ファンキーバニー・ウィズ・モンキーレンチ

月見 夕

可愛い子にはクソデカ工具を持たせろ

 閉店間際のホームセンターで、君なら何を買う?

 とびっきり物騒なやつで頼むよ。外はゾンビでいっぱいなんだ。

 大きななた? 刃こぼれしちゃあお終いだ。

 ハンマー? やめときなよ、あれ柄が折れたらただの棒切れじゃん。

 チェーンソー? どっかの漫画の読みすぎじゃないの。まったく分かってないなあ。

 ウサ耳フードの女の子には――クソデカいモンキーレンチだって相場は決まってんだ。


 俺にとってはそんなお馴染みな口上を宣い、相棒の少女は黒いウサ耳パーカーのフードを被り直した。ピンクのお下げが首筋から二本、こぼれて揺れる。

 あどけない唇を尖らせ、彼女はそのまま小柄な身の丈に合わない銀色のを引っさげて出口へ去っていく。

「今宵もいっちょ行きますかー!」

「待ってハテナ、まだ金払ってないから……」

 止める間もなく大胆な窃盗に及ぶ彼女に、俺はあたふたと財布を出しながら目で引き留める。

 面倒臭そうに振り向いた少女は、半笑いでレジを指差した。

「うん? 死体が死体に金払ってどうすんの」

「えっ!?」

 驚いて振り向けば、レジ越しの店員は右側頭部を失くしたまま俺の肩に噛みついた。反射的に腰から釘打ち機を抜いて数発顔をぶち抜くと、店員だったゾンビは悲鳴を上げるでもなく床に沈む。店内に残っている従業員はもう、全員助からないだろう。

 間に合わなかったか、と舌打ちし、入口の少女に向き直る。

「ひっでぇ言い草。俺は清潔な死体だ」

「うるさいな、ほら来るぜ」

 顎で指す先には、外から雪崩れ込むゾンビたちの姿があった。

 全長八十センチものクソでかいモンキーレンチを振りかぶり――ハテナは意気揚々と、大勢のゾンビがたかる正面玄関を飛び出した。

「いらっしゃいませぇぇぇぇぇぇーい!!」



 ◆



 当たり前だと思っていた日常が音を立てて崩れていく。

 そんな三文弾き語り野郎だって今時歌わないような言葉が、世相を一番表している。

 ある日突然、世界は「オオアメ様」の脅威に晒された。

 オオアメ様は真っ黒な雲のような影のような、上空に浮かぶ不定形な何かだ。前触れもなく西の空からやってくる。一匹じゃなく、世界中に同時多発的に存在している。

 ひとたび現れれば街ひとつを覆い隠し、空から数多の触手を降らせ、触れたものの命を奪い生ける屍に変えていく。その姿から人々は畏怖の念を込めてオオアメ様だなんて名前を付けた。

 何の目的で人間たちをゾンビに変えているのかは一切謎だ。重火器をぶっ放しても駄目、核弾道ミサイルも無駄とくれば人類に成す術なんてなく、呆気なくどの街も屍と化していった。

 ゾンビになった人間は脳を食われ、思考することができずただ人間を食うだけの屍と化してしまう。

 俺もご多分に漏れずオオアメ様に触れられてゾンビになったクチだが……当たり所が悪かったというか何というか、身体は確かに傷を受けても復活するが、何故か脳味噌は無事でこうして生きている人間と変わらない思考をすることができる。

 こうしたケースは他に類を見ない。

 しかし死なないだけで、急に強くなれるわけでもない。痛覚も普通にある。そこらのゾンビに集られて、食われては復活するという地獄のような日々を送っていたところに――ハテナは現れた。

 彼女は手にしたバールをゾンビたちの頭目掛けて力一杯ぶん回し、連続スイカ割りみたいに脳漿を弾けさせて回った。元が人間だったなんて躊躇は一切感じさせないような暴れぶりだった。少女はただの人間のはずだが、その口元は悪鬼の如く狂気に歪んでいる。

 あっという間に辺りが静かになり、大きくへし曲がってしまったバールをつまらなそうに放り投げると、ウサ耳フードの少女はズタボロの俺の前に立った。

「助かった……」

「何だよお前、死んでる癖に喋れるじゃん。あたしはハテナ。オオアメ様をぶっ飛ばす方法を探してんだ。お前は?」

「……カイ」

「そっか。カイ、死なないならあたしの鞄持ちをやれ」

 復活したばかりの右手で彼女の手を取ったその日から、俺もその旅路に同行することになった。



 ◆



 見渡す限りの死体の山をホームセンターの駐車場に築いて、ハテナは満足そうに息を吐いた。

 手に入れたばかりのモンキーレンチは真新しい血脂でぬめっている。あの調子じゃ、次の街まで持たずに壊れそうだ。

 彼女がひとたび血振りをすると、細かな肉片や血液が俺の方に飛んできた。

「やめろ、こっちに飛ばすな」

 先程レジのゾンビに噛まれた肩の傷口にそれらが触れると、しゅうしゅうと音を立てて傷は塞がった。おや、と俺は首を傾げる。いつもより治りの早い傷口を眺め、ハテナも不思議そうに黙って見つめていた。

 彼女が何か言う前に、西の空からそれはやってきた。

「見ろよハテナ、あれ!」

 見る見るうちに空を覆う黒雲――オオアメ様だ。

 ゾンビに会うことはあるが、リアルタイムで遭遇することは稀だ。あれに対抗する術などない。俺はともかく、ハテナが触れられれば終わりだ。

 逃げようと振り向くと、少女の瞳は何かを思いついたように煌めいていた。

「なあカイ、どこまで損壊したら自我を保てる?」

「……頭が無事なら大丈夫じゃね?」

 嫌な予感を飲み込んで、恐る恐る答える。すると避ける間もなく、ぶっとい鉈が俺の首元目掛けて振り下ろされた。

「ぐあ」

 潰れた蛙みたいな声を上げ、俺の頭は地に転がった。遅れて身体が倒れ、そこらに血溜まりを作る。こいつ、何の躊躇もなしに俺の首を撥ねやがった。

 悪魔的な笑みを湛えたハテナは銀色のモンキーレンチを振りかぶる。

「そんじゃ行ってこいやぁぁぁぁああああ!!!」

「いやぁぁああああああああああああ!!」

 頭蓋に強烈な一撃。

 掬い上げるようなジャストミートに視界は眩み、次に瞬いた時には眼前に黒い影が迫り、不定形の雲の中へすっぽりと吸い込まれた。

 あの馬鹿力、オオアメ様に向かって生首ホールインワンを決めたらしい。誰が相棒の頭でゴルフしろって言ったよ。

 しかし俺の身体は暗い雲海を瞬く間に吸収し、再構築を始める。指先が生まれ変わる頃には、オオアメ様は霧消し空は元の夕暮れを取り戻していた。

 そのまま自由落下し、俺は街外れのビルの屋上に墜落する。再び粉砕骨折した身体が元に戻る頃に、ハテナは非常階段を昇って迎えに来た。

「あはははは!! すっげー!! オオアメ様消しちゃった!!」

「やったな……お前……」

 二重の意味で睨んだが、彼女はどこ吹く風、といった様子で笑い続けていた。

 無理もない。それは正体不明の悪神を初めて殺せた瞬間だった。理屈は分からないいが、オオアメ様が産んだ不死身の俺をもう一度胎内に戻すことで消すことができるらしい。

 世界に何体いるか分からないオオアメ様を、消す手立てが生まれたのだ。そのすべてを消し去る方法を探していたハテナにとって、これ以上の発見はないだろう。


 


 研究者だった俺は、フラスコの中で不死の生命体を作っただけだったんだ。それが逃げ出して、たくさんの命を巻き添えにして肥大化し今に至る。死なない命の作り方を研究していた俺でさえ、オオアメ様に準じる存在になってしまったのだ。

 消し方なんて俺にも分からなかったのに。ハテナはそんな懸念をフルスイングで晴らしてしまった。

 こいつならば、いつかゾンビに変えられてしまった人間を元に戻す方法すら見つけられるかもしれない。

「お前に着いてきて良かったよ」

 振り向かずに行ってしまうウサ耳の背中にそっと呟いた。

 ゾンビ殺しがゾンビになるなんてつまらない二の舞はやめてくれよ。

 俺を含めて全部殺すか、何とかして俺も知らない元への戻し方を見つけるかだ。シンプルで良いだろ?

 最後まで見届けさせてくれよ。幸い、俺はほっといても死なないから。


「まとめてかかって来いやぁぁぁぁぁぁ!!」

 新たに現れたゾンビの群れに突っ込んでいく相棒に呆れて笑いながら、沈んでいく夕陽に向かい、俺は果てのない旅路へとまた一歩踏み出した。

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