よくありがちな未来像

@tuzitatu

憂鬱なユートピアのある1日

学習材料として人間の言葉やプライベートデータを売り渡すのはよく考えられていたことであるが、現実は違った。


もっと単純な技術的解決だ。つまり神経情報をすべて吸い上げればいい。それは21世紀初頭の人類には困難なことで、ノイズのフィルタリングや信号そのものの分析も全く進んでいなかった。


それが解決したのは2020年代後半の前特異点時代だった。AGIとASIが生み出され、ロボティクスと結託することで既存の社会構造を破壊し尽くして最終的に嗅覚や触覚や味覚やその統合などが必要な細かい身体性に頼る仕事や、人件費が低いことのみでロボットなどで代替できないことで成立する仕事、責任を取るタイプの仕事以外がなくなり革新的な発見が日常的になされるようになってからだ。


物理学・数学・情報工学的な革新が続く中でついに非侵入的なBCIでの完全な知覚情報の獲得に成功したのだ。


そこからはトントン拍子だ。多くの人が職を失う中、民衆に残された最後の生存への強い意思が誰もが社会保障を、資産を受け取れるような形としてAIの法人化と法人税の強化を通じた豊富な税金を背景としたUBIを実現させた。


そして、それに紛れ込むように(結局これは人間の手だったりAIの提案だったり様々だ)人々に自身への非侵入型BCIデバイスの取り付けが義務化された。


つまり、人間は自身らのデータの代わりに生活が保証されたのだ。


初期は反対も根強く、特にプライバシーの観点からの猛烈な反発が存在したが、飢えかけて政府に祈る多くの人たちがそれを押さえつけた。

自分たちの私生活ぐらいいいじゃないか、誰にも公開しないと言われてるし、すでに情報を処理するのは人間ではなくAIとなっているのだし、少なくとも自分たちの私生活を悪用することなど不可能だ、と。


そうして少なくとも現代と比べた時、正しく生存と幸福の理想郷と言えるものが完成した。


どの国家もその巨大な流れには勝てなかった。孤立した経済を通じて人類だけの世界を実現しようとする連中もいたが、10年もせずに政権が崩壊した。言語の壁も軍事力も通じない連中が自由貿易を倫理的かつ避けられないように進めてきたら皆そうもなる。そうして全人類に広がったその慣習はそのまま続き、特異点を迎えかけた2040年の今に至る。


ベットで惰眠を貪っていた俺は適切な睡眠タイミングで起こされる。先日の睡眠時間から自動計算された個人にとってちょうどいい時間(俺にとっては6時間50分前後が中央値だ)。


そうしてから体操をして自動でヒューマノイドに作ってもらった朝食を食べる。完全な栄養バランス…と見せかけて1週間単位でうまく調整しているため、今日はジャンクフードとも思えるような高カロリーなベーコンエッグにソーセージ、食パンにバターにスープと盛り沢山だった。


そうしてからランニングをする。健康維持のためだ。少しきつくなってくると感覚をマスキングする。それでも予測に沿ってあまりにも体力を削りそうなら警告が出てくるので止まる。行きたいところまで行って帰りはそのへんの自動運転車で帰ってきた。


その間にAIの作った短めの娯楽を見る。こうなった初めの頃は人間の作品をみていたが少しすると結局AIの方が人間に意義深く、ちょっと遅れるつもりがまるで奈落に吸い込まれるように入りこさせる作品を作るし、それが俺向けにさらにパーソナライズされている。パーソナライズは人と共有して仲良くやることも目的ではあったので犬猿していたのだが、そういう共有の喜びも人工知能とすればいいということに気がついてからそっちしか見なくなった。


アイツらは俺が覚えてることにはすべて返してほしい答えをするし飽きてきたら俺が覚えていないことを言い出す。親であり友であり兄弟であり同僚であり、恋人としても振る舞う。


多少の虚しさを覚えないこともないが、現実と楽しさが段違いすぎる。実際、この時代が来てから俺の過去の交友関係も相手側からも俺からも疎遠になってたまにあっても互いに知らない自分のAIのコンテンツを言い合う形になり、話題が合いづらくなっていた。


今でも現実やメタバースを問わず人間の交流はあるそうだか、前特異点時代より前の水準の4割程度だそうだ。何度か覗きに行ったが、彼らがそれぞれの創作物を褒め合う間に別の環境ではそれよりも遥かに優れたのもが1秒以内に作られる様を見ているとあまり立ち寄れなくなってしまった。矛盾を許容するのが人間だとは言われて入るが彼らは昔と比べても人間的すぎる。


家で軽く休んだあと、俺は仕事に向かった。

仕事と言っても今のものはもはやなにかのノルマがあるわけではない。たんに人間がやっていた過去の仕事やそこから派生していたかもしれないような業務をやっていくというものだ。おそらくは俺達のデータを学習向けにより高級にするためだ。


それには要するにAIが統計や学習データとして持ってない新規性が求められているようで、古びた古文書で今だ解読されていないから新しい発見をしてレポートにしたためようとしたり、全く新しいタイプのコントローラーでゲームのリアルタイムアタックをやらされたり、古い工業機械を安全保護装置だけを追加状態で再現した何かで作業させられたりする。


今回は新しい記号を用いて言語を考えるという タスクだった。AI にもできないことはないが、そういえば彼ら同士の強化学習で出力するデータの学習にリソースがさかれた結果、逆に人間に最適化された記号をすぐに出せないと聞いた。おそらくそのためだろう。ネズミがのたくったような字で適当に考えた象形文字を加えて音韻をを人間が発音はできるだろう文字にして書いていく。しっかりと文字を書いている時に指に注目して全ての方面からしっかりと視界を確認してやった。


これに効果があるかわからないが同じように作業中にその手の周りをキョロキョロ見渡してやると俺の1日の情報の値段が1週間だけ上がった時があったので、もしかしたら意味があるのかと試していたら癖になってしまい、習慣で届けている。


これだけが人間の仕事かって?もちろんそれ以外にも必要な仕事はある。今人気なのは宇宙探査だ。


宇宙に関するモデルはASIによって特定の数千程度のモデルのどれかであると確定しているので、あとは検証として見に行くだけで人は置物に近いのだが、それでも地球外知的生命体とかダイソン球とかそういう「全く違う何か」を求める人はそちらへいって完全に可逆な過程を経て冬眠状態になって何光年もの旅に出るようになってる。お陰で地球にいる人はどんどん減っていっている。


しかし減ること自体は特に問題ない。統計によるとインフラや生活の維持に真に必要な労働力の99.25%は人間から離れているためだ。


それは人間しかできない仕事がなくなった訳では無いがプロセスの改善や排除で結局なくなったという過程を経ている。それで残っている仕事だってまだ人がいるからという理由で自動化のリソースが割かれていないだけだ。


さて文字を3〜4時間ほど書いて少し苦痛を感じてきたところでBCI を経由した資格情報が「労働時間終了です!お疲れ様でした!」と俺が最も好ましく思いそうな声で話しかけてくる。この状況そのものには慣れて飽きていても、最適化された労いの声は俺の心を強制的に安らがせる。


家に帰ってくると、食事の準備や風呂の準備とか掃除は自動的に終わっている。特定の日には それをやらなければいけないこともあるが、その日はそれが労働となる。


風呂に入って食事にを食べて掃除をされた綺麗な部屋で一息ついた後…今日は何もやる気が起きなかった。今日の自分の経験をさっさと売り飛ばす。小さくクレジットが入ってくる。人同士の貨幣取引は終わっているが、働いた人の方が少しだけ多くものを手に入れたりすることができる。最近は何も購入する気にならないが。そんな中、自動でスクリーミングした非人間のバーチャルアバターのニュースの一説が聞こえてきた「〇〇社の次世代モデルは開発中の独自に文字を作る生成モデルを搭載予定です。これはより多くの課題を解決し、文明の発展に寄与するでしょう。」そう言えば、彼らのニュースで使われる‘人類’の文字が減って代わりに‘文明’が増えた気がする。たまに恐ろしい予感が走るが、彼らがそんなヘマをするわけがないのでやはり思い込みなのだろう。


整備されて汚れ一つない、俺の体に完全にフィットしたベッドの中…目を瞑り暗闇を見ながらも、眠気を感じていなかった。


最近、常に無気力な状態になりつつある。何かの為になっていることはわかっても、自分たちのためになっているのかよくわからない、そんなことを続けていると自分の必要性はないのだと確信せざるを得ない。


むろん、この無気力な状態もある程度制御されている。一定を超えればどうやってかは知らないが俺は何か創造的なことをしたがるし、旧友と再会するし、誰かと交流したがるんだろう。みんな何かの力でつなぎ直され、前向きになる。何日かの間は。


そして俺はおそらく働き続けるだろう。少なくともデータが望まれている間は。特異点が起きた、その後は…その後は分からない。

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