これからのこと。

「良い食事だった」


 蓮白れんはくは頬が引きつれてから笑いしかれない恵次けいじに、手を差し出した。恵次はそばで見ていただけなのに、心臓が早鐘を売って仕方ない。


 白魚のようなその手をそっと取って、恵次は立ち上がる。


「……和尚のこと、ありがとうございました」

「あの程度、大したことじゃない。それに……僕にはやらなくてはいけない理由があるんだよ」


 蓮白はささっと羽織の砂ぼこりを払って言う。

 恵次は首を傾げた。妖怪を統べるあやかしの長、と言っていたが、その役目ということだろうか。


「悪いとは思っているんだ。僕が中華民国たいりくに居れば日本はこうなっていなかったし……君も妖怪に恐れて生きることなんてなかった」


 全ては太公望たいこうぼうのせい……と恨めしく蓮白は吐き捨てる。誰なんだ、その太公望という人は。しかし、すぐに顔色を戻して恵次に向き直る。


「僕が日本に妖怪を持ち込んでしまったんだ。殺されそうになって、その逃げ場所として選んだのがここだった」


 恵次は視界の端で朝日が昇るのを捉えた。

 門の方から女性たちが目を覚ますうめき声が聞こえてきて、二人はそちらに気を取られる。


「……今のうちに行きましょう、蓮白さん」


「恵次」


 恵次が寺に背を向け一歩踏み出すと、それをさえぎるように蓮白が名を呼んだ。

 恵次は初めて蓮白がきちんと名前を呼んだことに気づいた。蓮白は眉を下げていて、差し込む朝日のせいでそれは随分はかなく見える。


「ごめんね、はっきりと妖怪が見えるようにしてしまって。僕が責任を取──」


 妙なことを言いかけた口を恵次は慌ててふさいだ。


「変な言い方しないでください! さっきから行動の節々に怪しさを感じるんですけど!」


 蓮白は調子を取り戻したように、にい、と意地悪に笑って恵次の手を外す。


「物好きは世にたくさんひそんでいるんだよ。それこそたぬき和尚おしょうのようにね」

「ふ、ふざけないでください! 俺はそんなことを初めて知りましたっ!」


 それはたかが十数年生きた人間に理解できるものじゃない、と蓮白は人差し指を回して蘊蓄うんちくのように語った。けれど恵次は白い朝日を見て、「でも」と言葉を絞り出した。

 蓮白は舌の回る口を閉じて続きを待ってくれる。


「でも……妖怪に振り回された挙句あげくない俺のことを見捨てるのは許しません。何かしろというなら……手伝えることであればやりますから、蓮白さん」


 蓮白は不器用だが真っすぐな恵次の告白に、眉を下げて笑った。飾らない、気の抜けたような笑みは朝日に映える。


「じゃあ、まずは朝ごはんの支度かな。それから──」


 そうして二人は山の中腹にある小さないおりへ消えていった。







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御江戸あやしあやかし絵巻~九尾男子の願掛けご飯~ 千田伊織 @seit0kutak0

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