現し、にゃあと鳴いた。
樹齢千年近いこのエノキは珊瑚の味方だ。うろの中に珊瑚のつぶした弱い心を隠して知らぬ顔をしてくれる。珊瑚の破壊された箱庭は、もう百個を超えた。
「僕は悪になるよ」
珊瑚はしろへびとエノキに告げる。
明日、また荒神が来る。
珊瑚は考え続ける。
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