第20章:目覚めの場所――魔王の領域
どれほど眠っていたのか。自分が生きているのかさえも怪しい。
しかし、はっきりとした感覚が戻ってきたとき、俺は冷たい大地に横たわっていた。頬、ではなく口元に感じるのは乾燥した土の感触。
「……メェ……?」
ゆっくりと目を開ける。そこにあるのは、紫がかった夜空と、黒い月。地平線には尖った山々が連なり、どこか不気味な稲光が遠くで瞬いている。まるで異界を描いた絵画のような景色。
「ここは……」
声にならない声を出すが、頭の中には混乱が渦巻いている。先ほどまで遺跡の祭壇にいて、魔竜とともに転移門の渦に呑まれた――はずだ。
ならば、ここは転移先……? 魔王城のある“魔界”かもしれない。
よろめきながら立ち上がり、自分の体を確認する。毛は焼け焦げた部分があり、角には大きな亀裂が走っている。体中が痛むが、どうにか動ける程度には回復している……いや、厳密に言うと、“進化”によって変化した部位もあるような気がする。
(レベル……は?)
視界の端にステータスらしきものが浮かび上がる。かつては捕食で段階的にレベルアップしてきたが、今度はその表示が大きく変化していた。
【レベル】10 → ??
【スキル】捕食LvMAX/気配察知Lv3/闇魔法Lv3/狂乱の一撃Lv3/魔竜融合(NEW)
「……魔竜融合、だと……?」
捕食が極限に達した結果、魔竜の一部を自分の体に取り込むことに成功したらしい。具体的に何がどう変わったのかまだ把握できないが、圧倒的な魔力が自分の内側で渦巻いているのを感じる。
ただ、その代償か、レベル表記が異様な状態になっている。“??”とはどういうことだろう。上限を突破したか、あるいは通常の枠組みから外れたのか……。
ともあれ、俺はなんとかこの新しい身体を動かし、周囲を探索する。広がっているのは荒涼とした大地。空には不気味な月、風は冷たいが、かすかに硫黄のような臭いが混じっている。まさに“魔界”のような雰囲気だ。
遠くを見ると、黒い石造りの建造物らしきものがいくつか見える。廃墟か、あるいは城郭か。
「メェエエッ……!」
小さく鳴いてみる。気配察知を働かせると、何やら強力な魔物の気配が方々から伝わってくる。人間の世界とは段違いに魔力濃度が高い。
だが、臆するよりもむしろ興奮する。これほどの魔界で、俺はさらに捕食を重ねれば……。
(魔王さえも、食えるかもしれない……!)
俺は前足を踏み出し、荒れ果てた地面を進む。空腹感はないが、ひしひしと狩りを求める欲望が湧き上がる。魔竜の力を取り込んだことで、捕食衝動が以前にも増して激しくなっているのを感じる。
この世界の魔物たちを食い尽くしてやれば、いずれ本当に“魔王”を超える存在になれるかもしれない。
ほどなくして、スケルトンやゴーストのような下級アンデッドが姿を現したが、こちらが一睨みしただけで逃げ出していった。レベルが違いすぎるらしい。拍子抜けだ。もっと強い獲物を求めて、俺は歩を進める。
すると、荒れ地の先に黒々とした巨大な城壁がそびえているのが見えた。城壁の上から、複数の魔物たちの気配を感じる。ゴーレムのようなものが門番をしているのか、ずしりとした足音が響いてきた。
(あそこが“魔王城”なのか?)
明確な確証はないが、少なくとも拠点としては大きい。俺はその城に向けて近づいてみる。周囲には毒の沼や火山帯の裂け目があり、決して歩きやすい道ではないが、魔竜融合で得た身体能力は高いらしく、難なく進めている。
やがて城壁の前まで来ると、やはりそこには巨大なゴーレムが門番を務めていた。岩の塊に魔力が流れ込んでいる魔法生物。
「ガシャアア……」
ゴーレムがこちらを見下ろし、問答無用で腕を振り下ろしてくる。俺は素早く後退し、角に魔力を宿す。
“魔竜融合”で得た新たな力を試すときがきた。捕食と同時に得た闇属性の上位互換――“奈落の炎”とでも呼ぶべき黒いエネルギーが角先に集合する。
「メェエエッ……!」
そのまま頭を振り下ろすと、黒い光柱がゴーレムの身体を貫いた。ドシンという轟音とともに岩の肉体が砕け散り、内部の魔法核らしきものが粉々になる。
なんという威力だ。ゴーレムの魔力反応が瞬時に消滅するのを感じ取る。
「ギシャアアア……」
周囲にいた別の魔物や亡霊も、その一撃を見て慄いたのか、城壁の上から慌てて警報のような唸り声を立て始める。城門がガタガタと音を立て、内部からも何やら強力なオーラが迫ってくるのがわかる。
(いいぞ……“魔王城”に巣食う強者たちよ、出てこい。俺はさらに捕食を続ける……!)
闘争本能が爆発しそうになる。ここまで来たら、やるしかないだろう。俺は決死の覚悟で城門に突進し、角で鉄扉を破壊しようと試みる。
しかし、扉は強固な魔力障壁に守られているらしく、思ったほどのダメージは与えられない。すると、上から多数の弓矢や魔法弾が降り注いできた。
「チッ……!」
人間の矢よりはるかに高威力だ。だが、今の俺は魔竜融合による防御力も得ている。ある程度は耐えられるものの、数が多ければ厄介だ。背に何本か矢が刺さって鈍い痛みが走る。
さらに城壁の上には、骸骨の魔術師や、悪魔の姿をしたデーモン兵がいて、一斉に闇魔法や火炎魔法を放ってくる。これでは突破に時間がかかりそうだ。
(くそ……こうなったら、彼らをまとめて捕食するしか……)
俺は蹄で地面を蹴り、城壁を駆け上がるように急斜面を突進……できない。さすがに垂直の壁だ。だが、魔竜融合による跳躍力はかなり上がっているはず。加えて闇魔法で一時的に足場を作れないか……。
頭の中でイメージを練り、魔力を足裏に集中させる。闇の靄を凝固させるような感覚で一時的なプラットフォームを作り、そこを蹴ってさらに上昇――。
「メェエッ!」
信じられないほど高く跳躍し、城壁の上へ飛び乗ることに成功した。そこに待ち構えていた魔族兵たちがぎょっと目を剥く。
「なんだ、羊……!?」「魔羊……!? こいつ、どうしてここに……!」
まるで“敵襲だ!”と言わんばかりに魔族兵たちが剣や槍を構えるが、俺はかまわず突進で数体を吹き飛ばし、捕食を開始する。もちろん、彼らも魔族だが、味方という感覚はない。俺はひたすら“力”を求めるだけ。
「ぐああっ……!」「やめ――!」
悲鳴が城壁の上にこだまする。魔族たちの肉を喰らい、血を浴びるうちに、俺の身体はさらに黒い稲光を纏うように震え始めた。レベルの概念から外れた今、どれほどの成長をしているのか自分でもよく分からない。
だが、確実に強くなっている――捕食すればするほど、深い闇の魔力が膨れ上がるのを感じる。
次々と襲いかかる魔族兵を薙ぎ払い、城壁の一角を突破して内部の広場へ降り立つ。そこには悪魔騎士の小隊や、巨大なケルベロスの群れなど、さまざまな強敵が布陣していた。
「メェエエッ!」
俺は吠える。もはや目の前にいるのが人間か魔族かは関係ない。食らい、喰らい、強くなる――ただ、それだけが俺の存在理由。
『メェの咆哮──鮮血の宴と魔王誕生』 陽気なラム肉 @ramu7010
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