薔薇色
洞貝 渉
薔薇色
むせ返るくらいのお上品で気品溢れる濃厚な甘い香りに、内心顔をしかめる。
姉さんの薔薇園はいつでもしっかりと管理が行き届いており、目を見張るような美しい薔薇がそこかしこに大輪の花を咲かせていた。その圧倒的な視覚と嗅覚からの情報に、あるものは委縮させられ、またあるものは恍惚とさせられる。……が、私はここに来るたびに興ざめした気分にさせられた。
だって、そこかしこに咲く花に、色が無いのだもの。
白薔薇に気高さや無垢、純潔などを見出し、姉さんにぴったりだと賞賛する者も多い。けれど私はそうは思わない。無色無個性の薔薇の、こんな陳腐な白の、どこに姉さんらしさを見出せばいいのかさっぱりわからなかったから。
「白は嫌い?」
姉さんが私に、面白そうに尋ねてくる。
顔に出したつもりはないのだけれど、姉さんにはお見通しのようだ。
「何色でもない色は、つまらないよ」
あらまあ、白も立派な色なのに。姉さんは楽しそうにクスクスと笑い、手近の白薔薇を一本、じゃきりと器用に切断する。
「じゃあ、あなたは何色が好き?」
「さあ……赤とか?」
「ならこの薔薇を赤い薔薇に仕上げましょう」
明日またいらっしゃい。
姉さんは悪戯っぽく笑った。
翌日、手折られた白薔薇は鮮やかな赤い薔薇に様変わりしている。
目を見張る私に、愉快そうな姉さんがどうだとばかりに胸を張った。
「これは、どうやったの?」
「簡単なことしかしていないよ。ただ、色水を吸わせただけ」
ほら、と姉さんが薔薇を活けた土台に傷をつける。傷ついた箇所からは真っ赤な水が滴り、土台が小さく悲鳴を上げた。
「白はそれ自体にもたくさんの種類があるのに、さらにどんな色にでも変化することが出来るの」
暴れそうになる土台を、姉さんのしなやかで強靭な腕が締め上げ、おとなしくさせる。
私は姉さんに捕らえられた土台に同情と少しの羨望を覚えた。
「だから、白は無限の可能性の色なんだよ」
素敵でしょう?
にっこりと笑う姉さんは、ペロリと一口で、赤く染まった白薔薇を土台ごと食べてしまう。
今の姉さんを土台にしたら、白薔薇は何色に染まるのだろうか。
たった今食べた土台の赤になるのか。
それとも、活けられた薔薇本来の白い色がそのまま滲むのか。
私はうっとりと、姉さん色に染まる薔薇の花を夢想する。
「……なるほどね、確かに白も悪くはないのかもしれない」
私の言葉に姉さんは、でしょう? と言ってクスクスと笑う。
薔薇色 洞貝 渉 @horagai
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