あなたのバラ色はどんな色?

野森ちえこ

しあわせの色

 バラ色の人生とか、バラ色の未来とか、バラ色の日々とかいうと、たいていの人間は華やかで明るい色をイメージするだろう。


 フランス語でバラを意味する『roseローズ』という単語にはピンク色という意味もあるそうで、『バラ色の〜』というフレーズは、そのむかし大ヒットした『La vie en rose』というフランスの曲から広まったという説が有力だというし。


 しかし品種改良やら着色技術やらなんやらで増えまくった現代のバラというのはとてもカラーバリエーションが豊かな花である。

 定番の赤、ピンク、白をはじめ、オレンジ、イエロー、グリーン、青、紫、クリーム、ブラウン、黒、複色、虹色などなど。

 また、おなじ色のなかにもダーク系やライト系などもあり、それらグラデーションまで含めたらとても数えきれない。


 まあぜんぶ、バラ好きが高じてバラ専門のフラワーショップをひらいてしまったという店長の受け売りだけども。私はただの大学生アルバイトだ。


「あのぉ……」

「いらっしゃいませ。なにかお探しですか?」


 ここにはバラしかないけども。バラなら相当数そろっている。


「来月彼女の誕生日で」

「はい」


 会社帰りだろうか。スーツ姿の青年である。バラの専門店という特色からか、ここには男性客も案外多く来店する。


「プロポーズを考えてるんですが……えっと、黒いバラを贈るのはおかしいでしょうか」


 あえての黒バラチョイスか。個人的にはおかしいとは思わない。黒バラはそのめずらしさと高級感からひそかに人気があるのだ。

 しかし、憎悪、恨み、死ぬまで憎むといったネガティブな花言葉もつけられているので、プレゼントするさいには注意が必要なバラ色ではある。


「黒バラには、『決して滅びることのない愛』『永遠』という花言葉もございますので、けっしておかしくはないと思いますよ。ただ同時に、憎悪や恨みなど、ネガティブな花言葉もつけられておりますので、なぜ黒バラをえらばれたのか、その理由をお相手さまにお伝えするのがよろしいかと思います」


 私の説明に、青年はホッとしたように頬をゆるめた。


「彼女、ゴスロリ系の服が好きで」

「ああ、なるほど。でしたら喜ばれるのではないでしょうか」

「はい。それで、プロポーズには108本がいいって聞いたんですが」

「そうですね。108本の意味が『結婚してください』なので。ですが、個人的にはあまりおすすめしません」

「え。どうしてですか」

「バラ108本というのはけっこうなボリュームなんですよ。重さにすると3キロから5キロ。気持ちはうれしいけど、あとの処理に困るという女性は多いです。ですので、もし108本贈られたいのであれば、そのまま飾れる花びんをあわせてプレゼントされるなど、あとあとのことまで考えられたほうがよろしいかと」


 ついでにいうなら黒バラは稀少なので値段もかなり高額になってしまう。

 なにより花は生きものだ。プロポーズの大役をはたしたあと、ぞんざいに扱われてしまってはかわいそうである。


 そこまで考えていなかったらしい青年はしばらく考えたあと「店員さんのおすすめは何本ですか?」とたずねてきた。


「そうですね。ご予算にもよりますが、いちばんのおすすめはダーズンローズといわれる12本の花束です。12本のバラには『私の妻になってください』という意味がございますし、12本それぞれに愛情、感謝、尊敬、信頼、真実、誠実、情熱、努力、栄光、希望、幸福、永遠という意味がこめられてるんです」

「え、すごい。そんなのあるんですか」

「はい。結婚式などでも人気の演出で、19世紀のヨーロッパではじまったブーケ・ブートニアが由来といわれてます」

「ブートニア?」

「結婚式で新郎の左胸に飾る、小さな花の装飾のことですね」

「へええぇ。これまで花とかまったく興味なかったんですけど、奥が深いんですね。ちなみに、ほかにおすすめの本数はありますか?」

「そうですね……11本は最愛、40本なら真実の愛、50本なら恒久、永遠という意味になりますよ」

「……そのダーズン、ローズ? てのなら、12本にぜんぶの意味がはいってるんですよね。永遠とか真実とか愛情とか」

「そうですね」

「ずいぶんお得じゃないですか」


 真顔ではなたれた青年の言葉に思わず笑ってしまった。たしかにお得だ。ダーズンローズ。

 一緒に笑いだしてしまった青年があらためて口をひらく。


「じゃあ、12本でお願いします」

「ご予約ということでよろしいですか」

「はい」


 約ひと月後、青年は黒のダーズンローズを大切そうに抱えてプロポーズに向かった。

 そのさらに数日後、ゴスロリファッションに身を包んだ彼女と一緒に来店してくれたのだけど、それがプロポーズ成功の報告のみならず、結婚式がきまったらブーケ・ブートニアを頼みたいという相談だったものだから店長も大喜びであった。


 きっと、このカップルは『バラ色』といったら『黒』を思い浮かべるのではないだろうか。

 彼らにとってしあわせの色、喜びの色になっただろうから。


 将来、花にかかわる仕事がしたいと思ってえらんだバラ専門店でのアルバイトだけれど、プロポーズとか記念日とか誕生日とかお祝いとか、人生のさまざまな節目にふれるたび、きっとひとりひとりがちがう『バラ色』を持っているのだろうと思う。

 そしてそのたび、私の『バラ色』は何色なんだろうかと考える。まだわからないけれど、いつかみつかるといいなと思う。


「あのー、すいません」

「いらっしゃいませ。なにかお探しですか?」


     (了)


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