第19章:深淵への降下
遺跡の中央広間を半ば壊した巨大な穴から、吹き上がる熱風と硝煙の匂いが立ちこめる。そこは魔竜が活動する中心地――かつ、メルクたちが儀式を行っていた祭壇の真上に相当する部分だ。
俺は四つ足で慎重に崩れかけの石段を下っていく。そこかしこで火が燃え盛り、黒い炎を纏った瓦礫が転がっている。魔竜の吐く邪炎らしいが、消火などできるわけもない。
「グアアアア……!」
下層の奥から魔竜の咆哮が轟き、地面が震える。あたりは気温が上昇し、立っているだけで汗が噴き出る。俺は首の傷が痛むのを感じながらも、闇魔法を活性化させ、多少の防御結界を張った。こうでもしないと、熱波で体力を消耗してしまう。
やがて視界が開け、祭壇の広間が見えてきた。そこはかつてメルクたちが“転移門の儀式”を行っていた場所で、今も巨大な魔法陣や生贄の台が残されている。しかし半壊した状態で、中央には暗黒の渦が渦巻いている。
「……これは……」
中央の床に開いた円形の裂け目から、黒い靄が立ち上り、時折パキパキと空間がひび割れるような不吉な音がする。そこが“転移門”の未完成の姿なのだろうか。衝撃的な光景だが、俺はさらに奥を見る。
そこには、メルクの姿があった。だが、息があるのかどうか……? 黒ローブの彼は台座の上でぐったりと崩れ、手足を垂れていた。フェンザや他の魔族の気配は見当たらない。おそらく既に逃げたか、巻き込まれたか……。
そして何よりも目を引くのは、祭壇の中央部を破壊しながら蠢く“魔竜”の姿だ。
体長は十数メートル、黒い鱗には紫の文様が走り、背にはコウモリのような翼をたたんでいる。巨大な頭部から覗く牙はまるで刀のように鋭く、目は血のように赤い。
魔竜は、どうやらメルクが倒れているあたりを爪で弄るように引っ掻いている。制御者を確かめるかのように……あるいは餌として食いちぎろうとしているのか。
「グアアアッ……!」
突然、魔竜が咆哮を上げ、翼を広げる。黒い炎が口の奥でうごめき、今にもメルクを丸焼きにしようという態勢だ。
(やめろ……!)
俺は思わず下顎を食いしばる。ここでメルクが殺されれば、転移門がどうなるか分かったものではない。あるいは彼から制御の術を聞き出せるかもしれない。
「メェエエッ!」
咄嗟に俺は狂乱の一撃を発動し、魔竜の横腹めがけて突進した。頭の中で血が煮えたぎり、角に闇魔法の加護をまとわせる。以前、冒険者を一撃で粉砕した“闇の奔流”を同時にぶちかますつもりだった。
ズドン……!
激しい衝撃が走る。魔竜の鱗は硬いが、角先でこじ開けるようにして一部を砕くことに成功したらしい。黒い鱗の破片が飛び散り、魔竜が低い唸りを上げる。
しかし、その巨体はビクともしない。むしろ“何だこの虫けらは”と言わんばかりの動作で、尾を横に振る。
「っ……!」
予想以上のスピードで振り回された尾が、俺の身体をまともに捉えた。硬質で巨大な塊が叩きつけられ、俺は吹っ飛ばされる。天井近くまで跳ね上げられ、ゴロゴロと地面を転がった。
「メェアアッ……!」
悲鳴が喉奥で震える。背中の骨が軋むような激痛。角も先端が欠けたのか、ヒビが走っている。動こうとしても四肢がガクガクと震える。
魔竜は小さく振り返り、まるで“邪魔するな”とでも言いたげに、再度メルクのほうへ向き直る。
(くそ……歯が立たない……!)
あれほどの一撃を食らわせても、魔竜にはほとんどダメージが通っていないらしい。体の鱗が砕けた部分からわずかに黒い体液が流れているが、致命傷には程遠い。
このままでは、俺が勝てる望みはまったく見えない。むしろ一撃の反撃で終わる。
だが、ここで“逃げる”という選択肢はもうない。万に一つでも、捕食するチャンスがあるなら食らいつかなければならない。俺は血を吐きながらよろめき、もう一度魔竜の背後へ回り込む。
魔竜は今度こそメルクを丸焼きにする気だろう。口から黒い炎が溢れそうになっている。
「グルルル……!」
腹の底から獣の唸り声を出し、俺は角に再び闇魔法を集中する。が、先ほどの一撃で既に体力を大幅に消耗しているため、“闇の奔流”のような大技は撃てそうにない。
(だったら……あの“転移門”……あそこへ誘導すれば……?)
不意に脳裏に閃く。転移門の不安定な裂け目が、祭壇の中央に空いている。あれがどこに繋がっているか正確には分からないが、そこに魔竜を叩き落とせば、もしかするとどうにかなるかもしれない。少なくとも、この場から消し去ることは可能だろう。
問題は、どうやってそんな巨体を落とすのか。今の俺にはそこまでのパワーはない。
(ならば、最後の手段は――捕食スキルを活性化させて、“俺自身”が魔竜の体内に潜り込み、何かしら弱点を貫くか……)
正気を失いかけるような思考。だが、転生して以来、俺の捕食スキルは何度も限界を超えた行為で成長を生んできた。もし魔竜の内側からこじ開けられれば、破壊あるいは転移門への誘導が可能かもしれない。
(やるしかない……!)
意を決してもう一度突撃しようとしたその瞬間、メルクのか細い声が耳に届いた。
「……ま……ひつ……じっ……」
かろうじて意識があったメルクが、こちらを見つめ、かすれた声で呼んでいる。俺は距離を詰めつつ、彼に目をやる。
メルクは朦朧とした目で微笑むように唇を動かしていた。
「……転移門……制御……まだ……できる……かもしれん……“闇の鍵”を……お前に……」
そう言い、メルクは胸元に隠し持っていた黒い小さな宝玉を、震える手で放り投げた。宝玉はコトンと地面に転がる。そこには複雑な魔法陣が刻まれており、黒い光が脈打つように輝いている。
俺は素早くそれを蹄で押さえ、鼻先で確認する。どうやらこれが“転移門”の制御アイテム――“闇の鍵”らしい。
「メッ……メェー!」 (……っ、メルク……!)
メルクに視線を戻すと、そこへ魔竜が炎を吐こうとしていた。俺は、一か八か咄嗟に闇魔法でメルクごと台座を吹き飛ばした。辛うじてメルクの呻き声が聞こえる。
(どうにかメルクを魔竜から遠ざけることが出来たが遅かれ早かれ魔竜をどうにかしない限り二人とも死ぬだろう。)
祭壇を破壊した際の砂埃のおかげで魔竜の視界は、一時的に塞がっている。
(闇の鍵は……俺の蹄の中にある……。これを使えば、転移門を制御できるかもしれない。)
魔竜は、すぐにでも次の行動へ移るだろう。俺は、制御アイテムを自分の魔力で感知し、力を引き出す試みを始めた。
“捕食”で得た闇魔力の流れを宝玉に注ぎ込むようにイメージする。すると、宝玉がかすかに振動し、俺の頭の中へ直接、古代文字の呪式らしきイメージが入り込んできた。
(転移門の“位相制御”……? 門を無理やり開き、対象を無数の断片に砕いて空間の狭間へ落とす……そんな危険な使い方もできるのか!?)
漠然とした知識が流れ込んでくるが、はっきり言って難解だ。だが、“闇の鍵”と呼ばれるものは、どうやら使用者の魔力を媒体にして門をある程度操作できるようだ。
俺は痛む体を引きずり、祭壇の裂け目へ近寄る。そこには空間の歪みが渦巻いており、片手(蹄)でも突っ込めば千切れそうな危険性を孕んでいる。
「グアアア……」
魔竜が咆哮を上げ砂煙を吹き飛ばし俺のほうを振り返る。次の獲物は俺というわけか。そちらに向かって黒い炎が巻き起こる。
俺は闇の鍵を握り締め(正確には蹄で押さえ)、魔力を振り絞って呪式を起動する。宙に黒い符号がいくつも浮かび、カチリと何かが噛み合うような音がした。
「……メェエッ!!」
裂け目の周囲を黒い稲光が走り、空間が震える。どうやら転移門が活性化を始めたようだ。俺は意図的にその歪みを“引き広げ”ようとする。
――ドゴゴゴッ!
地面がひび割れ、円形の穴がさらに大きく拡張される。むき出しの空間の裂け目から、不気味なうねりが漏れ出し、まるで巨大な口が開いたような形になる。
そこへ魔竜を突き落とす――あるいは自分が一緒に落ちてもいい。どのみち、このままでは死ぬだけだ。
「グアアアアッ!!」
魔竜が邪炎を吐いてくる。俺はとっさに横に回避しながら、祭壇の端のほうへ移動し、魔竜を誘うように低く吠えた。
(こっちだ、こっちへ来い……転移門の真上に誘導してやる……!)
運が良ければ、魔竜が俺に突進してきた勢いで転移門に落ちてくれるかもしれない。
しかし、魔竜は容易に誘いに乗りそうにない。狡猾な瞳でこちらを睨み、火炎を連発しようとしてくる。横に逃げても、いずれ逃げ場がなくなるだけ。
(ならば……俺が飛び込むしかないか……)
俺は絶望に近い覚悟を決めた。転移門の制御は難しいが、“一時的な位相揺動”を発生させることで、近づいた対象を無理やり引き込むことができる――さっき呪式で頭に入ったのはそんな内容だった。
問題は、俺自身がその渦に巻き込まれて、無数の断片に引き裂かれる可能性が高いことだ。だが、他に手はない。
決断した俺は、思い切って魔竜に向かって突進する。体力は限界に近いが、これが最後の賭けだ。もちろん、このまま正面衝突すれば弾き飛ばされてお終いかもしれない。
ならば――“捕食”。俺が選び続けた技。魔竜の口に飛び込む勢いで、相手の体内を喰い破るか、あるいは道連れに転移門へ落ちる。
「メェエエッ!!」
気合いを込めた咆哮。魔竜がそれに応じて噛みつこうと大口を開いた瞬間、俺は角を振り下ろして魔竜の下あごを切り裂く。鱗が剥がれ、血が吹き出す。黒い体液の刺激臭が鼻腔を突き刺す。
だが、魔竜はそれだけではひるまない。顎の力で俺の首を押さえ込み、逆に噛み砕こうとしてくる。歯が首筋に食い込み、骨が軋む音がする。
(まだだ……!)
最後の力で、俺は口をこじ開けるようにして魔竜の牙の間をすり抜け、そのまま喉の奥へ突撃する。まるで巨大な洞穴に飛び込むようだが、実際は粘膜と熱気、毒液が絡み合った狂気の空間だ。
「グルルッ……ガアアッ……!!」
魔竜が暴れる。内部から異物が入ってきたことに抵抗しているのだろう。俺は捕食スキルを全開にし、魔竜の肉や血管を噛みちぎりながら奥へ進む。猛烈な胃酸のような液体が毛や皮膚を焼き、意識が遠のきそうになる。
だが、ここでやめたらすべてが無駄になる。闇の鍵もまだ蹄に握りこんでいる。俺は膨大な痛みをこらえながら、魔竜の体内から“転移門”へ接触するための魔力を放出する。
――「位相揺動――起動!」――
脳内に響く呪式の声。制御アイテムが俺の魔力に反応し、祭壇の裂け目をさらに暴走させる。
外では魔竜がのたうち回っているのか、床が崩落し、黒い渦が拡大してきたのが分かる。まるで引力が働いて、俺と魔竜を呑み込もうとしているかのようだ。
「メェエエッ……!!」
自分でも何を叫んでいるか分からない。しかし、この瞬間、魔竜の骨を噛み砕く音と、黒い渦に飲み込まれる感覚が同時に襲ってきた。空間が歪み、目が回る。
――全身が引きちぎられるような激痛。意識が白く染まる。
そして、次の瞬間、闇の中を落ちていく。魔竜の咆哮が遠ざかり、俺の感覚は無重力の虚空を彷徨う。ただ、体内に魔竜の肉片を抱え込んだまま、捕食の動きだけは止まらない。
くらくらする頭の中で、俺はわずかに“レベルアップ”の予兆を感じた。魔竜の圧倒的なエネルギーが、俺を極限まで進化させようとしている。
――(これが……俺の、求めた“力”……)――
そう思った刹那、意識は真っ暗な深淵へと沈んでいった。
________________________
こんばんは陽気なラム肉です!
更新が遅くなりすみません。
思い付きで書いてるせいか話の流れをどうするか悩んでました(´ρ`)
書き溜めして投稿を始めれば良かったと思う今日この頃です。
更新がちょくちょく遅い時があるかもしれませんが暖かく見守って下さると嬉しいですᏊꈍꈊꈍᏊ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます