重ならない身体と想い

お米うまい

重ならない身体と想い

「そろそろアンタも彼女の一人や二人作りなさいよ」


 それはいつものように悪霊を退治した日の帰りであった。


 相棒の女幽霊が激闘の後だと思えない気楽な様子で、そんな言葉を俺に投げ掛けてくる。


「彼女を二人も同時に作るのはヤベエ男だろ」


 一見すると他愛ない世間話のように聞こえるだろうが、これがただの世間話でないのは俺自身が誰よりも知っている。


 何故なら、冗談抜きで俺の命に関わる問題だからだ。


「そんな事ばっか言って恋人の一人も出来てないから心配してるんでしょうが。解ってんの? もしアンタが私を本気で好きになったら死んじゃうのよ?」


 その理由こそ、今の相棒が放った言葉。


 たかだか目の前の女を好きになるかどうかで、俺の命は消えてしまう可能性があるというふざけた状態なのである。


 けれど、相棒の言葉は正確じゃない。


「両想いになったら死ぬんだろ? 俺に何か言うくらいなら、そっちが俺に本気にならないように努力してくれたらいいだけだろうが……」


 死亡条件は、この相棒と俺が心の底から結ばれてしまう事。


 ふざけた内容に聞こえるかもしれないが、これが現実だって言うんだから堪らない。


「えーと、ジジイは何て言ってたっけ?」


「せめて親父って言ってあげなさいよ」


「うるせえ。息子に一歩間違えば死ぬような悪霊退治なんてふざけたモンを押し付ける奴なんざ、ジジイで十分なんだよ」


「はいはい。というか、自分の命に関わる話なんだから、ちゃんと覚えておきなさいよね……」


 そうして呆れたように相棒は呟いて。


 仕方ないわね、と言わんばかりに現在の俺達の状況を語ってくれる。


「死後も霊となって現世に影響を与えてしまう程に人の想いの力は強い。それが良い悪いに関わらずね」


 そうして、悪い意志を持った霊。


 いわゆる悪霊が人に仇なす前に退治するのが俺の家に代々受け継がれている稼業らしいが、ぶっちゃけ生身で霊と戦うのは出来なくはないが非常に困難。


 というのも、悪霊なんてのは凄まじいレベルの妄執の塊な訳で。


 ぶっちゃけそれに愛とか正義とか、そんな綺麗事の意志だけで互角に張り合える人間なんて、それこそ聖人とか狂人とか呼ばれる人間でも探してこないと無理。


 そこで相棒みたいに一緒に戦ってくれる良い霊に協力してもらって、戦っていく事になる。


「生者と幽霊同士で想いを重なると、相乗効果で物凄い効力を生むからね。そうでもしなきゃ綺麗事なんかで怨念や欲望に張り合うのは無理だもの」


「世知辛せちがれえ話……」


 けど、実際そんなもんだ。


 無理やり絞り出した善意なんて、心の底からの恨みに比べれば強さも執着心も小さい物。


 むしろ、自分しか戦う力持ってないのに悪霊から見殺しにするなんて寝覚めが悪いなんて安っぽい正義感で、命懸けの戦いを続けている俺を褒めてほしい。


「けれど、そんな安っぽい正義感とかじゃなくて、お互いが心の底から本気で想い合った心を重ねてしまったら、その強過ぎる力に生者の心も身体も耐えられない。良くて廃人、悪ければ魂どころか身体ごと消し飛ぶわ」


「最初はそんな馬鹿な話あるかよって思ってたけどな……」


 脅しか何かだろうなんて甘く考えていた時期は確かにあった。


 けれど、一度死にたくないと本気で思う程の危機に陥った時に、相棒と凄く深い部分まで心が繋がれたと思った瞬間――


(アレがもっと続いていれば、確かに俺は死んでただろうな……)


 自分という存在が薄れていくような不気味な感覚を味わった。


 痛みも苦しみもない。


 それでも間違いなく自分の中の何か、きっと魂が削れていくと思えるような感覚に、初めて親父の言葉が脅しでなかったのだと解からされて。


「解ってるんなら恋人の一人くらい作って安心させてよ。さっき助けた子なんて、相当に脈あったのに、何で連絡先の交換もしないのかしらね」


 きっと相棒も俺が消え掛けた事に気付いたのだろう。


 その日から、こうして事ある度に恋人を作れだなんて、うるさくなってしまった。


「そういう弱った所に付け込むのは何か卑怯だろうが」


 怒鳴り付けるようにして誤魔化すが、理由は別にある。


 単に、とっくの昔に手遅れなだけ。


(だってこんなもん、惚れるなって方が無理な話だろ……)


 相棒である女幽霊は、当たり前だが魂だけの存在であり――


 服なんて着ている訳がない。


 それならせめて幽霊なんだし、何かこう輪郭りんかくとかがぼやけて解からないとかならマシだったんだが、ぶっちゃけ透けているだけで生身にしか見えない。


 しかも向こうは、こっちが慣れたとでも思っているのだろう。


 隠す気なんて一切ないから常に全てが丸見えなのだ。


(それが滅茶苦茶好みの美人だった上に、何度も命懸けの戦いを一緒に潜り抜けてるんだぞ? むしろそれで意識もしない方がヤバイ奴だろうが……)


 それはもう鉄の精神を持っているとかじゃない。


 心に欠陥でも抱えているか、根っから頭のおかしい奴だけだろうと俺は思う。


 しかも――


「さっきも言ったけど、そっちが俺に惚れなかったらいいだけじゃねえか」


「そりゃ無理よ。私の事マトモに見えるのってアンタだけだしさ、ずっと話も出来ずに彷徨ってた中、見付けてくれて契約してくれたってだけで好感度なんてカンストもんよ」


 これで何の脈もなければ、俺だって諦められるかもしれないのに。


 むしろ相棒は期待させる事ばかり言うのである。


「見付けてくれたなら誰でもよかったってか」


 それなら諦めさせてくれよ。


 誰でもよかったと言ってほしいなんて思ってみても、だ。


「切欠はね。けど、何の得にもならない。それどころか化け物とか元凶呼ばわりされる事だってあったのにさ。それでもずっと見過ごせないなんて気持ちだけで戦い続けている姿を見てるのよ? それも一番傍でさ」


 こんな勘違いするしかない言葉を延々と、ぶつけてくるのだ。


 これで好きにならない程、枯れてもなければ女慣れだってしてねえ。


(これでどうやって他の女に目を向けりゃいいんだよ……)


 嘆いてみたところで何も変わらない。


「もう私は駄目よ。他に契約者とかが出てきたって、どうしようもない。そんくらいアンタにメロメロなのよね」


 というか、どんどん状況が悪化していくだけ。


(俺が死んでない時点で、こんなの全部揶揄からかっているだけの嘘っぱちって解ってるのにな)


 それでも、本当にどうしようもなかった。


 だって、揶揄われているだけだと解っていても嬉しくて仕方ない。 


 冗談でもいいから、ずっと聞いていたいって思うくらいに、重症なんだから。


「全然信じてないわね? これでもアンタに触れられたらいいのにって、何度も考えたりしちゃうのよ。ぎゅっと抱き締めてキスしてさ。全身でアンタの熱を感じる。そんな事、何度も考えちゃうの」


「青少年を惑わせるような事言うな、この色情幽霊が」


「いいじゃない。それで欲情からでもいいからさ。私みたいに触れられない女じゃなくて、ちゃんと触れる女にガツガツ行くようになれるなら私も安心出来るし」


 そうやって心配そうに笑う相棒の顔を、真っ直ぐ見ていられない。


 ずっと見ていたら、そんな風に子ども扱いせずに男として見てほしいだなんて、叫んでしてしまいそうになるから。


「うるせえ。それは下心であって恋とかそういうもんじゃないだろ」


 自分で言っておいて、耳が痛くて余計に相棒の顔が見れなくなってしまう。


 俺が最初にコイツを意識した理由なんて、それこそ裸を見てエロい事を考えていただけなんだから。


(もし、そういう邪な目で見ないくらい余裕のある男だったら、コイツもちゃんと男として意識してくれたんだろうか?)


 別に死にたい訳じゃないから、このまま子ども扱いされているのが一番いいと思いつつ。


 それでも、そんな事を思わずに居られない。


(本当に死にたい訳じゃないんだけどな)


「……まあアレだ。恋愛なんてもんは波長とか相性とか色々あるんだよ。こうビビっと来た相手を見付けたら、お望み通りガツガツと行かせてもらうさ」


「だといいけどね。私に欲情して一人でするくらいまでなら許すけど、本気になっちゃう前に本当に大事な女ひとを見付けんのよ」


「……言ってろ。バーカ」


 そうして、俺は叫びたい気持ちを抑えながら。


 まるで他愛ない話でもするように語らって、帰路に就く。


(別に両想いになんてなれなくていいんだ……。死にたくはないからさ)


 それでも、せめて自分が本気で好きなんだって事だけは伝わってほしいなんて。


 自分に都合の良い妄想しか出来ないから、子ども扱いされるんだろうなと俺は途方に暮れるのであった。




   ○   ○




(可愛い顔。戦っている時はあんな格好いいのに、こういうのってズルイわよね……)


 もう最近の日課になってしまっている契約者の寝顔の観察に、今日も私は勤しむ。


 これ以上、好きになんてなる筈ないと思ってるのに。


 日に日に愛しさが増していくのだから、本当に恋ってのは凄いと思う。


(何で私、コイツと同じ時代に同じ場所に生まれられなかったのかしらね……)


 そもそも出会いが違えば、恋とかしないなんて言う人が偶に居るけれど、私はどんな場所で出会って、どんな最悪な切欠だとしてもコイツを好きになる。


 そもそも今だって痴女の悪霊扱いされるとかいう最低級の出会いだったのに、こんなに好きで好きで堪らないんだから。


(でも、コイツは全部冗談としか思ってないんでしょうね……)


 魂だけの存在で外面どころか身体さえ持たない私は、嘘どころか建前だって持たない剥き出しの存在。


 言わない事は出来るけど、嘘を吐つけないなんてコイツは知りもしない。


(温度なんて感じてもないのに冷たくて堪らない……)


 自分の気持ちが全く伝わってない事を自覚した途端、寂しさでどうにかなってしまいそう。


 さっきまで可愛いと思っていた筈の顔が、私の気持ちを知らずに呑気な顔してなんて、憎らしさを感じる。


(試しにちょっとだけ……)


 私は契約者の身体に手を伸ばす。


 コイツと私の気持ちが心の底から同じなら、触れる事が出来る。


 けれど、魂を削り取ってしまうから、少しでも触れたなら手を引っ込めようと思いながら手を伸ばして――


 私の腕は契約者の身体に掠る事も出来ず、素通りする。


(まっ、触れないわよね……)


 どうせ私の一人相撲。


 乱暴そうな態度の割に、変に純情な男だもの。


 こんな色情幽霊の事なんて好きにならないなんて解かり切ってる。


(ねえ? 好きな人に触れてもらいたい。愛してもらいたいと思うのって、そんなに引く事?)


 抱き締めてギュってしてほしい。


 息なんて忘れるくらい舌を絡めてキスしてほしい。


(コイツの全てを使って私を求めてほしい……)


 私以外の女なんて見てほしくもない。


 ううん、私だけを感じて私を求めてほしい。


 コイツの世界に私以外の物なんて要らないなんて思ったところで――


(何もしてやれない触れもしない女が、馬鹿な夢見てんなよって話よね……)


 その先に契約者の幸せなんてないのは、私が一番よく解かってる。


 だから早く大事な女を見付けてほしい。


 この女ならコイツを幸せにしてくれるって女を見付けて、私に諦めさせてほしい。


(私が悪霊になっちゃう前に、さ)


 日に日に大きくなっていく想いに、きっといつか自分はコイツへの想いで悪霊になるんだろうという予感がある。


 そうなる前に私が安心して傍に居られる状況になってほしい、と心の底から願って。


(触れもしないんだからさ。このくらいは許してよね)


 感触も何もない形だけの口付けを交わす。


 そうして私はコイツには見せられない一人遊びに勤しむのであった。

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