桜と薔薇は咲き誇れ【薔薇色】

たっきゅん

桜と薔薇は咲き誇れ【薔薇色】

 地球に生息していた人類である地球人は大気汚染、水質汚染、土壌汚染とあらゆる地球上の動植物を汚染した。だが、それでも当の地球人は一部は宇宙へと脱出し、残った者たちも耐性を付けながら生き延びた。だが濃縮された毒を何世代も蓄積した結果、残った者たちは限界を迎えて絶滅した……と言われていた。

 

「10m先も見えないほどの汚れた空気、過去の文献では見たこともない変質した動植物。人の生きていける環境ではないわね」

 

 だが、観測していた地球に生活の形跡が最近見つかったことで生き残りがいるのではないかと、調査のためにメイリーは日本と呼ばれていた地域の小さな島へとやってきた。宇宙船から降りたメイリーは緑の星と呼ばれた地球をここまで汚した地球人に恐怖し、自業自得とはいえ死滅してくれてよかったとも思いながら辺りを見渡す。

 

「うへ、ぬちゃぬちゃで気持ちわるいな……って防護服も貫通するのか……よ……」

「ちょっと何してるの!? あらゆるものが汚染されているんだから不用意に――ッ!」

 

 後ろを歩いていた同僚の男性、ライザー・田村から危険行動をしているような発言が耳に入りすぐさま振り向く。だが既に意識を失い倒れかけており、慌ててメイリーはその毒と思われる液体部分に触れないようにしながら彼を支えた。

 

「まったく、地面も汚染されているんだから気をつけなさい。って聞こえてないか」

 

 宇宙保安機関の現地調査員として派遣されたのは二名。サイボーグとも呼ばれる機械人のメアリーと、地球人の血を引くことで強い毒耐性を持っている元地球人のライザーだったが、毒々しい紫色に染まった木の実に触れた彼は神経毒に侵されたようで、地球へと来て早々に宇宙船へと帰還し回復に専念することとなった。

 意識のないライザーを待機している宇宙船に残っている調査員に引き渡し、メイリーは一人で島を散策する。液状化の進んだ地面もあれば、金属化した土もあり、ありとあらゆる毒素が大地を汚染している。そして、そんな大地に生きる動植物もライザーの触れた木の実のように、それ相応の変異をしていた。


「ここだけ空気が澄んでる……それになんて立派な桜なの」


 そんな環境で変異せずに綺麗な花を咲かせた桜木の周辺は、書物に書かれていたかつての地球のように緑で溢れていた。


「それはね。僕の力だよ」

「――あなたは?」


 声の主はメイリーの目の前にいた。さっきまで確かに誰の気配も姿もなかったはずなのに、桜の刺繍がされた和服が似合う穏やかな表情をした青年がいつのまにか桜の下に立っていた。


「ここ日本には八百万信仰、あらゆるものに神が宿ると言われていてね。彼らが最後に縋ったのは地球に対してだったんだ」

「つまりあなたはこの地球そのもので、神として具現化した存在だと言いたいわけね。私は幻覚を見ているのかしら」


 その神を名乗る青年は頷き肯定する。メイリーが地球にやってきたのは地球人の生き残りを探すためだった。だがどうやら魑魅魍魎、神を名乗る者の幻覚を人類の生き残りとして認識していたようだと結論付けた。


「確認したいのだけれど、この星に人類の生き残りはもういないのね」

「……そうだね。僕は間に合わなかったから」


 青年は寂しそうに目を伏せた。メイリーもこの桜の木周辺以外の、毒耐性を持つライザーが即座に気を失うほど汚染された環境で人類が生きていけるとは思わず信じることにした。メイリーは事務的に待機している宇宙船へと状況を報告し、そこからさらに宇宙保安機関本部へ転送してもらった。


「君は外でも大丈夫なんだね」

「体の大半は機械ですから。金属腐食などそちらに対しての汚染には耐えられませんが、幸いこの辺りは大丈夫なようでしたので。っと失礼」


 すぐに本部から報告に対する返信が届いた。それを見たメイリーは綺麗な眉を顰めたが青年は対照的にクツクツと笑った。


「僕の姿は信仰心のある者にしか見えないよ。写真ですらね」

「私は別にあなたを信仰していません」

「けれどここに足を踏み入れて、見てみたいと思ったんだろ? 綺麗だったころの地球を」

 

 悔しいが青年の言うことは事実だ。メイリーの生まれた星はすでに自然は機械化されており、管理された美しさはあれどここまでの雄大さはない。そのためメイリーはこの桜の木を見て汚染されていなければもっと素敵な景色がこの星で見られただろうと思ったのだ。


「地球人の生き残りであるさっきの男が再びこの星で暮らせるように協力してほしい」

「あなたを汚して逃げ出した地球人を助けたいの? 正気?」

「きれいな地球を取り戻し再び人類が住める星にする。それが僕の存在理由だからね」

「……しょうがないわね。で、何をすればいいわけ?」


 機械人のメイリーは命令なら実現できない確率が高く受けることのないそのお願いを断れずに受けた。事情を本部に連絡し、一人と一柱での地球改革を始める。宇宙は広い。地球を蝕む毒の中和方法もどこかの星に解毒方法があるはずだ。そう信じてメイリーは毒を摂取し情報を解析、本部へと送り続けた。


「そういえばメイリー、君の髪は綺麗な薔薇色なんだね」

「唐突にどうしたの?」

「いや、君と別れる前にそういう花も地球にはあったよと伝えておきたいと思ったんだ」


 幾年かが経過した。二人の関係は利害関係以外に信頼も芽生えていた――はずだった。

 

「……まるで私にもう帰れとでもいっているように聞こえるのだけど」

「そう言ってるんだよ。メイリー、君の体は機械で丈夫だ。けれどその腕、もう限界だろ?」

「そうかもしれないけど――ッ! 今更、地球浄化の夢をあきらめきれないわよ!」

 

 それなのに別れを切り出そうとしている青年にメイリーは激怒した。確かにメイリーの腕は年齢以上のペースで老朽化が進み、錆付いてボロボロと皮膚が剥がれている。けれど、地球も少しづつ緑の面積を増やしつつあった。


「ここまで浄化した君の活躍で人の住める環境は広がった。その結果、魅力的な星だと他の人も認識できたんだろう」

「たしかにあなたの姿が見えているとは言っていたけど浄化活動ができる人種なんてほとんどいないわよ?!」

「なに、そう思ってもらえて浄化するリターンがあるとわかれば何でもするのが人間ってやつさ。よくも悪くもね」


 さすがは神さまといったところか、青年のその言葉はすぐにその通りになった。メイリーに帰還指示がでて本部直属の地球再生プロジェクトとして引き継がれることになったのだ。


「きっと美しい星にする。約束しよう」

「そうね。私の髪色と同じ薔薇というのを見せてくれる日を待ってるわ」


 メイリーは青年と約束し宇宙へと帰る。次に地球に訪れるのは何年後になるだろうか。見当も付かないが神である彼は恐らくずっと生きているだろう。


 ――それから数十年が経ち、地球移住者の募集がされ……メイリーは功労者枠で移住することになった。




「私一人じゃ何百、何千年経っても無理だったわね……なんで簡単に星を救えるなんて思ったんだか」

 

 触れたら簡単に折れてしまいそうな、そんな枯れ木のように細くボロボロに崩れた腕を見て、金属肌をした真っ赤な髪の女性、メイリー・ミゼットは過去の自分に対して自然と嘲笑が漏れた。それでも彼と人類はやり遂げたのだ。汚染された死の星を再び生命の住める星へと浄化作業を成し得たのだ。


「……綺麗。これがあなたの言っていた薔薇なのね」


 あの桜の木があった小島に真っ赤な絨毯のような薔薇園が出来ていた。その横には小さな祠。


『メイリーへ、遅くなってごめん。けど約束は守ったよ』

 

 短い文字が祠に刻まれていた。願いから生まれた神さまだ。地球が浄化された今、彼は実体化していないのは自然なことだとメイリーは思った。


「ありがとう。ダイチ」


 もう青年は顕現することはないのだろう。友人である名もなき神に名を――大地と付けた。もう顕現なんてさせない。汚染された星に戻さない。

 

「この星で骨を埋めてあなたにまた会いに行くわ」


 ――メイリー・ミゼットはその後、地球で大往生したのち、桜と薔薇が美しく咲き誇る島で安らかに眠った。

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