海に沈むジグラート 第59話【束の間の平穏】
七海ポルカ
第1話 束の間の平穏
ネーリが絵を描いている。
新しく建てられた騎士館の広々としたダンスホール。
たった一枚の絵があるが、巨大なので存在感がある。
その前に、少し前まで見た薪の倉庫のように、防寒用の毛布を敷いて、絵を描く道具を広げて、寛いだ様子で描いているのだ。
広いのにぽつん、と絵の前だけ居場所のようにして描いてる姿に笑ってしまった。
場所が変わっただけで、全く同じ光景だ。
彼の側には竜がとぐろを巻いて寄り添っている。
今「こっち来い」とフェルディナントとネーリが同時に命じたら、ひょっとしたらこいつはネーリの方に行くんじゃないかなと疑いたくなるくらい、フェルディナントの愛竜はこの画家の青年に懐いていて、いつも一緒にいた。
飛行演習で飛びに行って駐屯地を留守にする時以外は、いつもネーリの側にいた。前は初めて訪れるヴェネトの様子に少し駐屯地をうろうろするような姿も見せたのだが、今はネーリのいるところにフェリックスがいる。
竜の感覚は人間の何倍も鋭い。
つまり、竜の視点ではこの程度の規模の駐屯地ならば、フェリックスにはネーリがいる場合、場所が分かるらしい。
薪の倉庫にいた時は演習後さも当然のように薪の倉庫に入っていく姿に笑ってしまったし、新しい騎士館の私室でネーリが寝てる時は、薪の倉庫にも戻らず拗ねたように倉庫前の木の下で寝てたりするのだ。
ネーリがヴェネツィアの街に行って、駐屯地にいない時はもっと面白い。
いないと分かると、帰ってくるのを見たいのか、駐屯地の入り口付近で丸まったり座ったりして待ってるのである。
以前フェリックスが一度だけ規律違反をし、一人で駐屯地を出て飛んだことがあるので、あるときのしのしと入り口までやって来た姿に、入り口の所を守る兵二人はまた飛ぶつもりではと、ドキッとしたようだったが、フェリックスはピタリと駐屯地の入り口と外界の線の所で止まり、そこに留まるようになったので、規律違反をするつもりではないんだなと騎士達は理解し安心したようだった。
今では時々、ちょっと外に出るようになった。
駐屯地の前はそのまま海が干潟から広がっている。フェリックスはじっと、そこに座って海を眺めているのだ。
ネーリはある時彼のその姿に気付いたらしく、珍しそうにずっとアドリア海を見ている竜の姿を気に入って、早速何枚かスケッチしていた。今はその中の一枚を選んで、色づけているらしい。
別に暖炉のある部屋もここには用意されてるし、その気になれば毛布に包まりながらなど作業しないでいいのに、竜の身体に寄りかかりながら絵を描いているネーリに笑いながらフェルディナントは近づいていった。
ネーリがこのダンスホールにいるのは、フェリックスの為なのだ。
以前は薪の倉庫にいたが、倉庫から【竜の森】の絵をここへ運び、正式に飾ったことで、以前はいつでも気軽に見れていた絵をフェリックスが見れなくなったので、散歩の時に「ここにあるよ」と必ず駐屯地の北にあるここまでやって見せてやるようにしたのだ。
入り口から覗いても、中は広いのでかなり遠くだ。
それでも竜は視力がいいのできっと見れるだろうと思ってしばらく散歩コースに入れてやったのだが、ある時ネーリが入り口から長い首を覗かせているフェリックスを見て、扉を外開きにすればギリギリ通れるのではないかと気付いたのである。
それを相談すると、騎士達が内側に開く扉を、外に開くようにしてくれた。
入り口を破壊しないようにゆっくりネーリが先導し、恐る恐る入ってみると、なんと本当にギリギリ入れたのである。
フェリックスも入り口を破壊する気はないようで、不思議な形で翼を器用に畳んで通り抜けた時には、思わず見守っていた騎士達から拍手と笑いが巻き起こった。
今ではフェリックスもコツを掴んだらしく、一人でも通れるようになった。
フェリックスはこの【竜の森】の絵をとても気に入っているらしく、また側で寝られることが嬉しいらしい。
……それを知っているからネーリは最近はずっとダンスホールで絵を描いているし、寝たりもしている。
(本当に竜が好きなんだなあ)
フェルディナントも感心した。
竜は確かに神聖ローマ帝国では尊ばれ大切にされる生き物だが、それでも畏怖されている。神聖ローマ帝国の市民でさえ、側で一緒に寝たいなどと考える者は稀だ。
竜騎兵ともなれば騎竜は相棒なので、戦場で共に寄り添って寝ることもあるが、ネーリは一般人で、神聖ローマ帝国出身でも無い。竜は身近では無いはずだし、珍しいはずなのにネーリはフェリックスが今ほど懐く前からもう、こういうところがあった。
「フレディ」
足音に気付いてネーリが振り返り、温かく笑って迎えてくれた。
自分の隣の毛布の上を整える仕草をして、フェルディナントの座るところを作ったネーリの仕草を、目を細めて優しく見やった。
腰を下ろして彼の描いていた絵を覗き込む。
海を見ているフェリックスの後ろ姿。
干潟の家の景色に似ているけど、少しだけ角度が違う。
ネーリがこの駐屯地にいてくれる証のような気がして、いつもと違うその角度の景色も、フェルディナントは気に入った。
「いい絵だな。いつものことだけど」
「ありがとう」
ネーリが嬉しそうに頷いた。
「ぼく肖像画は描いたことないのに。フェリックスはもう三回も描いてるね」
くすくす、と笑ってそんな風に言った。
緑の森で眠っている竜の絵も実はモデルはフェリックスなのだ。これは駐屯地の聖堂に飾ってある。
【竜の森】に描かれている白っぽい竜も彼だし、この海を見る絵で三枚目ということになる。
寝ていたフェリックスがフェルディナントの気配に目を覚まし、ネーリの膝に少しだけ顎を預けている。
「フェリックスって本当にお利口なワンちゃんみたいだよね。いつもじっと側にいて、大人しいし、寄り添ってくれる」
「フェリックスが好きか?」
「大好き」
ネーリはフェリックスの鼻の上に優しく触れた。
撫でても、竜の外皮はとても硬いから、ほとんど伝わってはいないはずなのだが、フェリックスは気持ちよさそうに目を細めている。
「ネーリは小さい頃大きな動物でも飼ってたことがあるのか?」
「ローマの、おじいちゃんの別荘にいた時は馬がいたよー。どうして?」
「いや……お前はこうやってフェリックスが懐く前から、全然こいつを怖がってなかったから。幼獣を触ったことがあるとはいえ姿は全く違うからな。普通こんな巨大な動物は怖がって当然だったと思う。だから何か、大きな動物に慣れていたのかと」
「大型の動物は、馬くらい。大きな犬もおじいちゃんは飼ってたけど、フェリックスに比べたらちっちゃいよ」
「すっかりこっちが居場所になったな」
不思議なことだ。
「薪の倉庫を気に入ってたのかと思っていたが、こいつが気に入ってたのはやっぱりこの絵だったんだな」
「フェリックスが絵を見分けられてるって、フレディも思う?」
「今までは半信半疑だったけどな。でも今は思うよ。こいつはお前の絵をちゃんと見分けられてるし、気に入ってる」
不思議だよね。
ネーリが笑った。
「フェリックスの好きな絵がこの世にはあるんだね」
優しく愛竜に話しかけているネーリを穏やかな表情を見やりながら、フェルディナントがネーリの描いていた絵を手に取る。
「ネーリ。……この絵も俺が買っても構わないか?」
ヘリオドールのような瞳を輝かせて、彼は微笑む。
「これは、フレディにもうあげるつもりだった」
……彼から、自分への愛情を強く感じられて、幸せだ。
フェルディナントは頷いて、ネーリに絵を渡した。
「完成したらあげるね」
「うん」
「今度、買い上げたお前の絵を何枚か本国の屋敷に送ろうと思うんだ。定期的に皇帝陛下に報告書は送っているけれど、家には俺は、何の手紙も送ってないからな。俺の所はそんなに頻繁に文のやりとりをするような親子関係って訳じゃ無いんだが……。
数枚、母親にも贈ろうと思ってる。……俺はどうも筆不精で、言葉に上手く出来ない。
元気にしてるかとか、どんな暮らしぶりかとか、何か困ってることは無いかとか、いつもそんなのを聞く手紙しか書けなくて」
母親のことがフェルディナントの口から出て、ネーリは思わず驚いた。
気になっていたけど、聞けなかった。
フェルディナントにとっては辛いことかもしれないから。
でも今は、普通に彼から自然に、話してくれた。
少し驚いた顔を見せたが、すぐに、優しい眼差しでネーリはフェルディナントを見た。
「フレディのそういう手紙に、お母さんはどういう返事をくれるの?」
「何もかも十分幸せに暮らせてる。いつもそう返ってくる」
フェルディナントは苦笑した。
「俺は自分では父親似なのかと思ってたけど、案外母親に性格は似てるのかもな。妹が生きてたらきっと重宝した。俺も母親も人をあまり頼らないから。きっと本当は寂しがってるよとか、会いに来て欲しいとか、彼女が代弁してくれたかも」
フェルディナントが視線をあげると、優しい表情でネーリが自分を見てくれていた。
見つめられて、思わず赤面する。
「そっか……フレディのお母さんってそういう人なんだね」
フェルディナントの母親ということは――亡き、【エルスタル王国】の王妃だ。
「俺の文じゃ何にも伝わらないと思うけど、お前の絵なら、……きっと何かを伝えてくれるかも」
ネーリは嬉しかった。絵を描くと、人に褒めてもらえるけど、こんな嬉しい言葉をもらったのは多分初めてだと思う。
フェルディナントはネーリが描いた数多の絵の中から、どれを母親に贈るのだろう。とても興味がある。
「フレディの自分の家にも送るんだね」
「うん。とりあえず執務室と、寝室と、書斎に飾るものを数枚かな」
「どれにするの?」
「……寝室は本当は【エデンの園】を飾りたかったんだが」
その名前を出した途端、しゃきん! とネーリの背が伸びたので、もう怒ってないよ、という意味も込めて彼の髪を優しく撫でてやった。
「代わりに、干潟の絵をどれか選んで置こうかと思ってる。……ヴェネトに来た時はこの国が大嫌いだったけど。初めて、ヴェネツィアのことを美しい都だと思わせてくれた絵だから」
ヴェネツィアを褒めてもらって嬉しかったのか、ネーリがそんなに元々離れてなかったフェルディナントの間を詰めるようにして、側に寄って座ってきた。肩が触れあう。
彼の動作の、一つ一つに魅了され、惹かれ、好きになっていく。
彼の身体に腕を回し、抱きしめて、ああそうだこんな幸せに浸っている場合では無かったのだとようやくここに来た理由を思い出した。
「ネーリ、話があるんだ。
お前の名前が載ったリストの詳細を更に調べた。
あのリストはヴェネトにおける犯罪に関わってると見て間違いないようだ。
……ヴェネトの名門であるシャルタナ家がそれに関わってる可能性があるし、被害者に教会関係者が多いことから、場合によってはヴェネツィア聖教会にも捜査が及ぶ可能性もある。勿論これは、捜査協力の要請も含めて言ってるが……。
勿論、王妃から王都の治安を任されてるとはいえ、俺たちが捜査に出てくることを、快く思わないものは当然いると思う。
城下の混乱からお前を守りたくて、ここの駐屯地に来てもらったが、今俺たちと一緒にいることでお前がヴェネトの人間から敵視されるようなことがあってはダメだ。
だから……ミラーコリ教会に戻ってもいいんだが……提案があるんだけど、お前は、フランス艦隊総司令官のラファエル・イーシャと、昔からの友人だって言ってたよな。俺の中では、あの【エデンの園】の絵を譲るほどなら、お前が相当信頼している人間なんだと思う」
うん、とネーリは静かに頷いた。彼はラファエル・イーシャのことは、本当に友人として信頼しているようだ。それは感じ取ることが出来た。
「出来れば……俺たちの捜査が落ち着くまで、奴の屋敷に身を寄せて欲しいんだ。あいつには実はもう、この話は通してある。あの【竜の森】の絵が完成した後、ネーリが望むなら、いつでも来て欲しいと言っていたよ。
まあ手放しで喜べることじゃないが、ただ、あいつがヴェネト王妃に好意的に迎え入れられているのは事実だ。イアンから聞く話でも、ヴェネトの人間でさえあいつを重んじなければならないと思うほど、それはヴェネト王宮でも周知の事実らしい。
だから他国の人間でも、あいつの屋敷や周囲だけは、ヴェネトのいかなる人間も手が出せない。王妃以外はな。
シャルタナ家はヴェネトの名門で六大貴族の一つ。
奴らであっても今のラファエル・イーシャには手は出せないだろう。
……お前をあまり怖がらせたくないから、話したくは無いんだが……。あのリストは複数の貴族が関わっているが、お前に一番直接的に関わってるかもしれない可能性があるのが、シャルタナだ。
だから今は、ラファエル・イーシャの元にいた方がお前は安全だろうと思う。
勿論、ここも安全は保障するよ。
こいつがいれば、お前には悪い人間の手など指一本触れさせないでいてやれる。でもお前がここにいることで、ヴェネト人間がお前をどう思うかは俺には決められない。俺たちのせいでお前が、愛する国の人間に責められるようなことには絶対したくない」
こいつ、とフェルディナントがネーリの膝に軽く顎半分を乗せているフェリックスの鼻の先に手を伸ばして触れた。フェリックスが眠たげだった金の瞳をぱちと開いてその手を目で追っている。
その様子を微笑ましそうに眺めながら、ネーリが尋ねる。
「……フレディは、あのリストはどんなものだと思ってるの?」
言うのが憚られるのか、フェルディナントは迷ったようだ。
それでもネーリが「自分さえ守られればいい」などと考えない人であること、そして何より知りたがっていることを感じて、口を開く。
「あくまで俺の見立てだが。イアンからもらった資料やミラーコリ神父とも話す中で、あのリストに載る人間の共通点が見えてきた気がする。多くは、お前のように身寄りが無く、若く、確かな後見人を持たず活動している、画家、俳優、そして教会関係者も多い。
……容姿の優れた人間も多いようだ。
亡くなってる者もいるから、一概には言えないが……。
あのリストは、画廊で見つかった。オークションに扮していることもある。
俺は人身売買に関わっているリストではないかと思っている」
ネーリのヘリオドールの瞳がフェルディナントを見た。
怖がっていたり揺れていたら、抱きしめてやりたかったが、ネーリの瞳は驚くほど静かだった。美しい大人びた表情で、じっとフェルディナントを見てくれている。
自分が与える守りを、確かに感じているからだったらいいなと、密かに思った。
「……人攫い?」
「目を付けた人間を、なにものか……例えば、貴族が私兵団のように使っている警邏隊のような人間に金をやって無理矢理に攫わせて、どこかに連れ去っている可能性はある」
ネーリは今までヴェネトの街、夜闇の中で感じていたあの気配が何だったのか、ようやく分かった気がした。
悪しき人間がどこから来るのか、それに彼らを守る、強い力の気配も感じていた。
色々な場所に探りに入ったけれど自分一人では見つけられなかったこと。
娼館でも似たようなことが起こっていることは知っていた。急に金が必要になり、仕方なく娼館にやって来る娘がヴェネトにはこの数年で急激に増えている。昨日まで普通の家庭で生きてきた娘達もいて、訳も分からないうちに知らない人間が家にやって来て、無理にここに連れてこられたと言ってる娘もいた。
「……ネーリ」
フェルディナントが気遣うように手を重ねてくれた。
考え事をしていたネーリはハッとする。すぐに彼に笑いかけた。
「うん。フレディ、僕のこと心配してくれてありがとう。僕はここが好きだし竜騎兵団のみんなの強さを信頼してるけど、僕がここにいると、フレディを余計に心配させることも分かるんだ。だから……今はラファエルの家に行くことにする。心配しないで。ラファエルは本当に小さい頃から知ってる、信頼出来る友達だから。おじいちゃんも彼を可愛がってたんだから。ぼく平気だよ」
フェルディナントは両腕でネーリを包み込んだ。
「ここが神聖ローマ帝国なら。何もかも俺の手でお前を守ってやれると、必ず言ってやれるんだが……」
声に無念さが滲み出て、温かいフェルディナントの身体にネーリは頬を寄せる。
「君はもう僕を守ってくれてるよ」
優しい声。
この存在を守るためなら、きっと自分はどんなことでも出来るだろうとフェルディナントは思った。
「落ち着いたら、またここに来てもいい?」
「当たり前だ。落ち着かなくても、お前は好きなときにいつでもここに来ていい。むしろたまには来てくれないと、きっとこいつが拗ねる」
「少しの間、君ともお別れだね。フェリックス」
フェリックスが小首を少し傾げていた。
その仕草が可愛くて、ネーリを微笑ませる。
「……王妃が竜を嫌いじゃ無かったらな。いっそこいつをラファエル・イーシャの屋敷の庭先にでも持ち込みたかったんだが。どこに行くにもこいつを連れて行ってくれれば、離れていても安心出来た。何か悪しき人間が近づいてもこいつならお前を守り抜くし、どんな武器も効かない。それにこいつが本気の咆哮をあげれば、王都ヴェネツィアくらいならどこにいても聞こえる。駐屯地の竜はフェリックスの声を聞き分けるし、そんな声ならお前とフェリックスがどこにいるかもすぐに分かるんだよ。だからすぐに駆けつけてやれる」
「そうなんだ。本当に凄いんだね。竜って」
「クゥ」
自分が褒められたことが分かったみたいにフェリックスが鳴いたので、ネーリが明るい声で笑った。
確かにこの子が側にいたら不安なんか飛んで行ってしまいそうだ。
自分のこととして考えたときに、それを実感して、戦場だとフェリックスが、フェルディナントの側にいてくれて本当に良かったと思った。
「フレディのお家の中にフェリックスって入れそうかな?」
「え?」
突然言われて、天青石の瞳が瞬いた。
「前は、庭にはいられるって言ってたけど……ぼくこうやって建物の中でもこの子といるの好きだよ。こうやって寄りかかってるとなんか安心する。冬とか寒い日は暖炉の前で一緒に寝転がってたい。
あ、でもフェリックスは体温高いから暖炉の前だと熱すぎるのかな?」
フェルディナントは吹き出した。
「乗ってみたいとかは言われたことはあるが……、竜を屋敷の中に入れて一緒に暮らしたいなんて言った奴初めてだぞ。竜騎兵だって竜を入れるのは庭先までだ」
ネーリも笑っている。
「だって折角僕とフレディとフェリックスと三人で暮らしてるのに、冬の寒い日僕とフレディだけ家の中でフェリックスだけずっと外はなんか可哀想だよ……」
「竜は寒さにも暑さにも強いから大丈夫だよ。皮膚自体が、熱も遮断する。だから暖炉の側に寄ってもフェリックスは平然としてる。感じないんだ。それ自体。炎の中にだってこいつらは飛び込める。……この地上で最強の生物だよ」
フェルディナントは微笑んだ。
「俺の屋敷に、こんな広くは無いけど、でもダンスホールがある。ほとんど使ったことがないけどな。ガラス窓に面して、庭がある。入り口はないけど、作らせるよ。こいつが入れるような大きいやつを。そうすれば、中も広いしこいつも寛げる」
「ほんと?」
ネーリの目が輝いた。
自分が竜騎兵だったのは単なる偶然だったけれど、自分の愛した人が竜のことまで、これだけ好きになってくれたことなんかなかった。
「……お前の望みなら。何でも叶えるよ」
優しく、もう一度フェルディナントが抱きしめてくれた。
「ぼくいっぱいフレディにお金使わせちゃってるね」
フェルディナントが声を出して笑っている。
「いいんだ。俺はお前以外大切なものも欲しいものもないから」
彼の言葉が自分に跳ね返った。
自分もきっと、同じだ。
大切なものも、欲しいものも、もう無くなって、
……初めて出来た大切なものがフェルディナントだった。
「フレディ、僕のことは心配しないでね。ミラーコリ教会にも行くし、一人で夜の王都をうろうろもしないから。僕のことは心配しないでいいから自分のこと、気をつけてね。怪我しないように、竜騎兵団のみんなも……」
フェルディナントは腕の中のネーリを見下ろす。
「明日ラファエルの所に行くよ。
だから今日……ここでフェリックスと一緒に寝てあげてもいいかなぁ……。
しばらく会えなくなっちゃうかもしれないから」
「うん。……それなら俺も今日はこのままここで寝る」
足を伸ばしたフェルディナントに、ネーリが嬉しそうに笑った。
「僕もうちょっと毛布もらってくる」
立ち上がったネーリの手を、フェルディナントが取った。
「その……ネーリ、言っておきたいんだが……」
「?」
「ラファエル・イーシャの屋敷に、お前が行ってもいいと思ったのは……。
例の、あいつの妹が同居してるからだ。
あいつ一人しかいない屋敷だったら、お前をしばらく引き受けてくれなんてあいつに頼まなかったし、あいつに頼むくらいならイアンに頼んだ。あいつは王妃とは親しくは無いが、今は王太子の近衛だ。王宮で寝泊まりすることを許されてる点では、ラファエル・イーシャに似ている。だからもし妹がいなかったら、あいつの屋敷に行けなんて……俺は絶対言わなかったんだからな……」
数度瞳を瞬かせて、フェルディナントが何を言おうとして、伝えようとしたのか分かって、ネーリは頷いた。
「うん、分かってる」
「笑うなよ。ほんとは、嫌なんだからな」
「ごめん」
「笑うなってば」
くすくすと笑っているネーリに、フェルディナントがそっぽを向いた。
のしっ、と二人が遊んでいるように見えたのか、フェリックスがフェルディナントの肩に後ろから顎を乗せてきた。明らかに自分も混ぜて欲しい、というような仕草だ。本当に、神聖ローマ帝国にいた時は、フェリックスはこういう行動を見せたことが無かったのに。ネーリに出会ってから、今まで見えなかったフェリックスの別の顔が見れることがあって、フェルディナントも非常に興味深く思う。
「重いからやめなさいフェリックス」
「クゥ」
反対の肩に顎を置いている。
「そこも重い」
ぐいぐい、と背中に額を押しつけている。
――本当にしばらく、寂しくなる。
フェルディナントとフェリックスの遣り取りをしゃがみ込んで、優しい表情で見守りながらネーリはそう思った。
【終】
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