狐狸のことわり。
そんなことがあってたまるか。妖怪など恐ろしいことこの上ないのに。
「じゃ、じゃあ狸親父って、
「あいつはこの山で有名な化け狸だよ」
恵次はここでもう一度気絶をしてもいいか、と思った。
今目の前にいる数多の生き物が妖怪である、それだけでも卒倒ものなのに、自身が身を置いていた寺の和尚が化け狸? 狸に育てられ、食われそうになった人間になりかけたと思うと、これはさて笑い事ではない。
「狸は謙虚であるべきだ。少なくとも、僕がいるこの山ではね」
蓮白は恵次の行動をどう受け取ったのか、山奥の寺がある方角を
こうして見ると、感情がすべて尾に反映されるので少し面白い。
「ましてや人間に手を出そうなど
「じゃあ、願掛けでたぬきそばを食わされたのは」
「少年、察しがいいね。君は寺育ちだから、獣臭いたぬき汁は避けたんだ。……もっと感謝してくれてもいいよ」
あと少しで触れてしまいそうなほどに迫られて、恵次は顔を逸らした。
蓮白は恵次はの拒絶に少し残念そうな顔をして姿勢を戻すと、提灯を掲げて尻尾を収めた。そして出会った時とさして変わらない格好に戻る。
「ではあの寺百年ぶりの代替わりといこう」
そしてたどり着いたのは、
恵次は背筋を這うような寒気に腕をさすった。またあの坊主に顔を合わせなくてはいけないと思うとぞっとする。
蓮白は真っ向勝負、と言って玄関に立つと声を張った。こんな夜分に誰が何のようだ、と
どういった策なのか、恵次は知らされていない。側で立って見ているだけだ。
門の
そうすると蓮白は彼女らの頬に手を添えてじっと目を見つめた。すると尼らは次々と
「何をしたんですか?」
「ただの催眠だよ」
かくして開いた門を潜り抜けると、蓮白は勝手知ったるかのように和尚の寝床へ足先を向けた。度々首を回しては鼻を動かしている。狐は鼻が利くのだったか、恵次は後ろをついて歩くだけだ。
そして中へ入る場所を見つけ、
「誰だ、泥棒か!」
夜、山の暗さは人間にとっては、闇でしかない。しかし九尾の目にははっきりと映っていたようだ。そして狸も夜行性。夜目が効く。
ここから恵次が見えなかったのだ、おそらく向こう側にも見えないはず。では声の主は──。
そう推測したころには、蓮白は声の
「久々だ、
蓮白が呼びかける、それは和尚だった。和尚は、あの日寝床へ誘われたときと同じ格好をしていて、恵次は顔をしかめた。嫌なことを思い出してしまいそうだ。
しかし和尚は恵次を見つけるなり、
「悪いようだけど、彼に催眠は効かない。幸運にもこの少年は妖怪に腕を食われていたんだ。そして僕が腕を治してあげた。九つある尻尾の内に一つでね」
蓮白が挑発するように、和尚を見下ろした。和尚はしばらく恵次の左腕を見つめて、今度は眦を吊り上げてゆく。
「ふ、ふざけるなぁっ! こいつは
「文句ならつまみ食いした妖怪にどうぞ。僕はただ人助けをしただけだ」
すると次の瞬間、怒り狂った和尚はぶくぶくと大きく丸い狸へと変貌しながら、
蓮白は、驚きに身を固めてしまっている恵次を後ろへ突き飛ばすと、爪の攻撃を身軽にあしらって、まるで手品のような手つきで人を
蓮白は恵次を呼んだ。
「提灯を投げてくれ」
側に転がっている提灯は火を一定に
これもまた妖怪の何かだろうか。
「早く!」
蓮白は猛攻撃を軽やかに
九つの尾を
「そうはさせんぞ! 九尾だか知らんが、ただの人間に釣り上げられた負け狐が」
蓮白はそれまで弓なりにしていた
「
そして容赦はせんと、鋭い目つきで狸を捕らえると、口に含んだ煙管の煙で式神を吹き飛ばした。
和尚狸はささやかな吐息が大きな風を巻き起こすのに目を
蓮白はにんまりと再び表情に笑みを取り戻して、指人形ほどになってしまった狸を
「大口を叩くからこうなるんだ。ではまた来世でね、次はもう少し賢く産んでもらうように」
そして、
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