第8話

一晩領主様の館で過ごした翌日、俺はメイドさんに見送られていた。

昨晩はあの後ずっと客間で過ごし、食事もごちそうになった。

「それでは領主様によろしくお伝えください、予定では2,3日で戻ってまいりますので何かあれば我々が宿泊しているレッドウォールまでご連絡をお願いいただけましたらすぐに参りますので」

俺の言葉にメイドさんが頭を下げて見送ってくれる、うーん、悪い気分はしない。


「さてソウウ領へ向かおうか、本当はサマナに同行を願いたいんだけどあいつ絶対嫌だと断るからなぁ」

先の戦いで死んだラクトの遺体を回収するためにソウウ領領都まで向かうと告げてお金の絡むことだから一緒に来てくれと頼んだところ「絶対に嫌だ!」と断られてしまった。


「やれやれ、大丈夫だって何度説得してんだけどなぁ、まぁこの辺は戦う人間特有の感覚だから戦場に出ないサマナには判らないのも仕方ないか」

優れた戦士は同じ優れた戦士に敬意を持つものだ、ソウウ領の器士は皆優れた器士であった、ならば同じ優れた器士であるラクトの死にも敬意を持っているに違いない。

だからこちらが誠意を見せて敬意をもって向かえば悪いようにはならないはずだ。


「まぁいい、行こうかシラユキ」

宿に預けていた愛馬を受け取ると跨りソウウ領へと向かって走り出す、庭では従士達にダクトが心器の鍛錬を続けている。

昨日はリュウゲンが論理的に心器に関することを説明し、今日はダクトが感覚的に心器の鍛錬を行う。

魔力は学問的に解明されておらず魔力の鍛錬についても適切な鍛錬方法は判明していない、その為様々な形で鍛錬方法を試しているのだ。


「どれだけわかりやすく説明されても判らないけど、直観的に言われたら発動したとかコツが掴めたという礼も多いからね」

シラユキの首筋を撫でると嬉しそうに声を上げる、この子共随分と長い付き合いだ、初めて戦場に出るとき父上が与えてくれて以来俺の無茶にもついてきてくれる親友である。


「クラウも可哀そうにな、あの馬鹿め……」

クラウはラクトの愛馬だ、名前に使われている文字も似ていると喜んでいたのを覚えている。

「クラウもあいつと共に西に帰してやろう、そこでいい雌と巡り会って沢山のいい子供を産んでくれるといいな、シラユキお前も子供が欲しくなったらいうんだぞ、俺の愛馬はお前だけだがお前の子供を見たい気持ちはあるしな」

俺がシラユキの背中を撫でながら言うと、ブルルと馬鹿にしたように鼻を鳴らされた


「あはは、まだそんな気にならないかそれならしばらく一緒に頑張ってくれよな」

俺の言葉に機嫌よく速度を上げる、ソウウ領に向かう道のりは天気はよく絶好の乗馬日和だ。


===


ソウウ領、優れた領主であるモルク・ソウウが納める領地であり、治安もよく商業も農業も発展している領地だ。

豊かな領地は周囲の領主からも狙われやすく、領地を守るために優れた器士と従士を集めなくてはいけない。

もちろんそれだけではなく傭兵も集めて戦うが最終的に頼りになるのは自国で育てた戦力である。


「実際たいして器士達だったよ、ラクトを倒すのにたったの従士30人、器士一人で済ませたのだから他の領地の器士なら3倍は必要だからな」

シラユキも同意するようにブルルと返事をする。

この子は頭がいい、というよりも西の器士の愛馬は総じて頭がいい、彼等は皆魔の森近くで暮らしていた野生の馬たちであり、自分が認めた者しか載せない、そういう意味ではクラウが従士を乗せたのは奇跡のようなことだった。

それだけラクトの命を懸けた思いに心打たれたのだろう。


「そんな彼等だからこそきっと俺達のことも快く受け入れてくれるだろうし、ラクトの体も大事に扱ってくれているだろうこの交渉は何も難しいものじゃないよ」

俺が気楽にそういうと「本当にそうやろか?」と疑問を小首を傾げながらこちらに首を向けるのだった。

「見えたぞソウウ領、領都だ楽しみだね、ソウウ殿どんなお方なのか」

わくわくとしている俺とは対照的にシラユキは深く息を吐くのだった。

「おや、あれは?」

俺が領都の門に目を向けると一人の男が立っていてこちらを見つめていた。


「ソレイユ騎士団団長ソレイユ殿でよろしかったですか?」

門の前に立っていた男はこちらに向けてそう尋ねる、男の周りには複数の器士が護衛として立っておりこの男が高い地位のものだと思わせる。


「某、ソウウ国軍師を務めるブンワと申します、我が主モルク・ソウウ様より貴方様の案内を命じられております」

線の細い男は丁寧な態度で頭を下げるとこちらに挨拶をする。

軍師、そういえばここの領主は優れた人材を集めるのが趣味でありその中には軍師と呼ばれる戦いの際に領主にアドバイスをする役割の男がいるという噂があったが、なるほど彼が…


「なるほど、先日の戦いをひっくり返した軍師殿でございましたか、自分はソレイユ騎士団の団長ソレイユです、先日は完敗でございました」

俺は頭を下げるとブンワ殿は微笑みを浮かべてそのようなことはございません頭を上げてくださいと促してくる。


「器士様のご遺体の件でございましょう、その件も含めて我が主モルクが直接貴方様と話をしたいとのことですので領都の屋敷まで一緒に来ていただきたいのですがよろしいでしょうか?」

ブンワ殿の言葉に俺は頷く、こちらからお願いをしに来た立場だし、領主様にこちらを運んでもらうのは申し訳ない、こちらとしては謁見の申し込みを行い都合のいいタイミングでの謁見をと思っていたのだが、とはいえこちらとしてもあまり長くはハースを離れることが出来なかったのでハーツのご領主様から頂いた紹介状を渡すことである程度早めの謁見をお願いするつもりではあったのだが、まさか即日謁見できるとは思わなかった。


「それでは参りましょう、こちらの子はわが手の者に頼んで餌と手入れをさせていただきますので」

そういってブンワ殿はシラユキのことを預かってくれる、シラユキも暴れることなくブンワ殿の部下に手綱を預けている。

「気性が荒いのでご注意ください、人間一人や二人くらい蹴り殺しますので…やめろシラユキ冗談だ、噛むな」

俺の言葉に反応してシラユキが俺の肩を噛む、一応手加減をして甘噛みをしてくれてはいるが、ミシミシと器士であるこの俺の体を軋ませるあたりうちの愛馬は強靭で凶暴だ。


「わ、判りました貴方達も判りましたね?」

ブンワ殿の少し焦った顔に部下の器士達も頷きを返してシラユキは丁寧な扱いを受けて連れて行かれた。


「それでは某達も参りましょうか」

ブンワ殿に先導されて俺達は二人で領主殿の待つ屋敷へと向かった。

道中ブンワ殿は様々なことを教えてくれた、この領地の特産や周辺領主の性格、教会が3年ほど前から何か大規模な計画を立てている事等、傭兵の立場では中々知ることができないことを教えてくれた。

こちらからはお返しに傭兵ギルドが独自に行っている傭兵のランク付けの上位の傭兵団を伝えたり、個人的に優秀だと思う傭兵団の紹介、傭兵の望む依頼の出し方等を伝え、そして最後に


「ソレイユ傭兵団はソウウ領で敗北し器士を一人失っていることを傭兵ギルドで伝えて広めてもらっております、自分でいうのもなんですが我が傭兵団は傭兵の間でも名が知れておりますのでこれでソウウ領を攻めようというものはしばらく現れないでしょう、もちろん各地から情報を集める為の密偵が送られるだろうからいつまでも騙すことはできないだろうでしょうけど」

俺の言葉にブンワ殿は大きく目を見開いて驚きを露にした。

傭兵団は面子を大事にする、なのに自分から敗北の情報と器士一人を失った事を周辺に伝える意味などないのに何故態々と言いたいのだろう。


「敬意でございます、我々は負けました貴方の軍略に負けたのです、我々は強き者に敬意を払います、貴方達もそうしてくれましたように」

そう俺が告げるとブンワ殿は苦虫を噛んだような顔をする、はて?いったい何故このような顔をしているのだろうか?


「ソレイユ殿申し訳ない、どうか聞いていただきたい」

ブンワ殿はこちらを真剣な目で見つめ、語り始める、ファスズ平原でのその後を器士ラクトに対し害意を向けたことをそして今でも彼等の殺意は消えていないことを

俺はブンワ殿の言葉に対して余裕のある微笑みを返しながらなるほど、と呟いてから心の中で呟く、あれ?なんか予想と違うぞ。と


ブンワ殿に連れられてたどり着いたのは謁見の間であった。

中央の少し高くなった所に座るのはソウウ領領主モルク・ソウウであった。その横には嫡男であるシアン・ソウウが座っている。

左右には4人ずつに分かれて器士達が立っており、こちらに対して強い殺意を向けてくる。

今にも心器を取り出して殺しに来てもおかしくない、そんな雰囲気だ。

どうしてこうなったのかと心の中で頭を抱えているとモルク様が場を収めるために手を叩く。


「すまないな、ソレイユ殿器士達には手を出させないと私の名に誓おう、お前達も彼に攻撃するというのなら私の名を汚すものと思え」

モルク様の言葉に器士達が息をのみ、殺意を散らす、ただしこちらに対する視線の険しさはかわらないが。


「さて、この度の来訪の目的をお聞きしてもよかろうか?」

「はい、先の戦闘で死亡した我が傭兵団の器士の遺体を引き取りに来たのですが、もちろんただで返せとは言いません、金貨5枚でいかがでしょうか?」


俺の言葉に器士達は驚きの声を上げる、金貨5枚は領都の一年の軍事費程の額である、この国の硬貨は大体パン1個が一番安い硬貨である銅貨1枚、次に硬貨を四角く大きくした大銅貨が銅貨10枚分。

大銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で大銀貨1枚

一般的な家庭の1ヵ月大銀貨2枚得られれば裕福な家庭である。


そして大銀貨から金貨になると100枚分の価値となり一気にあがる。

傭兵一人の遺体の返還に金貨5枚は破格である。

「ふむ、なるほどもし、私が遺体を確保しておらず無縁墓地に埋めていたらどうなされるつもりだったのかな?」

モルク様がそう尋ねるが事前にブンワ殿からそのような処理はしていないと事前に聞いているがもし聞いていなくてもこう答えただろう。


「私達器士は戦場でのことを戦場の外には持ち出しません、また器士は強い器士に対して敬意を持ちます、私がそうしたように、ですから強い器士を従える領主様ならば強い器士である我が傭兵団の器士に無体を働くことはない、そう信じて伺いました」

強い器士には敬意を払い対応する、西の常識だが、東では非常識なこと多いですからねとサマナに何度か言われたカルチャーショックをこんなところで味わうとは思わなかった。


「なるほど、善き言葉を聞かせてもらった、器士殿の遺体は防腐処理を行い丁寧に保管しておる、持って帰られるがいい、それと金貨5枚も頂けぬ、ブンワから聞いたが其方たちは自分達に不利益なことを承知でソレイユ傭兵団は器士一人失い、負けたと広めてくれたとのことではないか、我らにとって今は僅かな時間であっても金貨5枚以上の価値を持つ、彼の遺体はそのまま持ち帰ってほしい」

モルク殿の言葉に再び器士達は驚く、傭兵なんてやったことを過大に広めて名声を得たがるものだ、今回なら領地の器士を討ったことを大々的に広めるならともかく自分達に不利益な情報を流すのは傭兵らしくない行為だからだろう。


「ストーン殿は強かった、強き者には敬意を、そしてえこの金貨は器士の遺体を回収し故郷へと帰らせていただけることに対する感謝の額ですので払わぬわけには」

こちらとしても当たり前のことをして無料でラクトの体を受け取ることはできない、ここで俺とモルク殿の間で奇妙な金銭交渉が行われることになったのだが、結果的に金貨1枚ということで話は落ち着いてしまった。


「ソレイユ殿、感謝する、貴方のおかげで私はまだ領主としての地位を守りきることが出来そうだ」

モルク様が最後にこちらに手を指し伸ばし握手を求めてくる、ブンワ殿の方を見てよろしいのか?と尋ねると頷かれたのでその手を掴む。

手はしっかりと武器を振るうものの手だということがわかる厚い皮をしており、また近づいて握手をしてみれば彼が強い覇気を持つ英俊だと改めて思う。


「ありがとうございます、いつか機会があれば同じ戦場で出会いたい者です、敵としてでも味方としてでも」

そういって俺は西の国において最高の賛辞をモルク様に送る、彼は一瞬嫌そうな顔をした後に

「次は味方として会いたいものだ」

そう言って俺の手を離して椅子に座るのだった。


モルク様との会話を終えてブンワ殿の案内でラクトの遺体が納められた棺桶の元まで歩いていく。

たどり着いたそこには笑顔を浮かべてまるで眠っているように棺桶に収められたラクトの死体が丁寧に保管されていた。


「何満足そうな顔してるんだお前は」

思わず俺はそんな言葉をかけてしまう、苦しそうに後悔を残して死んでいる姿を見たかったわけではない、だがそれでもそんな顔をされたら苦情の一つでも言いたくなる。


「素晴らしい器士でございました、腹を心器で抉られ、死を目前にしても死を恐れることなく、自分の首を取ろうとする器士に対して殺意を向けてそれ以上一歩でも近づけば殺す、そのような手負いの獣のような姿でした、某が彼の遺体を必ず故郷に帰すと約束すると某を信じて泣きごとの一つも言わずに眠るように…」

ブンワ殿がラクトの最後を教えてくれる、こちらとしては勝敗が決した後、ラクトを楽にしようとする以外の目的で首を取ろうとしたのは驚きだが、西の常識は通用しない、これからは気をつけねばいけないなと気を引き締める。


「ブンワ殿、ありがとうございました、これからこの領土も大変だと思いますが、お互い頑張りましょう」

俺は最後にブンワ殿に手を伸ばす、西の器士は基本的に魔物と戦うために戦略をあまり重視しない、だが今回戦略で勝敗をひっくり返され知恵持つ者との戦いの難しさを勉強することができた、次は負けないという思いと彼のもとで戦ってみたいという思いが両方存在している。


「某は二度と敵対したくはありませんけどね、結局ソレイユ殿が戦場に出てる時は一度も某の戦術は通用しませんでしたからね」

やれやれと左右に首を振り、そのようなことを言いながらも瞳には悔しさが滲んでいる。

「次はどちらの戦場へ?」

ブンワ殿はそう言い探りを入れてくる。


「次は教会からの依頼になりそうですね」

「教会ですか、つまりあの傭兵団の討伐ですかな」

さすがはブンワ殿、直接関係のない情勢も頭に入っているらしい。


「はいそうです、お世話になっている街によくない被害を与えたようなので」

「意外ですな、西の方々は教会を嫌っているのかと思っておりました」

ブンワ殿の言葉に確かに西の人間は自力救済が基本だ、だが神に縋る気持ちもわかるのだ。


「自力救済は恵まれた者の思考だと思っております、体の強さに恵まれた者、生まれる家に恵まれた者、自分の生き方に自信が持てるもの、世の中そういう者ばかりではなく誰かに救われたい、そう願うものがいるのは仕方がない事だと理解はしているのです」

だからこそ神に縋ることを否定はしない、ただ西の民は自分で自分の身を守らなくてはいけない環境なのだ。


「なるほど…楽しい時間でございました、ありがとうございます」

「こちらこそもっと話していたいのですが、彼を故郷に帰してあげねばいけませんので」

ラクトの棺桶を持ち上げる、館の外には馬車が止めてありこの馬車も使ってくれてかまわないとの事だ。


「ありがとうございますブンワ殿、それではまたいずれお会いしましょう」

俺はシラユキを馬車の隣に空馬で歩かせてつつ、馬車を操作する、この後はハーツの街に向かいそこで西の街に帰る商人にラクトの遺体と愛馬を預け故郷に帰すのだった。

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東国動乱期 @kagetusouya

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