白薔薇の騎士と歩兵の俺

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白薔薇の騎士と歩兵の俺

 俺は騎士団に所属している平民だ。


 平民でしかも歩兵なので、騎士団にはいるが騎士じゃない。騎士っていうのは貴族がなるもんだからな。


 あと二年もすれば三十路の仲間入りだ。若さも陰りを見せ始めてきたし、もういい加減こんな危険職は引退して可愛い村娘でも見つけてのんびり暮らしてえなあと思ってるが、ろくな貯蓄もなく予定は未定のままだ。


 俺の所属する騎士団には、第七まで師団がある。第一が出世街道真っしぐらの奴らが所属しているって説明すれば、第七の意味は自ずと分かるだろうな。


 隣国が国境を面する北の砦にしょっちゅうちょっかいをかけてくるってことで、「一網打尽にしたい」と王都に要望があったのは半年前の話だ。北の砦の戦いはエグいと定評があった為、真っ先に白羽の矢が立ったのは、まあ当然だけど第七師団だった。


 王様が行けと言えば行くしかない。てことで、俺ら第七師団、総勢千人ほどの部隊は、前線入りした。


 師団長はまだよかった。だけど問題はその下についてる副師団長やら騎馬隊長やらその他諸々の上の奴らで、まあ使えねえ。指示は気分だし危険が迫ったら部下を押しのけて我先に逃げるしで、最低な奴らばかりだ。


 北の砦で一番偉い辺境伯サマは、ものすげえ冷めた目で奴らを見ていた。「こんなのいらねえ」って思ってるのがありありと分かる目をしてた。分かる。すっげー分かる。俺も同意見だよ、辺境伯サマ。


 そんなこんなしている内に、副師団長が夜逃げした。てゆーか、敵側に寝返った。なんか、母親がそっちの国出身だったんだと。そんな奴を副師団長に掲げている師団を前線に出すなよ、と俺は思った。


 で、「後釜はどうなるんだ?」と諦め半分期待半分で待っていると、やってきたのはまあとんでもない眉目秀麗な、立っているだけで周囲がキラキラしているように見える若造だった。『薔薇の君』みてえな二つ名が似合いそうな、金髪碧眼の正真正銘の由緒正しそうな貴族の坊っちゃんだよ。頬も唇も薔薇色ってやつでさ、まあ砦中の男連中がざわめき立ったもんだ。


 ヤツの名前はコーネリアス・エドワーズ。エドワーズ伯爵っていうれっきとした伯爵サマだった。背は高くしっかりと鍛えた身体つきをしていて、正に騎士のお手本みたいな外見をしている。なんでこんな奴が前線に? と誰もが思ったと思う。少なくとも俺は思った。


 そしたらさ、やっぱりからくりがあったんだよ。


 こいつは王都にいる時、第一師団に所属していた。で、第なにだか知らんが好色な王子にケツを掘られそうになって――ボッコボコにしちまったんだと。聞いた時は腹を抱えて笑っちまった。そりゃあ王子をボッコボコにしちまったら飛ばされるわな。ちなみに王都では第一師団の色である白にちなんで『白薔薇の君』って呼ばれていたらしい。俺の直感、凄くね?


 奴は淡々とした様子で、左遷を気にもとめていないように見えた。薔薇ってやつにゃあ、棘があるだろ。迂闊に触れた王子は、そのちいとばかし尖りすぎてた棘に刺されちまったって訳だ。掘られるくらいなら飛ばされた方がいいってツラに見えて、俺の中で貴族に対する評価がちょびっとだけ上がった。


 それからコーネリアスの姿を見かけると、何となく目で追うことが増えた。ていうか、気になって仕方なかった。


 だってさ、ヤツはマジで絡まれるんだよ! 娼婦もいねえこの砦じゃ、綺麗めの男は性欲の対象になっちまう。肩を組まれて暗がりに連れて行かれそうになったり、ヤツを集団で襲う計画を立てているのを聞いちまったり、どっから仕入れたか知らねえが媚薬入りの葡萄酒を飲まそうとする奴もいたし。


 俺は平民だし、お貴族様となんて関わり合いになんざなりたくねえ。でもさ、知っていて助けないのは違うかなって思っちまったんだ。


 そんなもんで、暗がりに連れて行かれそうになった時は目の前でぶっ倒れて「気持ち悪い、誰か医務室へ連れて行ってくれ」ってやってみて、コーネリアスに医務室まで連れて行ってもらった。


 集団で襲う計画を立てている件については、こっそり手紙をヤツの部屋のドアの隙間に入れて注意を促しておいた。その上で、決行当日その中のひとりをとっ捕まえて無理やりひん剥いてから手足を縛ってベッドの上に転がしてみたら、なんか凄えことになった。その後、ヤられた奴は砦からいつの間にか消えていた。噂では、ケツに異常をきたしたらしい。


 媚薬入りの葡萄酒事件は、慰労会の時に起きた。俺はその時平民ながら歩兵長代理になっていたので、ギリギリ呼ばれていたんだ。ちなみに正規の歩兵長で貴族の兄ちゃんは、布団を被ったまま自室から出てこねえ。だから師団長が「……アーガスが代理をやれ」って指名してきたんで、代理になっている。はよ布団から出てこいよって常に思ってるが、一向に出て来ねえんだよな。


 で、俺はコーネリアスにグラスを渡そうとした男が、直前に明らかに怪しい小瓶の中身を注いでいるのを見てしまった。毒かもしれねえと思って、差し出した男の手にぶつかったふりをしてひっくり返そうとしたら、ちょっと手元がぶれて俺が引っ被っちまったんだ。


 そのせいで、これは毒じゃなくて媚薬だったのが、上気し始めた自分の息で分かった。そうしたらさ、口に入れてしまった俺がよほど怪しげな様子を見せていたからか、コーネリアスが医務室まで連れて行ってくれたんだよ。「これで二度目だな」なんて言いながら。こんないち歩兵の存在を覚えていたのかと、その時は驚いた。


 ベッドに横になれて「もう大丈夫です」と告げたが、コーネリアスの野郎は「大丈夫そうには見えない」と騎士然として言い放った。結果として懸命に隠そうとしてたのに硬くなっちまった俺のあそこを見られちまって、奴は中身が何だったのかを悟ってしまった。「私のせいだ。償いの為手伝わせてほしい」なんてのたまった後、本当に手伝いやがった時は驚いたよ。


 何度か吐き出して疲れて寝ちまった俺に、結局朝まで付き添ってくれていた、とんでもねえお人好し。


 こんなんじゃ、王都じゃ浮くわな――。


 夢の世界に片足突っ込みながら、その時思ったもんだ。


 何故なら。


 うちの国の騎士団はさ、上層部がほぼ高位貴族で占められてる王立騎士団だ。本来だったら、由緒正しいお貴族様だけで固めたいのが本音なんだろう。ただ現状、隣国との小競り合いやなんやかんや言ってしょっちゅう諍いがあるもんで、怪我や最悪の場合には殉職、なんてこともあるっちゃある。


 貴族は替えが利かねえが、平民ならいくらでも替えが利く。てことで、上に立つのは貴族の坊っちゃん方、下っ端は平民の俺らっていう構図が作り上げられたんだってさ。今よりまだちょっと騎士団の正義とかを純粋に信じていた頃に初めてそのことを聞いた日は、正直言ってがっかりしたもんだ。


 日頃「己を鍛えよ、さすれば大事な命を守り抜くことができる!」が口癖の団長の言葉にはさ、俺ら下っ端の命も含まれていると思ってたんだよ。その時までは。


 だけど団長が言ってるのは、王族や自分たち貴族の命ってことで、平民の命じゃなかった。


 命って忖度できるもんなんだな。まあそりゃそっか。


 だからあれ以来、ただの平民の俺に柔らかくなった雰囲気で話しかけてくるようになったのも、貴重な戦闘のない一日に部屋に招待されて媚薬も飲んでねえのにアレコレし合っちまったのも、奴が変わり者だったからってだけなんだろう。


「……あー、痛え」


 俺は冷たい地べたに仰向けになりながら、笑っちまうくらい見事な星空を見上げつつぼやいた。


 腹が滅茶苦茶痛え。だって腹に剣がぶっ刺さってるからな。


 幸い内臓はうまく避けられたみたいですぐに死にそうってほどではないが、如何せん真上から地面に縫い付けられちまって身動きが取れない。誰か助けをと思って見渡しても、俺の周りにゃ敵の死骸しか転がってねえ。剣を引っこ抜きゃあ動くことも可能だろうが、抜いた瞬間血が吹き出して人生終了になるんだろうなと思って、踏ん切りがつかなかった。


「……にしても、こいつ重いな」


 俺の足に膝枕された状態で絶命してるのは、敵の大将サマだ。かなり強くて、うちの歩兵どもをバッタバッタ薙ぎ倒していきやがったこいつを止めるべく、一騎打ちを申し出た。その間に仮の部下たちを逃がして、俺も隙を見て逃げ出すつもりだった。


 なんだけど、こいつが強いのなんのって。「お主かなりの使い手だな! 名を名乗れ!」て言われちまったが、申し訳ないが俺は平民、名字なんて洒落たもんは持ってない。だから「アーガスだよ」って律儀に答えてやったのに、「家名を名乗らぬとはおのれ、馬鹿にしているのかッ!」とか言ってガチギレされちまってよ。ないもんをどう答えりゃいいっつーんだよ。


 で、部下の姿が見えなくなったあたりでとんずらをこくつもりだったけどできなくてさ。仕方ないから全力でぶっ殺そうと思って喉に剣をぶっ刺してやった。奴は地面に倒れ伏した。剣はその辺に転がってたやつだからそのまま置いていった。


 普通、ここで終わると思うだろ。


 でもさ、突然「ワハハハハッ!」て背後から高笑いが聞こえてよ。こいつは血の涙を流しながら、俺に向かって走ってきてたんだよ。いやあ、あの時はビビった。てゆーかちびりそうなほど恐怖だった。


「そうはさせるか! 共に死んでもらうぞ!」って喉に剣ぶっ刺さったまま、逃げる俺を追いかけてきた。なんで声出てんの? てのも恐怖心を煽った。


 あまりの気迫に気を取られた俺は、一瞬の隙に腹をぶっ刺されたって訳だ。だって不死身なのかよこいつって思っちまったんだよ。怖いだろ、さすがに。


 で、こいつは俺を押し倒してそのまま絶命。


「最期によき戦いを経験できた……」とか笑って言われた次の瞬間には死んでるとかさ、もう悲鳴が出るかと思ったね。


「……コーネリアスの奴、無事に逃げられたかなあ」


 俺が愚かにも自分の身を呈して部下を守ったのには、実はもうひとつ理由があった。


 俺に膝枕されて死んでるこいつは、はじめは騎乗してた。そんでコーネリアスとやり合ってたんだよ。


 コーネリアスは見た目と違ってかなり強いが、力負けしてるのは見てすぐに分かった。こりゃあ時間の問題だなと思った俺は、目の前を通り過ぎようとしていたこいつの馬の足に斬りつけ、落馬させた。


 コーネリアスは俺がいるのを見て何か叫んでたが、歩兵の波に押されて流されていっちまったから何を言ってたかは結局分からないままだ。


 俺はコーネリアスがこのまま戻ってこないことを祈った。


 だってさ、相手は若き伯爵サマ、俺はおっさんに片足を突っ込みかけてるしがない平民。コーネリアスの本心は分からねえが、頬を薔薇色に染めて愛を囁く相手としてはどう考えても間違ってるもんな。


 これまで鉄壁の防御で守り抜いてきたケツの純潔を乞われて差し出しちまったのは、まあ一時の気の迷いってやつだ。きっと。


 こういうの、吊り橋効果って言うんだろ? なんか前に誰か言ってたよ。普通の環境だったら絶対好きになったりしない相手と怖え体験を共有すると好きになっちまうってやつ。俺らのは、きっとそれだ。


 だからさ、俺、奴には最期まで言わなかったけど、今しかもう言う機会ないからさ。


 吊り橋効果な状態な訳だし、言わせてくれよ。


「コーネリアス……俺もちゃんと好きだったぞ……」


 そのまま瞼を閉じると、次第に意識が遠のいていった。


 何故か「アーガス! アーガス!」っつって俺の名前を泣き声で呼ぶコーネリアスの幻聴が聞こえてきていた。いるかどうか分からねえ神様も、最期は粋な計らいをするじゃねえかって思って、ちょっとだけ笑えた。


 案外悪くない人生だったじゃねえかってさ。



 結果として、俺は死ななかった。


 あの時俺が聞いたコーネリアスの声は、本物だった。奴は砦に戻ってきた兵の中に俺がいないことを知ると、その辺の馬を奪って戦場を探し回った。


 だけど見つからなくて呆然と立ち尽くしていた時、しんと静まり返った中に俺の告白の呟きが聞こえてきたんだそうだ。俺、そんなでかい声出してたかな?


 コーネリアスは俺に膝枕されてる敵将を蹴っ飛ばすと、俺を剣ごと地面から引っこ抜いた。すぐに砦に戻り、コーネリアスの部屋で剣を引っこ抜き止血と縫合を行い、寝ずの番で俺を看病し続けた、らしい。


 らしいって言うのは、俺には一切その記憶がないからだ。


 俺が目覚めたのは、俺がぶっ刺されてから半月も後のことだった。


 俺が倒したのは実はかなり上の立場の奴だったらしくて、目が覚めたら俺はちょっとした英雄になっていた。


 だがそれ以上に騒がれていたのは、コーネリアスの奴だ。奴は正に鬼神の如く、敵を斬って斬って斬りまくったそうだ。「アーガスを害した国は滅ぼす!」て叫びながら。


 で、第七師団と北の砦連合軍は、完勝しちまった。相手の大将と停戦条約を結び、相手の王家が破ったら速攻攻め入ると脅しまくったんだと。怖えよ。


 そんなこんなで、俺は馬車の中で今コーネリアスに膝枕されながら、王都へ凱旋中だ。


 一時は目の下の隈がとんでもないことになり薔薇色の頬は青薔薇になっちまってたが、「前のお前の顔色のほうがいい」っつったらようやくちゃんと寝てくれるようになった。でも、俺の隣でないと眠れないといって、常に俺にくっつきながら寝てるがな。


 王都にはあと数日というところで、馬車の外から声がかけられた。王都からの返信を携えているという使者から窓越しに手紙を受け取ったコーネリアスは、満面の笑みで書類を俺に見せる。


「見てくれアーガス。馬鹿王子の不祥事を国内外に尾ひれをつけてばら撒くぞと脅したら、思ったよりも早く対処してくれたようだ」


 コーネリアスが持っていた書類には、俺が敵将を討ち取った報奨として貴族籍を賜ったこと、多額の報奨金を得たこと、騎士団の名誉顧問となり前線から退くこと、それと――。


 コーネリアス・エドワーズ伯爵の配偶者として認められたこと、が国王の署名と共に書かれていた。


「は? おい、なんだこれどういうことだ説明しろ」

「私は騎士団からは退団し、以後は領地に戻り領主としてやっていくことになった」

「こら、説明が雑だぞ」


 コーネリアスが、無精髭が生えた俺の頬を優しく撫でる。


「アーガス、私の妻として私を支えていってはくれないか」

「……てゆーかもう決定事項じゃねえか」


 呆れ返って辛うじてそれだけ返すと、コーネリアスは破顔して頷く。


「アーガスもちゃんと私のことが好きなのは聞いて知っているからな」


 思わず、くは、と吹き出した。


「お前さ、それ一生言う気じゃねえか?」

「勿論、私も死が二人を分かつその日まで毎日アーガスに愛を囁き続けるさ」


 頬を薔薇色に染めながら微笑まれたら、とっくにこいつに惚れちまってる俺が否なんて言える訳もなく。


「アーガス、愛している」

「……知ってるよ」


 弧を描いたコーネリアスの薔薇色の唇が近付いてきたかと思った次の瞬間、俺の唇は奴の唇に塞がれていたのだった。






※ ※ ※


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